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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

「山岳丘陵林藪原野河海湖沼池澤堤塘」

 本題に入る前に1つ。ブックオフではない古本店で、政府が隠そうとしている「特定秘密」の秘密を知ってしまった。

「特定秘密」とは、馬券術のことだったのだ! 特に興味もないから中を見ることはしなかったが、ここに埋め込むのにAmazonで見たら、このシリーズは、2015年版が「集団的自衛権」、2016年版が「地方創生」である。何ともコメントのしようがない。

 さて、ここからダウンロードできるようにしておいた瀧澤正氏の「日本の国は『アイヌ民族に土地をあたえた』か―有識者懇談会報告(2009年)を吟味する」に、次のような叙述があり、私は、大変興味深く読んだ。(もちろん、他にも興味深い議論がある――特に、このブログの「強制移住と土地・資源」シリーズとも関係する国連の「権利宣言」の土地条項に言及している箇所など。)下線は、私が施した。

 以上の経過は、北海道の先住民族アイヌにとって全く預かり知らぬ、和人権力内部の出来事でしたが、それは明治の国家が、「近代的土地所有」制を国内全土に敷設する国家的事業の途上で、アイヌを民族総体として土地所有から排除する第一ステージであったのです。
 その第二ステージは、明治10年制定の「北海道地券発行条例」(以下「地券条例」)です。太政官は、地租改正事業の中の困難を打破するために、官有地(国有地)と民有地の区分を厳密・明確にするため明治7(1874)年に「布告第百二十号」を発しました。「地券条例」は布告を受けて、北海道において、本地券を発行するための手続を詳細(土地丈量・地価決定などを含め)に決めています。地券には地価と地租が書き込まれます。この「地券条例」の第16 条にアイヌ民族の土地に関する条項が現れます。条文は「旧土人住居の地所は其の種類を問わず当分総て官有地第三種に編入すべし。但し地方の景況旧土人の情態により成規の処分をなす事あるべし」。「地所規則」・「売貸規則」は明治19(1886)年6月「北海道土地払下げ規則」制定の際に廃止されますからまだ、「地所規則」第7条は生きている筈です(法令の順序からすれば上位法として)が、この条例では無視され、抹消されています。(この点で、法令違反の疑いが十分あります。
 「旧土人住居の地所」とは何を指すでしょうか。チセの建つ敷地、開墾された畑(この頃にはアイヌの開墾し作物を産出した畑は、特に日高・胆振地方では無視できない面積になっていました)、このアイヌが労働投下した土地は官有地(国有地)に組み込まれました。つまり没収です。「地所規則」第7条の「漁猟伐木仕来りし地」は、既に禁漁・伐木規制の下にありました。
 官有地第三種とは、法律上如何なる土地を指すものであったか。太政官布告は次のように規定しています。
山岳丘陵林藪原野河海湖沼池澤堤塘」など「民有地にあらざるもの」。これを北海道に引き当てれば、なお手つかずにあるアイヌ民族の大地そのものですが、アイヌ自身はその中の僅かな地面に囲い込まれることになりました。つまり、官有地のなかの無権利の借地人とされたわけです。さらに「地券条例」は「山林川沢原野等は人民の望みにより、貸渡し売渡すことあるべし」(第15条)と規定しています。この結果、官(開拓使北海道庁)の側は、アイヌの居住地を自由に変更すること、また外に売却出来るようになりました。
 これ以後、府県移民のために殖民地を区画するために(新十津川など)、或いは都市計画の都合から(旭川近文、釧路)、御料牧場の設置(新冠)、「旧土人保護法」による給与地下付の都合から、その他各地で起こるアイヌの強制移住は「地券条例」第16 条が法的根拠です。
(pp. 16-17)

 一つ目の下線箇所(法令違反の疑い)を現代日本の裁判所は、どう判断するだろうか。もう140年以上前のこと? それとも、たかだか140年ほどの前のこと?
 私は、1985年のアメリカ最高裁の判決(「オナイダ郡 対 オナイダ インディアン ネーション」(COUNTY OF ONEIDA v. ONEIDA INDIAN NATION, (1985))を思い出した。この判決は、今日のニューヨーク州において非インディアンによって占有されている何千エーカーもの土地の権原をうやむやにしてしまったとして批判されているし、訴訟ではオナイダ インディアン ネーションが勝訴したけれども、過去の不法行為に対する救済を決定するために、まだ争われていることを明記しておかねばならないが、その上で、私がここで指摘しておきたいのは、最高裁が、1795年に法律に違反してニューヨーク州に引き渡されたオナイダの土地の占有と使用による損害に対する提訴が可能であると判断して、連邦政府の同意なしにインディアン トライブから土地を購入することを禁じていた1790年と1793年の法律(いわゆる「通商禁止法」)によって、1795年のニューヨーク州による土地購入が無効であると判断したことである。(ニューヨーク州とオナイダ ネーションと言えば、コメディアンの故チャーリー ヒルさんのネタにあったことも思い出される。関連記事は、右上の検索窓から探すことができる。)

 もう一つは、「山岳丘陵林藪原野河海湖沼池澤堤塘」という文言である。これを現代的に先住民族が表現すると、ここで取り上げた「権利宣言」第25条の「土地、領域、水域、沿岸海域その他資源」という文言になるのである。

 因みに、文化庁長官にもなったユング派「心理療法家」の河合隼雄氏が、『ナバホへの旅 たましいの風景』(朝日新聞社、2002年)で、このように書いている。

 ナバホたちの、できる限り伝統を守ろうとしている人たちの生き方は、文字どおり大地に根ざして生きている感じがする。自然との緊密な一体感がある。毎日の生活全体が宗教的なので「宗教」という言葉はナバホ語にはないとのことだったが、「自然」という言葉もおそらくないだろう。確かめておけばよかった。ちなみに日本語では英語のnatureに相当する言葉はなく、「山川草木」というような表現をしていた。(193ページ)

 この本は、専門家へは別として、75-80点くらいとしてお薦めする。この本全体を取り上げて、その理由を論じたくもあるが、多分その機会(というか、時間)はないだろう。