AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

強制移住と土地・資源(17)(w/ P.S.)

 諮問委員会は、全国・地方の政府が、先住民族共同体を移転させるという慣行は、これらの転住が私たちが勧告する規準を固守することを怠ったところでは、先住民族の人間としての権利の侵害に寄与してきたと認めるべきであるという意見である。このことは、人々と共同社会に対して、一連の特定可能な否定的な結果をうみ出してきた。多くの場合、これらの結果は、転住させられた人々とその子孫によって今もなお感じられている。


 私たちの調査と公開協議が明らかにしたことは、多くの先住民族共同体が、転住について深い不満の感情を感じ続けていることである。癒しが本当に始まるのは、転住の実行が、いかに善意に基づいたものであろうとも、人権の否定に寄与したと政府が認める時のみである。責任を認めることは、それが転住の理由と、これらの理由がしばしば先住民族の人々とそのアイデンティティに関する無知と誤った前提に基づいていたという事実についての対話の余地を生み出すことから、必要な癒しの過程において助けとなる。先住民族の人々は、政府が転住に対する責任を受け入れて、その結果を認めるということを知る必要がある。承認と責任は、転住の多くの否定的結果を克服するために必要な最初のステップである。


 委員会はまた、先住民族社会が、開かれた、公けの、かつ公平な過程でその不満を表明し、転住の否定的な結果に対する補償とそれからの救済を受けることができるべきであると考える。この委員会の権能は一般的に将来を志向しているけれども、いくつかの過去の不平はあまりに大きすぎて無視することはできない。この章において、私たちは、先住民族の社会の深刻な崩壊と混乱の結果に至ったいくつかの転住について叙述してきた。そのような物語は、先住民族の人々の根本的な人権に関わっているゆえに、特に不穏である。過去の転住の物語――抑圧と抵抗の物語――は、国民的な注目と関心に値する。それらは、転住の人権の側面を強調する開かれた、公けの、柔軟な、そして公平な過程を通して、カナダ社会の人々の意識に刻まれなければならない。

 出典は後で明らかにするが、以上は、先住民族政策を考える「有識者」や政府機関であれば、当然、目にしたことがあるはずの報告書からの抜粋・翻訳である。

P.S.(2016.02.24, 18:21):
 1970年代初期のアメリカのインディアン政策見直しのための委員会の報告書が全2巻で1,500ページ超のものであったと、本シリーズの(1)で言及した。上記の諮問委員会(commission)の報告書は、全5巻で4,000ページにも及ぶ。これは1996年11月に最終報告書が公表されたカナダの「先住諸民族に関する王立諮問委員会」のもので、その内容は極めて多岐にわたる課題を取り上げている。

 「王立諮問委員会」は、「カナダの先住・非先住の人々の関係に正義を回復して、扱い難い諸問題に対する実際的な解決策を提言する」目的で1991年に任命され、5年間の調査・公聴会、先住諸民族との協議などを経て、報告書を著した。その440項目の勧告は、カナダにおける先住民族と非先住民の国民と政府との関係の徹底的変革を求めた。「短期・中期・長期」などとはせずに、20年という時間を明示していた。今年が、その20年目に当たる。先住民族に対する首相の謝罪などもあったが、政府の対応は鈍く、勧告の多くはまだ実現されていない。しかし、その勧告は、先住民族の社会や団体が政府に行動を求める際の基盤を提供している。

 翻って、アイヌ政策有識者懇談会の『報告書』は、僅かに42ページと別紙2枚である。(「議事概要」をすべて「付録」として収録しておけば、100ページを超えて、もう少し見栄えは良かったかもしれない。そして、それも含めて全文を英訳して世界に出せば、なお良かったかもしれない。)政府の官僚や「有識者」は言うであろう。アメリカやカナダは言葉ばかりで、実行しないと。それは確かに、完全な間違いとも言えない。しかし、政府の外交官は、「権利宣言」の起草過程で、日本はそのような国々とは違って、国際的な文書に賛成した時にはそれをきっちりと遵守するからグダグダと細かい注文をつけているのだとも言っていた。(その場凌ぎの言い訳だと分かってはいたが。)その後、日本政府は、「権利宣言」に賛成票を投じた。

 だが、忘れずに考えねばならないことがある。『報告書』が僅か42ページの薄っぺらな冊子になった背景には、「土地・資源の返還等ではなく」という文言の挿入の例一つを取ってみても、「権利宣言」から導かれる「議論に引き込まれないようにするため」(cf. (19))というような、まさに、「先住民族の社会や団体が政府に行動を求める際の基盤を提供」しないための、当事者に知らせない、知らせてはならないというエリート主義的で、極めて「日本型」の先住民族政策を「推進」するための意図があったことを。そして、たった42ページの文書で、先住民族の権利が切り捨てられようとしていることを。

 <続くか、となるか、PCの機嫌次第ということにしておく。>