AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

遺骨返還問題と「土地をあたえた」問題(『人権と部落問題』2月号特集)(w/ P.S.)

 先ほど見たアマゾンのページにはまだ画像は出ていなかったけれど、標題の雑誌の特集で、遺骨返還問題と「土地をあたえた」という例の教科書表記の問題を扱う論文が掲載されています。

P.S.(02.02, 1:00):冒頭の編集部による「アイヌ民族問題を考える」に、同誌が2009年9月号で「先住民の権利に関する国際連合宣言」の全文を掲載しているそうであるが、実際、この論文の存在をある方から教えられた時にも(論文そのものは未入手で読んではいない)、奇妙なタイトルだなと思った。同誌の編集方針なのであろうが、今後もそれで行くのだろうか。今回の寄稿者4人のうち3人が同宣言に言及していて、いずれも「先住民族」としている。

 先日のアイヌ政策推進会議での「有識者」の発言にも見られるように、政府も有識者も、アイヌ民族から「民族」を消し去ろうとしている。今回のような特集を組むくらいだから、背後の考え方が同じだとは思わないが、どうにも腑に落ちないことである。(この1年の間に遭遇した他のいくつかの、法学などの若手研究者の論文でも同じような用語の使用がなされていた。それぞれの書き手が自分の著作の中で整合性をもって自分なりの訳語を使用し続けているのであれば、まあいいかという気にもなるが、その辺をきちんと説明しているものを見たことがない。ここでとは限らないが、いつかまとめて取り上げなければならないのかもしれない。

 今日は、連載は休止する。(前回の末尾にP.S.あり。)

P.S. #2(2016.02.02, 23:59):
 「常本氏の主張はアイヌに対するヘイトスピーチといっても過言ではない。」(丸山博「世界基準のアイヌ政策を求めて」、上掲雑誌、p. 14.)
 ここまで言われたら、こりゃあもう、常本氏は、次号に(は間に合わないか)、4月号か5月号に反論スペースを貰わないといけまい。

P.S. #3(2016.02.03):反論特集には、「アイヌ系」発言と「世界先住民族祭」(私の仮称)の提案者の人権研究の両大家にも執筆戴くと良い。そこから論争が広がると良いだろう。まあ恐らく彼らは「大人の対応」をしてくるのだろうが、それぞれたくさんいる弟子たちの誰かが書いても良いだろう。

P.S. #4(2016.02.04):上の雑誌の新品の販売価格は、648円のようです。

P.S. #5(2016.02.06):「先住民族」ではなく「先住民」の使用は、こういう論文から来ているのかもしれない。内容的には、一読の価値のある論文である。「人民」と「民族」の間の用語選択に関しては、私は1980年代終盤から書いてきているが、清水氏の「先住の民」としての「民」の使用は、このように説明されていれば、理解し納得できなくもない。しかし、論文で取り上げられているWGIPのIPの訳語を「先住諸人口」としているのはいただけない。複数形を表わすのに同じ基準を適用すれば、"Indigenous Peoples"は「先住諸民」となるのではないのだろうか? それに、戦前に日本政府が使用していた「先住民」とも混同されてしまうのではないかな。しかも、歴史的経緯において、この2つの用語の間に、"indigenous people"が(例えば、1993年の国際年の名称)使用されたことがある。また、人類学者が用いてきた"populations"(集団)は「諸人口」とはされていないであろう。

広告を非表示にする