AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「古人骨」研究体制整備と アイヌ「人骨」研究者集団の利益(+P.S. 2つ)

 本題に入る前に、3つ前の4月5日の「特定遺骨等返還手続」の記事に関連記事として挙げておきたかったものであるが、ここに載せておく。
文科省の「遺骨返還指針」:目的は返還?それとも残る遺骨?
「慰霊と研究」


 さて、このブログの常連の読者は既に読んだことがあるのではないかと思うが、今からちょうど5年前(2011年4月)の『先住民族の10年News』第173号、pp. 5-7に、次の論考が掲載されていた。

 アイヌ政策有識者懇談会で国立科学博物館の篠田謙一は、前号で論じた日本文化人類学会(旧日本民族学会)の「研究倫理見解」とともに、日本学術会議の人類学・民族学研究連絡委員会(以下、「研究連絡委員会」)の報告書、「古人骨研究体制の整備について」(平成9 年6 月20 日、以下、「古人骨研究体制報告」)(注1)に言及してアイヌ「人骨」研究の継続を訴えた。
 篠田の発言は本誌第171 号で引用しておいたが(6 ページ)、「全国の大学に保管されている貴重な人骨が散逸する可能性」という「現状を問題視」して、研究連絡委員会が提言をまとめたと述べられていた。これだけを読むと、「古人骨研究体制報告」の中でアイヌ民族の「人骨が散逸する」恐れについて言及されているのかと思うのだが、実際には、「人骨」研究者の数が少ないところに発掘される骨の数が急増してきたことから生じる問題は危惧されているものの、特にここで問題とされているアイヌ民族の遺骨の散逸の可能性への直接的言及はない。(注2)
 さらに篠田は、「アイヌ人骨に関しては、特に倫理的な問題に十分配慮することが必要」と述べているが、同文書では、興味深いことに、宗教的意味をもつ「祖先の遺骨」の研究に対する「倫理的な問題」はまったく主題の枠外に存在している。篠田は「死者に対する慰霊と同時に研究を行うことができる新たな環境が整備されることが必要であると考えて」おり、まさにこの部分こそが「古人骨研究体制報告」が求めていることと一致するのである。(第5 回有識者懇談会配布資料1、3-4ページ)
 同報告を取りまとめた研究連絡委員会の委員長は形質人類学者の尾本惠市であったが、報告を実際に作成したのは「古人骨研究体制検討小委員会」であり、その委員長は当時の国立科学博物館人類研究部長の馬場悠男である。発表後10年以上が経っているが、同報告の内容を検討すると、いくつかの興味深いことが見えてくる。


●「古人骨」の定義について
 「古人骨研究体制報告」は、「古人骨の定義は厳密ではない」とした上で、「およそ近世以前の人間の骨あるいは歯が保存されている場合に、それを古人骨と呼ぶ」と定義している(328ページ)。よって、同報告の対象は、「近世以前の人間の骨あるいは歯」ということになる。
 死者の骨がどれだけ古ければ「人類の遺産」として研究の対象としてよいのかという問題については、先住民族の遺骨だけではなく、人体の研究そのものを含めて議論が広がるところであり、到底本稿に収めきれるものではない。ただ、例えばイギリスでは近年、遺骨や人体の研究や展示に対する研究者や博物館関係者の考え方が変化してきた。その一つの現れは2004 年に制定された「人体組織法(Human Tissue Act)」であり、これを境にオーストラリアやニュージーランドといった旧大英帝国植民地の先住民族の遺骨返還が促進されるようになった。「人体組織法」は、同法発効から遡る1000 年を基準として、博物館などに収蔵されているそれより新しい人間の遺体や遺骨などを[返還移管]する権限を当該機関に付与している。こうした変化には、博物館などの文化機関の「権威の危機」に対する内からの変革運動が重要な役割を果たしたという分析が出ている(注3)。それに対して、現在の日本の学界で――特に「人骨」研究者の間で――過去の遺骨盗掘の歴史から今日の研究遂行に至るまで、先住民族の尊厳や権利の尊重という観点から倫理的問題も問われずに、近世以前のみならずそれ以降の死者のものと思われる遺骨をも対象とする研究が、学術研究の名の下に大手を振ってまかり通っていることは指摘しておかねばなるまい。
 いずれにしても、「古」の定義はあまりにも恣意的かつ曖昧であり、その「科学的」根拠は不明である。研究連絡委員会は、社会進化論に従って近世と近代の境を「未開人」と「文明人」の骨を分け、研究対象としての可否を分ける根拠としているのであろうか。議論の余地がある。


