AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

強制移住と土地・資源(15)―ブラック ボックスを覗き見る

 整理・再編集中の原稿の一部である。無断転載は、ご遠慮願いたい。
 (14)の引用箇所の○に番号を付した。以下の丸囲み番号は、それに対応する。

 ここまでは、「強制移住」に関して有識者懇談会にどのようなインプットが行われたのかということ、そして、アウトプットである『報告書』の中で「強制移住」の記述の扱いを見た。有識者懇談会の第5回会合(2009年2月26日)では自然人類学による「歴史」の報告とアイヌ語学習に関する報告が行われ、第6回会合(2009年3月27日)からは「基本的な論点の整理」が始まり、第9回会合(2009年6月29日)で『報告書』の骨子が提案された。歴史の理解と叙述に関して新たな意見聴取や「有識者」による報告が単独の議題項目として挙がったことはなかったが、北海道アイヌ協会の加藤氏と歴史家の佐々木氏の2名の「有識者」のインプットが、なぜ、どのようにして『報告書』のような記述になったのか、すなわち、「ブラックボックス」としての有識者懇談会の中でどのような議論のやり取りが行われたのかを知り、そしてその外でどのような非公式な駆け引きが行われたのかを推し量る手掛かりが、有識者懇談会の第9回会合の「議事概要*1」に記録されている<cf. 付録>。
 便宜上、インプット⇒ブラックボックス⇒アウトプットというシステム分析的な用語で流れを表現したけれども、この「強制移住」の問題に限らず、実際には政策決定過程の有力者たちによって最初にアウトプットとしての『報告書』が構想されているのであるが、一般社会にはインプット⇒ブラックボックス⇒アウトプットという教科書的な「民主的」過程を経て出てきたかのように見せるための一応の「手続き」として有識者懇談会は存在したと概略、論じることができよう。

