AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

強制移住と土地・資源(14)―補足

P.S.(19:28):常連の訪問者にお願いします。
 アクセスの傾向を把握しておきたいので、もしブログ中の特定の記事をパソコンのお気に入りに登録されていて、そこから訪問されている場合は、上の写真の中の「AINU POLICY WATCH」かこのURL(http://don-xuixote.hatenablog.com/)をクリックするとブログのトップページに移行しますので、そこで「お気に入り」に登録していただけないでしょうか。
 私はツイッターのアカウントを持っていないので、下方に表示があるブログとの連携もしていないのですが、最近はある特定のテーマの時だけ通知がツイッターで流れているのか、そこからのアクセスが記録されています。非常に興味深く眺めています。

 先の標記の連載(10)において、「強制移住」に関するインプットについて、次のように書いた。

オーソドックスな歴史叙述に関して新たに議題とされたことはなかったと思われる。(今回の執筆に当たって、全会合の「議事概要」を再確認していないので、100%の断言は差し控えておく。)すなわち、北海道アイヌ協会の加藤氏と佐々木氏の2名の「有識者」のインプットが、なぜ、どのようにして『報告書』のような記述となったのか、つまり懇談会の「ブラックボックス」の中で、公開されていない部分で、どのような「綱引き」が行われたのか、これは将来の歴史研究の課題であろう。

 「『ウレシパ・チャランケ』No. 51」のP.S.で書いたように、連載を「整理・再編集」しているのであるが、印刷媒体で残すには、面倒でも「『議事概要』を再確認」せざるを得なかった――これには、「将来の歴史研究の課題」とせずに自分でやれと言う人がいたということもある。舞台裏の「公開されていない部分」が他にあるだろうとは思うが、2009年6月29日開催のアイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会(第9回)議事概要(pp. 11-12)に重要なやり取りが公開されていた。気づいていた読者はいるのだろうが、薄ら笑いでも浮かべていたのか、それとも、誰も検証など興味なしといったところなのだろうか。
 以下、それぞれの発言者は不明であるが、有識者懇談会でのアイヌの「代表」は加藤氏一人なので、大方の想像はつく。

c 土地・資源の利活用の促進

① 土地・資源の利活用の促進を結論付ける部分に「土地・資源の返還等ではなく」という文言を挿入する案があります。確かに土地・資源の問題に関しては、返還ということはなかなか難しい、というのが懇談会の基本的認識だったと思いますが、その理由づけ、説明の仕方については慎重に考えるべきだろうと思います。特にこれはアイヌ民族あるいは先住民族の権利一般からいうと核心になるものに関わるということもあって、懇談会の基本的な考え方と結びつけながら説明をしていく必要があるだろうと思います。ですので、この部分の記載についてはなお検討が必要ではないかと思います。

② 土地・資源についての背景についてですが、もともとのアイヌのコタンの場所に和人が入植してきたという経緯があります。また、その後、アイヌは一定の場所に移住・集住させられ、そこにアイヌの学校を設置して日本語への同化政策を行った、という経緯もあります。また、道内では数々の強制移住が行われました。このことを、新しい施策の基礎において具体化に結びつけていただければ有難いと思っていますので、よろしくご審議のほどお願いしたいと思います。

③ 検討しています報告書案との関係で、今おっしゃったことはどのように関連づけて受け取ったらよろしいですか。

④ 要するに、強制移住させられた場所などを踏まえながら、今後この場所をどのようにアイヌに利活用させていただけるのかなども勘案し、あらゆる角度からの方策を打ち出してもらえればありがたいなと思っています。

利活用を考えるときの一つの理由としてということですね。「土地・資源の返還等」の問題とは直接の関連はあるのでしょうか。

⑥ それはある時期になって考えていくことではありますが、今、短期的に解決してほしいということではありません。

利活用ということで受け取ったうえで、ということですね

⑧ ただ、ちょっと注意していただきたいのは、例えば、十勝川というのは江戸時代から河口だけではなくて、内陸部までずっとアイヌの生活基盤のコタンがあったところですが、その後、彼らが居住しているところに植民区画ができ、そして、さらにそこからまたコタンが集住させられる、強制移住があったということです
 その強制移住の理由については、例えば、屯田兵が入ってきた、御料牧場ができたなど、要するに、政府の政策によってアイヌの人々がそこで生活できなくなっていった、現実問題としてこういうことがあったということです。