●「古人骨」の3 つの価値と意味について
 「古人骨研究体制報告」によれば、「古人骨」の発掘件数は、30 年前には年に数百件であったものが、現在では約1 万件にのぼるそうである(330 ページ)。研究連絡委員会は、そうした「古人骨」がもつ価値や意義を3 つに分類している。
①「人類進化あるいは日本人の起源や変遷の証拠となる生物資料」、あるいは「過去の人間の身体が持っていた生物情報の証拠資料」、
②「日本人の歴史を知るための」埋蔵文化財
③「私たちの祖先の遺骨」。
そして同委員会は、こうした価値や意義を理解する専門家によって「古人骨」の「処置・採取・整理・記載・登録・保管がなされ、現在および将来の研究に役立てられなければならない」と述べている。(327-28 ページ)
 「古人骨研究体制報告」は増加する発掘遺骨に対応するための研究体制の構築を目的としており、アイヌ民族の遺骨を主眼においているわけではないが、有識者懇談会や「象徴空間」部会での「人骨」研究推進派は、わざわざ同報告を参照していながら、研究用の「生物資料」という価値を最優先し、最も強調している。
 「古人骨」の2 つ目の側面は、「過去の日本文化を知るための貴重な埋蔵文化財」(334 ページ)である。同様に、現在大学等に保有されているアイヌ民族の遺骨も文化財である。しかし、それはアイヌ民族文化財であり、必ずしも「日本人の歴史」や「過去の日本文化を知るため」のものではない。有識者懇談会はアイヌ民族先住民族としてアイヌ文化政策を推進することを提言したが、推進会議は、「文化財」を含む先住民族の遺産という観点から遺骨の問題を考えるために有益な国連の指針作成に携わった横田洋三を構成員に擁していながら、彼を「象徴空間」部会から除外して争点の封じ込めを図っている。*1
 「古人骨」の3つ目の側面は、「我々自身の祖先の遺骨」というものである。これは、一般に人々が「遺骨」と呼ぶ時に込める自分や家族・親族・共同体との大切な精神的あるいは霊的なつながりを含む、宗教や信仰上の意義に言及しているものと思われる。しかし、「古人骨研究体制報告」は、次のように続けて、研究優先の「保管」を後世への「責務」としている。

その意味では、現在に生きる我々こそ、将来に発展するであろう新しい研究方法や分析技術の対象となる古人骨を丁寧に保管し後世に伝えるべき責務を負っていることを自覚しなければならない。(328 ページ)

ここでもまた、「文化財」の場合と同様に、「我々自身」とは誰かを問わねばならない。有識者懇談会報告が取り上げている「遺骨」とは、明らかにアイヌ民族の「祖先の遺骨」である。「その意味では」、死者の骨を土に戻し、妨げていた死後の旅を継続させるのか、「新しい研究方法や分析技術の対象」とするか否かも含めて、いかにして「後世に伝える」かを決定する権利は、アイヌ民族の自己決定権に属するものである。
 このように、遺骨の問題は、海外での返還・再埋葬運動の中心課題ともなったように、その人々の過去(歴史)や文化を保有する権利は誰にあるのかという問いへと辿り着かざるを得ないであろう。それを考慮すると、有識者懇談会が国連の「権利宣言」に基づく政策形成を放棄したことは、大きな罪である。アイヌ民族の遺骨がもつこのような課題を前にして、「現在および将来の研究に役立てられなければならない」という前提は成り立たない。(注4)
 遺骨に対する先住民族の権利は、集団の権利でもあり、また個人の権利でもある。前回も言及したが、北海道アイヌ協会が検討されている施設への「返還」という名の遺骨集約と研究に同意していたとしても、遺骨の返還・再埋葬を求める地域や子孫も存在するであろう。また、帰属する子孫やコタンが特定できない場合も出てこよう。しかし、いずれの場合にも言えることは、現在の「象徴空間」の施設建設計画と研究推進の議論が、奪われた遺骨の包括的かつ詳細な実態が把握されて広く当事者に提示されないままに、そして異なる要望を無視ないし排除する形で進められているということである。


●「人骨」研究者集団が欲するもの
 「古人骨研究体制報告」は、古人骨研究の意義および専門家やその活動を支える資金と設備の不足を訴えることで、研究体制の整備と支援を求めることを目的としている。そこで、資金と設備の不足を解消し、「古人骨研究者を増やすために」(332ページ)9 項目の提言を行っているが、今日の文脈で次の提言は注目に値しよう。

我が国でも、人類学あるいは考古学の博物館や研究所を新設し、その中で、人骨の専門家が20名ほど確保できればよい。ただし、(中略)中央に1 カ所あればよいというわけではない。少なくとも全国で5カ所は必要である。ここでは、人骨に関する研修、そして教育委員会埋蔵文化財センターあるいは地域博物館への指導も行う。(333ページ)

