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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

強制移住と土地・資源(13)

 ここでアイヌ政策有識者懇談会についてほぼ同時進行で書いた過去の10本の連載を挿入すれば、次を書くまでに少し時間を稼げそうだが、それはやめて、そろそろこの連載を終わらせることにしよう。

 アイヌ政策過程を仕切る側にとっては、『報告書』の歴史記述に「強制移住」という言葉とその内容の詳細を収めることは、当初から認められないことであっただろう。それは当然、国家による謝罪の要求や「権利宣言」第28条が明記する「救済に対する権利」の主張を噴出させるであろうと考えられたに違いない。そこを抑えるための知恵を働かせる役割を法律の「権威」たちは仰せつかり、またわきまえていたことであろう。1年間と時限を区切って早急に政策枠組みを設定する作業を課せられた有識者懇談会は、「強制移住」という歴史的な問題の解明のための課題と必要な手順を特定するどころか、争点(イシュー)としての「強制移住と土地・資源」を封じ込めて、より安全な「土地・資源」の、とりわけその「自然素材」の「利活用」にすり替えただけでなく、懇談会後の「政策推進」の最優先事項をさらに安全な「民族共生の象徴空間」の建設として、それを政策の「扇の要」と位置づける『報告書』を取りまとめた。「植民地」や「植民地政策」という言葉を隠しているのと同様、『報告書』に「強制」の文字が残ることはなく、吉田邦彦氏が指摘しているように、他の歴史上の不正義も含めて、「補償」の視点は除外され*1、「強制移住」への謝罪も「救済」もなくされている。
 こうして、アイヌ政策有識者懇談会とその『報告書』は、その後のアイヌ政策推進会議(とその作業部会)で何を行ない、何を行なわないかのアジェンダと枠組みを設定した。しかし、そこで検討されているアイヌ政策は、遺骨返還の問題を除いては、トリビア化される一方である。アイヌ遺骨の返還提訴は、政府と「有識者」にとって、恐らく想定外であっただろう。遺骨返還問題は、城野口ユリさんや小川隆吉さんたち原告が遺骨の返還を求めて提訴していなければ、その後のアイヌ政策推進会議で多くの時間とエネルギーを割いて議論される争点とはならなかったであろうし、文部科学省が行ったような遺骨保管の実態調査や現在行っているとされる海外視察も含めた返還手続きの検討がどこまで行われていたかは、大きな疑問である。そういう意味では、政策関連会議の公表された「議事概要」で見られるように、政策推進会議と作業部会でただお願いしているだけでは、今後も「強制移住と土地・資源」が政策課題として検討されることなどあり得ないだろう。
 
 しかし思うに、有識者懇談会で問題提起を行った加藤氏も佐々木氏も心の底では不満が残らなかったのだろうか。『報告書』への「強制移住」の歴史的事実の記載は、アイヌ民族を「代表」する当事者と歴史研究の「有識者」としての2人にとって、絶対に譲れないことではなかったのだろうか。その不満を抑え、沈黙を守り、政策過程の中に止まって、後には「民族強制の象徴空間」建設と歴史観改変(例えば、こちら)の推進役となることを彼らに決断させたものは何だったのであろうか。政治過程は、報奨(reward)と処罰(punishment)を権力資源として行使する。アイヌ政策の政治過程が彼らに与えた報奨は何だったのであろうか。それは読者のご想像にお任せすることにするが(具体例は省略)、彼らが一つの選択をしたことは間違いない。加藤氏はアルジャジーラ放送で世界へ向けて「謝罪」の要求を下ろし、有識者懇談会『報告書』を「満額回答」と国内メディア向けに評価し、以後、自決権もその基盤である「土地」権も、そして「強制移住」も、少なくとも公けには口にしなくなった。そうでもしないと、協会を公益法人化できないとでも、どこかの筋からほのめかされたのであろうか。アイヌ政策推進会議とその作業部会では、2020年の話題は度々出ているが、筆者が「議事概要」から記憶している限りでは、2017年が出てきたことはない。来年2017年は、北海道アイヌ協会の前身、北海道ウタリ協会国連の人権過程に初参加してから30周年、国連の「権利宣言」が採択されて10周年にあたる。2020年に合わせていくら世界の先住民族を招いてお祭りを企画したところで、盗掘された遺骨を「人的な資源」と見なしたり、自己アイデンティティを人種化したりして、北海道アイヌ協会は、第28条をはじめとする「権利宣言」の「土地」権条項や自決権を、このまま絵に画いた餅として事務局の壁の飾りとでもしておくような扱い―実際に行っているとは思わないが・・・-をするだけだとしたら、「民族」団体としての将来は暗く、組織としても先細りするだけではないだろうか。

