AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

AAH on the Road to Disintegration

 ここのところ、アイヌ民族に対する謝罪について考えていた。
 高橋はるみ知事、「150年」を機に、その前にアイヌ民族に謝りませんか? 謝りましょうよ。謝って下さい。謝れ!・・・とか。

 そこに「あっと驚く為五郎」的な――若い人は知らないだろうけれど――知らせが入ってきた。北海道アイヌ協会は、とうとう内部崩壊を加速させるアクセルを踏んだようだ。このまま行けば、第2北海道アイヌ協会の出現もあり得ないことではないだろう。4月1日から、このブログのタイトルは"Ainu Politics Watch"に変えた方が良いかもしれない。
 詳細は、近いうちに分かることだろう。(もしかしたら、地元ではもう知れ渡っているのかもしれない。)

P.S.

 正義についてもっと明瞭に考えるために、私たちは、正義という言葉を秩序という概念と混同する広く行き渡っている傾向に挑戦することで始めると良いかもしれない。(略)
 秩序は、まったく正義なしに維持され得る。例えば、冷酷だが効率的な独裁者は、何の正義もなしに秩序を押し付けることができる。ナチス、ソヴィエト、そして南アフリカの法体系の諸研究が、高度に抑圧的な体制は一組の法律や規則を一貫して執行することができると確認している。言い換えると、抑止、すなわち秩序の西洋的概念の第一の道具は、極端であるが官僚的に一貫した残忍性によってある程度まで達成され得る。その通りとはいえ、この道を選ぶ社会は、一世代か二世代を超えては続かないかもしれない。


ラッスル L. バーシュ「正義の質を評価する」『ウレシパ・チャランケ』No. 50、pp. 26-27.

P.S.(2016.06.27, 23:49):一旦投稿した後に下書きに戻しておいたのだが、今日、ある事実を確認できたから再投稿しておく。もちろん、引用箇所は先住民族を抑圧している支配的社会に対して書かれていることであるが、あ~あ、という感じである。