AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

強制移住と土地・資源(16)

 一旦「了」と記した本シリーズであり、それを「資料」として残すべく整理・編集してきて、既に400字詰め原稿用紙に換算すると150枚を超えるほどになっているのだが、もう少し補足しておかなければならないようにも思えてきた。

 (15)で取り上げたアイヌ政策有識者懇談会第9回会合からちょうど1ヶ月後の2009年7月29日に、第10回会合がもたれた。そこで『報告書』の内容が確定されたものが、その場に出席していた河村内閣官房長官に「手交」――一般国民には耳慣れない言葉である――されて、今日の「アイヌ政策」の枠組みが正式に出来上がった。
 この第10回会合では、有識者懇談会の事務局より「前回懇談会における議論を踏まえた点(主なもの)」として、次のような説明がなされた。

・「土地・資源の利活用の促進」については、「土地資源の返還等ではなく」という文言を挿入する案があったが、文化の復興という今回の政策理念からは、土地・資源の適切な利活用の道を開くことが重要であることなどの懇談会での議論を踏まえ、この文言を挿入しないこととした。(第10回「議事概要」、5ページ。)

 この後の「意見交換」で、『報告書』を取りまとめる立場の人物(佐藤幸治座長と思われる)から、このような説明がある。

○ 前回の議論、あるいはその後の各委員との調整も踏まえてこのような報告書(案)になっており、委員の皆様のご意向は反映されているのではないかと理解しています。アイヌの方々から、国会における特別議席や土地の返還又は賠償若しくは補償といっ たような要望が寄せられていましたが、それぞれの委員が、それぞれのお立場で真剣にお考えいただき、いろいろなレベルで議論してこのような報告となったということです。(同、5ページ)

 第10回会合は、最後の「お別れ会」として僅かに1時間しか割かれておらず、結論は既に「その後の各委員との調整」――言い換えると、根回し――によって固められていたであろう。加藤理事長は、第9回とは別人のように(?)、あっさりと『報告書』を受け入れる「意見」を述べた。

○ 本当にこの1年間、アイヌのために委員の皆さんに真剣に取り組んでいただいたことに感謝したいと思います。私は最初に、アイヌは安らかな気持ちで手を出しているので、温かい手を差し伸べてもらいたいと皆様にお願いいたしました。本当に委員の先生の思いやりや支えに心からお礼を言いたい。道筋をつけていただいたと感じています。この報告書はアイヌの思いや意見を反映していただいており、本当に感謝を申し上げたいと思います。 特に、総論についてはアイヌが置かれた歴史、そしてアイヌ先住民族であり、文化に配慮すべき強い責任が国にあることについて、しっかりと記載されていると感じています。 各論についても、国における総合的な推進体制の整備や協議の場の整備、そして民族の共生の象徴となる場の整備、アイヌ語を初めとする文化の振興、教育、生活の向上策の全国展開など、アイヌの意見が骨組みとなって反映されていると思っています。 私たちの最も関心が高かった立法措置に関しても、力強い思いで表現されており、アイヌ政策の推進の上で、本当に心強く感じているところです。アイヌの皆も委員の皆様に感謝している、そして期待していますからと、そのよう に伝えてほしいと言われてきました。この報告書の内容でお願いしたいと思っています。ありがとうございました。(5-6ページ)

アイヌから出されていたという「土地の返還又は賠償若しくは補償」の要望、自身が第2回会合で提出した要望は、あっさりと忘れ去られたかのような、あまりにも淡白な挨拶である。要求していた事がらが新たな政策の中身として盛り込まれていない状態で行われる「立法措置」の危険性には、思い至らなかったのであろうか。『報告書』の「手交」にあたり、「アイヌを代表していらっしゃる加藤委員も、ぜひ一緒にご手交ということにしていただきたい」との座長提案が一同の賛同を受け、加藤理事長は、その栄誉(報奨)を与えられた。
 『報告書』が「手交」され、官房長官が挨拶をした後、「懇談」が始まった。各「有識者」が順に挨拶を述べる。あとは、興味を持つ読者それぞれで「議事概要」を読んで戴ければよろしかろうと思うが、一人(いや二人か)の発言をここに取り上げておきたい。一人目は、昨年10月の「アイヌ政策推進会議」で「アイヌ系」発言をしたと思われている安藤氏である。

○ (略)
 私が委員であるレゾンデートルがあるとすれば国連宣言、それからロシアとの何回にもわたる条約交渉、そして第二次大戦後の状況、そのような日本全体が置かれた国際的な条件の中で、それがアイヌの人々にどのように影響しているか、更に、国連宣言自体がどういう問題を抱えているかということについて、委員の皆さん方に情報を提供する、ということであると思います。
 そのようなことで、実は昨日の晩も「大日本外交文書」で樺太千島交換条約をチェックしていましたが、やはり土人、ネイティブという意味で使っているのでしょうけれども、これはロシア側も日本側も国民という場合は既に自国籍を持った人のことを指し、土人の場合はあまりはっきりと所属を明確にしていない。ただし、この1875年では千島全土が日本領、樺太全土はロシア領となっています。アイヌの人から見たら、自分達が前から住んでいた土地でしょうけれども、条約発効後3年以内に土人についても、その帰属をはっきりさせる規定になっている。ですから、いわゆる強制移住の問題は、その後、日本の国内措置としてなされたものであって条約上特に問題はない、その点を確認したくて、外交文書をもう一度チェックしていました。(略)
(7-8ページ)

最後の「お礼」の一文は省略しているが、実は、(15)で取り上げた第9回で「権利宣言」をいかに「参照」するべきでないかの「情報を提供」していたのも同氏であろうと思われるが、ここでも自身のその役回りを明かしている。さらに、この「懇談」、特に後段、において何を言わんとしていたのかが、問題認識の違う者にとっては分かり難いのである。同氏のここでの関心は日露間の条約上の問題にだけ向けられていたかのようで、「日本の国内措置としてなされた」ことであるから何の問題もないとでも言っているかのようなのである。
 今日の殿(しんがり)は、常本氏である。

私は、先住民族の法的地位というようなことについて勉強してきましたが、そのような勉強の成果を実際の政策形成に生かす非常に貴重な機会をお与えいただいた、これは社会科学者として極めて幸せなことであったと思っています。
 もちろん、実際これまでの理論を現実の中でどう生かすことができるかということを考える際には、やはり現実とのずれ、難しさということを思わされることもありました。(略)
 ただ、やはり何といっても社会科学の場合には、理論は現実の中で鍛えられることが重要だということも今回改めて学んだ気がしています。(9ページ)

同氏が身につけてこられていた「これまでの理論」とは、どのようなものであったのだろうか。それは、現状変革の理論であったのであろうか。仮にそうだとしたら、どこがどう「現実」とずれていたのか。彼が認識した「現実」とは、「現実」のどの部分であったのか。有識者懇談会の後、あちこちで『報告書』のPRをして回っていた集会の場であったか、『学術の動向』に寄稿した論文でであったか、官僚が悪いという主旨の発言を読んだ記憶がある。「現実とのずれ」とは、国家政府の政治家と官僚の行動に関して同氏が理解していた「理論」との「ずれ、難しさ」だったのか。いずれにせよ、7年後の今日、同氏の「現実」認識は、「ヘイトスピーチといっても過言ではない」とまで批判されるようになっている。

<続く>