 わずか1年で出された有識者懇談会の『報告書』は、過去に対する和人社会と国家の責任と将来に残されるアイヌ民族の権利主張の一切合財を「配慮」と引き換えで消滅させようとしている。北海道アイヌ協会(加藤理事長)は、「基本的な問題は、『民族の自決権』」と訴えていた。そして、それは「今回の政策を考えるに当たっての根幹の思想を設定するに当たって、認識の過ちをしないため」とも指摘していた*2先住民族にとって「土地」が経済的・文化的な生存のための基盤であり、また自決権に実態を与えるために不可欠なものであることは、ILO 169号条約の『マニュアル』を再度引き合いに出して説明するまでもないであろう*3
 2014年8月9日に同協会が主催した「2014年国際先住民の日記念事業」では、「これまでの先住民政策」を行ってきた国に、遺骨を集約した後も、それで終わりとするのではなく、「その因果による諸課題解決のための社会的役割と責務」から逃げるべからずと訴えていた*4。盗まれた遺骨を「速やかに当該施設に集約」*5して研究に供するより先に―あるいはそれを待っている間にでも―、「民族の生命を託してきた、いわゆる『土地と資源』」の集約を訴えなくてよいのだろうか。もう一度、以下に示す「権利宣言」第25条の強調部分をじっくりと考えて戴きたい*6。さもなければ、一代、二代先の「将来の世代」は、「土地」権など口にしなくなるのではないだろうか。

第25条
Indigenous peoples have the right to maintain and strengthen their distinctive spiritual relationship with their traditionally owned or otherwise occupied and used lands, territories, waters and coastal seas and other resources and to uphold their responsibilities to future generations in this regard.
先住民族は、自己が伝統的に所有し、又は他の方法で占有し、及び使用してきた土地、領域、水域、沿岸海域その他資源に対するその独自の精神的関係を維持し、及び強化する権利並びにこの点について将来の世代に対する自己の責任を果たす権利を有する。(内閣官房訳)

 アイヌ政策有識者懇談会『報告書』を批判する人々の多くは、それが「文化だけ」だと批判するが、その文化振興政策は暗黙裡に受け入れているように見える。しかし、「自然素材」を得るための「今日的な土地・資源の利活用」だけの、「土地」権なき還元主義的な文化振興政策で、「土地」と「特別な関係」をもち、「土地」と切り離せないアイヌ民族文化の復興と振興はおぼつかないのではないか*7
 アイヌ政策有識者懇談会の後を受けたアイヌ政策推進会議は、北海道から多くの「有識者」たちがわざわざ出向いて行きながら、空港にアイヌの文化的なモノを展示して文化振興を図るなどという、トリビア化された「政策」の話題に貴重な会議時間を費やしてきた*8アイヌ政策推進会議で、もっと日本政府に「土地」について発言させよと、今の推進会議メンバーに要求するのも虚しいか。国会議員も行政府に「先住民族」であることを認めよと求めただけで、あとは頬かむり状態だから余計に虚しい。藪から蛇が出るのを恐れて、周りばかりを突付いているマスメディアも、これまで『報告書』の政策を宣伝するか、取組みを回避するかであった。そこには、政府だけでなく、北海道アイヌ協会北海道大学への遠慮と「配慮」があるのだろう。
 遺骨もそうであるが、盗んだものを返さず、謝罪もせず、今やアイヌは「アイヌ系」として「民族」であることを徐々に侵食され、前方に「障壁」があるから「土地」は「利活用」で「配慮」してあげるからということが、前出の加藤氏が述べた「認識の過ち」であり、「認知帝国主義」であり、レイシズムであると、いつになれば「国民の理解」が得られるのだろうか―「イランカラプテ キャンペーン」は、そこへ向って進んでいるだろうか。

P.S.:さて、もう少し書くつもりで準備していたが、「強制移住と土地・資源」は、ここで終えることにする*9。終えるにあたり、私なりにいくつかの提案はあるが、それはこのような媒体で公開するべき性質のものではないと考える。

<了>

*1:吉田邦彦「アイヌ民族の補償問題―民法学からの近時の有識者懇談会報告書の批判的考察」、『ノモス』(関西大学法学研究所)28号(2011)、19-47ページ。但し、この論文は、「強制移住」には言及していない。

*2:Cf. 本シリーズの(1)。

*3:「土地は、多くの先住およびトライブの民族・人民の文化と生活にとって中心的である。それは、彼・彼女たちの経済的生存、精神的健康、そしてその文化的アイデンティティにとっての基盤である。よって、先祖の土地の喪失は、一つの共同体および一つの民族としての彼・彼女たちのまさに生存そのものを脅かす」(29ページ)。Cf. 本シリーズの(9)。

*4:当日の配布資料集、35-36ページ。

*5:北海道アイヌ協会、「平成26年度事業計画」(2014年総会議案書)2-3ページ。

*6:Cf. 本シリーズの(6)。

*7:100歩譲って、その路線―これも有識者懇談会終了前後に佐々木氏がよく用いていた言葉である―を受け入れたとしても、「扇の要」には、「民族共生の象徴空間」建設よりも、「土地・資源の利活用」が優先されるべきであっただろう。

*8:政策推進会議以降はこのブログで追ってきたので、ここで繰り返すことは控える。

*9:あと1本、「付録」があるかもしれない。