その点はむしろ明治以降の近代化の歴史の中で触れればよいと思います。土地を国有化したとか、公有化したとか、逆に土地を払い下げたり下付したりするときに、アイヌに下付された土地は非常に狭く、民間資本の導入で大きい土地が払い下げられたとか、その点に関連して記載すれば生きてくると思います。
 それから、あまり「返還」ということは記載しない方がよいのではないかと思います。国連宣言には、開発の過程で自然資源などを收奪した場合、補償を含む返還、原状回復を行うという規定が出てきますので、そちらの議論に引き込まれないようにするために、「返還等ではなくて」というような記載はよほど考えて使った方がよいと思います。全体の文脈の中で必要があれば触れることはいいと思いますが、返さないから利活用だよという理屈は生産的ではないのではないかという気がします。歴史の部分の記載で、そのようなことを行ったということは十分分かりますので。

⑩ 加藤委員のお立場というのは、この懇談会のメンバーでいらっしゃると同時に、本当に多様な意見を持っておられるアイヌの人々を束ねる立場でいらっしゃるので、加藤委員と私たちで相談の上、記載をどうするかということだと思います。もちろん、今の法体系なり憲法を前提とした場合には、返還等が現実的でないというのは誰もが理解しますが、では過去の歴史において、和人が開発という名でやってきたことをこのまま放置してよいのかということについては、やはり何がしかのものは必要であり、それを今の政策の中でどう展開していくかということだと思います。加藤委員とも相談をさせていただきたいと思います

⑪ 記載の仕方の問題が直接には非常に重要ですが、背景となる歴史についての認識、報告書が依拠する考え方、哲学がはっきりしているということが最も重要だと私は思っています。それがはっきりしていれば、表現については工夫の余地があるかもしれません。これまでもそういう姿勢で臨んできたつもりです。ですから、そのことを大前提としてということであれば、表現の仕方は、「返還」という言葉を使うのか使わないのか、使うとしてどういう使い方をするのかということは、さらに考えさせていただくということでいかがでしょうか。確かに微妙な問題があるということは私も重々承知しているつもりですが

「現代を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえれば、アイヌ文化を現代においてふさわしい状態に復興していくという視点からは」ということだけで「今日的な土地・資源の利活用」ということが導かれるのか、ということ踏まえてご検討いただきたいと思います。

 「相談させていただきたい」と言ったのは誰で、どんな相談をしたのでしょうね。
 「有識者」とは名ばかり。皆、政治屋だ。

 この部分の「懇談」では、『報告書』の「土地・資源の利活用」に関する部分に、「『土地・資源の返還等ではなく』という文言を挿入する案」が出されていたことがわかる。おもしろいことに、その文言は「返還」を否定するために挿入されようとしていたようであるが、それを入れることによって、かえって読者の意識に「返還」を呼び起こすことになりそうだからという理由で、入れない方が賢明だという議論が出されている。の発言者は、「強制移住」に関しては「むしろ明治以降の近代化の歴史の中で触れればよい」として、強制移住の歴史叙述と「土地・資源の返還等」と切り離す提案をし、さらに、「権利宣言」に「開発の過程で自然資源などを收奪した場合、補償を含む返還、原状回復を行うという規定」――すなわち、第28条――があるから、「そちらの議論に引き込まれないようにするために、『返還等ではなくて』というような記載はよほど考えて使った方がよい」と助言している。ここで行われている「権利宣言」の「参照」は、「権利宣言」の観点からアイヌ政策を形成するのではなく、アイヌ政策を「権利宣言」から切り離すための「参照」である。実際には「返さないから利活用」であるにもかかわらず、そういう「理屈は生産的ではない」から、(恐らく)政策提言の部分では一切、「返還等」という文言は出さない方が良いと論じているのである。

 「過去の歴史において、和人が開発という名でやってきたことをこのまま放置してよいのか」――良くはないから、それに、放置しておけば、「多様な意見を持っておられるアイヌの人々」が納得しないだろうから、「やはり何がしかのもの」を与えておかないとということで、「加藤委員と私たちで相談の上」、「何がしかのもの」は「扇の要」すなわち「民族強制の象徴空間」となったのであろう。よくもまあ、こんなcrapを北海道新聞までもが「満額回答」*1などと持ち上げたものだ!*2(また、あの頃の怒りがこみ上げてきた。)

 最後の発言(「現代を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえれば、アイヌ文化を現代においてふさわしい状態に復興していくという視点からは」ということだけで「今日的な土地・資源の利活用」ということが導かれるのか)が、『報告書』では消されて奇妙になった論理の部分を正しく指摘しているのではないだろうか。

*1:北海道新聞、2009年7月30日

*2:『報告書』案が出た段階で、加藤理事長は「私の提案はほぼ盛り込まれた」と述べたとも報じられていた(北海道新聞、2009年6月30日)。