 この部分の「懇談」では、『報告書』の「土地・資源の利活用の促進を結論付ける部分に『土地・資源の返還等ではなく』という文言を挿入する案」が出されていたことがわかる。①の発言者――常本氏であろうか(少なくとも、法学者であろう)――は、「土地・資源の問題」が「アイヌ民族あるいは先住民族の権利一般からいうと核心になるものに関わる」との認識をもっている。有識者「懇談会の基本的認識」として「返還」は「難しい」ということがあるが*2、その理由の説明は「懇談会の基本的な考え方と結びつけ」て行わないと、望まぬ問題を招来するであろうとの意見である。これに対して、②の発言者――加藤氏、もしくは佐々木氏であろうか――は、「移住・集住」と「同化政策」の関連、そして「数々の強制移住」を挙げて、「新しい施策の基礎において具体化に結びつけていただければ有難い」と、「強制移住」と「土地・資源の問題」をどうにか「具体化」したいという「願い」を『報告書』に押し込もうとしている。④も同じ発言者――恐らく加藤氏――であろうが、「土地・資源」を「アイヌに利活用させ」る根拠として、すなわち、歴史的不正義に対する補償的な意味で、「強制移住させられた場所など」が言及されている。座長らしき発言者(⑤)に「『土地・資源の返還等』の問題と[の]直接の関連」を問われて――問い詰められた感じか、睨まれた感じかもしれない――⑥(加藤氏)は、「それはある時期になって考えていくことではありますが、今、短期的に解決してほしいということではありません」と弱腰な返答を余儀なくされている。座長らしき⑦は、我が意を得たりとばかりに、「利活用ということで受け取ったうえで、ということですね」と念を押す。そこに、⑧――加藤氏の抵抗か、あるいは佐々木氏の援護射撃か――が、待ったをかけようとした。彼は、「アイヌの生活基盤のコタンがあったところ」、「その後、彼らが居住しているところに植民区画ができ」、さらに「強制移住」が行われた。「政府の政策によって」アイヌの生活が奪われた「現実」を指摘して食い下がった。
 しかし、⑨は座長であろうか、他の法学者であろうか、たしかに、⑧氏が歴史的事実と「土地・資源等」の返還もしくは利活用に関する政策提言を結合させようとする意図は、この発言だけからは明確には聞き取れなかったかもしれないが、「植民区画」の設定や「強制移住」は、「むしろ明治以降の近代化の歴史の中で」、すなわち単に過去のこととして、触れる方が「生きてくる」と片付けている。これによって、過去の不正義という根拠の上に「土地・資源等の返還」や「利活用」を結び付ける議論は処理されたかのようである。そして、ここの「懇談」の部分で最もおもしろい、「有識者の知恵」を示す発言が続く。
 「土地・資源の返還等ではなく」という文言は、不満のある誰かが強調のために挿入を提案していたということがなきにしもあらずではあるが、いずれにしても、文字通り、「返還等ではなく」と、否定のために挿入されようとしていたようである。ところが、⑨の「有識者」は、それを入れることによってかえって読み手の意識に「返還」を呼び起こすことになり兼ねないから、入れない方が賢明だと提案している。この「有識者」は、「強制移住」に関しては、上述の通り、「むしろ明治以降の近代化の歴史の中で触れればよい」として、強制移住の歴史叙述と「土地・資源の返還等」とを切り離す提案をし、さらに、「権利宣言」に「開発の過程で自然資源などを收奪した場合、補償を含む返還、原状回復を行うという規定」――すなわち、第28条――があるから、「そちらの議論に引き込まれないようにするために」という政治的な理由で「返還等ではなくて」という文言の挿入に慎重な助言というよりは、むしろ異議を唱えている。ここで行われている「権利宣言」の「参照」は、「先住民族の生存、尊厳、及び福祉のための最低限度の基準」(第43条政府訳)としての「権利宣言」のレベルにアイヌ政策を近づけるためではなく、アイヌ政策を「権利宣言」から切り離すための「参照」である。実際には「返さないから利活用」であるにもかかわらず――遺骨返還問題と同じだ!――、⑨の「有識者」は、それを露呈させるような「返還」という文言を入れることは「生産的ではない」と説いている。『報告書』の結果を見れば、この見解が採択され、「返還」への言及が消滅したことが分かる。
 しかし、それでは「多様な意見を持」つ「アイヌの人々を束ねる立場」にある加藤氏の立つ瀬がない。そこで、⑩は北海道から同行している「有識者」(常本氏)であろうか、記録にも残る公式の場を避けて、非公開の場での「相談」という説得工作(あるいは意見調整)を提案する。「過去の歴史において、和人が開発という名でやってきたことをこのまま放置して」はおけない。そうすれば、「多様な意見を持」つ「アイヌの人々」の中には納得しない者もいる。そういう声が強くなれば、理事長としての加藤氏の立場も危うくなる。有識者懇談会としては、加藤氏が是非とも必要である。「やはり何がしかのものは必要であり」、「加藤委員と[北海道からの]私たちで相談の上」出てきた「何がしかのもの」が、「扇の要」すなわち「民族強制の象徴空間」であり、それを導くための論拠がアイヌ民族への「配慮」であったということであろう。それを北海道新聞は、第9回会合の翌日(6月30日)には「私の提案はほぼ盛り込まれた」という加藤氏のものとされる言葉で宣伝し、『報告書』が内閣官房長官に提出された翌日(7月30日)には、再び加藤氏が述べたとされる「満額回答」という言葉で正当化しながら持ち上げた。
 いずれにせよ、⑪の「有識者」が言及している明瞭な「背景となる歴史についての認識、報告書が依拠する考え方、哲学」、すなわち①の言葉では「懇談会の基本的認識」から「強制移住」に対する賠償・補償として「土地・資源の返還等」も「土地・資源の利活用」も導かれているわけではない。そこの論理の流れに欠落があるからこそ、「有識者」⑫が、「『現代を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえれば、アイヌ文化を現代においてふさわしい状態に復興していくという視点からは』ということだけで『今日的な土地・資源の利活用』ということが導かれるのか、という」疑問を呈したのではなかろうか。しかし、恐らく削除されたために論理が奇妙になってしまった『報告書』の部分は、埋められなかったものと思われる。

 以上、「小説 ブラック ボックスを覗き見る」としておく。

*1:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai9/9gijigaiyou.pdf, pp. 11-12.

*2:前出の第3回会合の「政策立案に当たっての基本的な観点と姿勢」の中での発言および「これまでの議論」を参照されたい。