 報告書が出たのは、1997年5月の「アイヌ文化振興法」の公布直後である*2。現在の「象徴空間」における博物館や研究施設の建設とアイヌの研究者養成構想に、「人骨」研究者集団がこの提言を実現に移す機会を見て取ったとしても不思議ではないし、大いにありそうなことである。新設の博物館や研究所が欲しい人類学・民族学研究者集団にとって、「象徴空間」での博物館・研究施設構想は、研究連絡委員会の提言に表明されている彼らの利害関心に沿うものである。
 「古人骨研究体制報告」は、次のようにも提言している。現在、古人骨を研究・教育する機関や研究者は非常に少なく、そこで教育を受ける学生も非常に少ない。しかし、正規の就職先の数から見れば学生数は多く、就職先は専門講座以外の「医学部や教養学部などの関連部門にも頼らざるを得ない」。ところが、「最近、そこでの古人骨研究者が減少した」ことで、「専門教育機関で育つ研究者が(中略)多量に発掘される古人骨の記載研究報告を消化することは不可能である」。そのため、記載研究や「標本管理」を行う人材を養成する必要がある(333-34 ページ)。
 「象徴空間」につくられるアイヌ民族の遺骨を集約した博物館や研究施設は、「人骨」研究者集団のこうしたニーズを満たすのにも適していると思われる。大学や博物館に正規のポストを持つ「古人骨研究者はわずか10 数名ほど」(333ページ)という研究者集団は、縮小する自己集団の生存に危機感を持つと同時に、博物館・研究施設に後進の就職先を確保することで自己の勢力確保と拡大を図ることもできる。
 アイヌ政策形成過程で利益集団としての人類学・民族学研究者集団が獲得を狙っている利益は、「多数者の利益」ではなく、それに名を借りた少数集団の利益である(注5)。しかし、その集団は、政策形成過程に入り込んで社会のバイアスを動員することで「アイヌ文化振興法」体制の恩恵の分け前を主張できるだけの政治的・社会的な力を有する少数集団である。恒常的な政治的マイノリティの要求は「多数者の利益」との一致によって実現することが「現実的」であるという主張は、その過程がマイノリティの要求からかけ離れて推進され始めた時にマイノリティ独自ではそれを阻止する力を持たないという危険性を正視していないのではなかろうか。

(注1)http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/14/16-46.pdf、325-335 ページ。
(注2)児玉作佐衛門も「アイヌ民族資料の海外流出などの資料散逸を恐れ(中略)アイヌ民族資料の収集・調査・研究に奔走」したそうである(植木哲也『学問の暴力』春風社、2008 年、83 ページに引用された市立函館博物館の解説)。
(注3)Tiffany Jenkins, Contesting Human Remains in Museum Collections: the Crisis of Cultural Authority (New York/London: Routledge, 2011).
(注4)「人骨」研究者は、「文化財」と「祖先の遺骨」としての価値と意味を強調すれば、自ずと自らの議論の破綻を招くことになり、「生物資料」としての価値にしがみつかざるを得ない。
(注5)Cf. 日本文化人類学会「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書についての見解」(平成21年12月13日)の特に第4 項。

P.S.(2016.04.16):一昨晩、上の記事に関連する投稿を準備しておいたが、しばらく先に延ばすことにした。

 昨日の夕方、ラジオのニュースを聴いていて思った通りだ。安倍首相が河野担当相に指示したとニュースは言っていたが、ここには書かれていない。⇒<熊本地震>知事「現場分かってない」…「屋内避難」に反発

 自衛隊の災害救助隊への再編が古くから提案されているにもかかわらず、戦争準備に忙しい政権が、今度は、早速、災害の政治的利用か?⇒防衛相 米軍支援受け入れ検討

P.S. #2(2016.04.19, 1:20):

 安倍晋三首相は、17日午前8時半過ぎには米軍の輸送支援について「直ちに米軍の支援が必要という状況ではない」と語っていたが、2時間半後には「輸送ニーズが整い次第ただちに実施したい」と方針転換した。防衛省関係者は「米軍オスプレイの支援は必ずしも必要ではないが、政治的な効果が期待できるからだ」と説明する。

 自衛隊と米軍は18日、陸自西部方面総監部(熊本市)に、物資輸送の割り振りをする「日米共同調整所」を設置した。昨年改定した日米防衛協力のための指針(ガイドライン)では、日米が災害で協力することも盛り込まれた。今回のオスプレイの活動は「日米同盟が深まっている」(別の防衛省関係者)ことを示す場でもある。

米軍オスプレイ、初の災害対応 実績づくりに疑問の声も(朝日新聞デジタル 2016年4月18日20時58分)より。

*1:その後のアイヌ政策推進会議の経緯を見れば、横田氏が何らかの違いを生んでいたとは考えられまい。

*2:この点を今振り返ると、その当時から北海道ウタリ協会は「人骨」研究者と利益を共有していて、将来的に遺骨の集約を構想していたのであろうか。