AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

日本人類学会の研究倫理基本指針とアイヌ「人骨」研究

 日本人類学会とアイヌの人体組織を用いた研究については、特にアイヌの遺骨のDNAを研究材料とする「歴史研究」との関連で、たとえばアイヌのDNAサンプルを使った「アイヌの遺伝的起源」の研究をはじめとして、このブログでも何度か取り上げてきた(右サイドバーの「検索」に「日本人類学会」と入れてもらえれば、関連記事が表示される)。

 ところで、20年続いて廃刊となった『先住民族の10年New』は、恐らく人類学者のほとんどが注目することも、目にすることもなく、また目にしても無視したミニコミ誌ではないかと思うが、この記事に続く第174号(2011年5月)に、以下の記事が掲載されていた。その後、何か変わったのであろうか。文部科学省は、返還対象とされず、「異例施設」に集約されることになっている「特定不能遺骨」の扱いの検討をこれから行うようであるが、何か変わるのであろうか。

日本人類学会の研究倫理基本指針とアイヌ「人骨」研究


1. はじめに
 アイヌ政策有識者懇談会『報告書』の遺骨問題を扱った部分(16 ページ)の意図が何なのか、いまだに測りかねている。初めて読んだ時、「英国領事館員ら」によるアイヌ墓地の盗掘事件からわざわざ始めるということは、有識者懇談会が日本政府に対して、今もロンドンに存在するというアイヌの遺骨を英国政府に調査・返還することを求める提言をするための導入かと思ったが、少なくとも『報告書』にはそれはなかった。さらに、日本人研究者によるアイヌ民族の人権を無視した遺骨の発掘と収集に言及して、「現在も数ヶ所の大学等に研究資料等として」保管されているアイヌの遺骨の中には、「発掘・収集時にアイヌの人々の意に関わらず収集されたものも含まれていると見られている」とくれば、読者は当然、不当に集められた遺骨への「尊厳ある」対応策が論じられるものと期待するであろう。ところが、結論部分(34 ページ)では「慰霊施設の設置等の配慮が求められ」ただけであり、『報告書』の経緯の叙述部分と結論(提言)の間には大きな欠落がある。
 不当な遺骨収集の経緯を訴えて遺骨の研究を阻止することは、他の課題に比べて「国民の理解」を得やすい問題であろう。有識者懇談会は、「慰霊施設」での遺骨の研究の禁止を『報告書』に明記すべきであった。周知の通り、アイヌ政策推進会議では、「慰霊施設」に博物館や研究施設を造り、そこで遺骨の研究を継続する話が進められている。北大をはじめ、東大、京大、東北大、大阪大、新潟大、札幌医大などに保有されているアイヌ民族の遺骨を一つの施設に集約することで喜び、得をするのは、歴史的責任を曖昧にしたまま遺骨を「返還」できる当該諸大学の関係者であり、「人骨」研究者たちである。


2. 日本人類学会の研究倫理基本指針
 「人骨」研究者の一人である篠田謙一が有識者懇談会でアイヌ民族の遺骨の研究の継続を訴えた際に、彼の専門分野と理事という立場から考えても、なぜ文化人類学会ではなく、「古人骨」の「発掘と研究」を「主な研究方法」の一つとしている日本人類学会の「人類学の研究倫理に関する基本姿勢と基本指針」(以下、「ASN 倫理指針」)に言及していないのか、興味深いところでもある。そもそも文化人類学会の「研究倫理見解」は今日の基準で「研究倫理規定」と呼べる代物ではないが、「ASN 倫理指針」は、近年――同文書中には採択年の明示がない――アメリカ自然人類学会の倫理規定( 以下、「AAPA倫理規定」) を参考にして作成されており、文化人類学会の「研究倫理見解」よりもはるかに詳細で、重要な項目を多く含んでもいる。(注1)
 もちろん、このような倫理指針や規定も、研究者が研究の対象者やそのコミュニティとの対話を継続しない限り実質的な意味をもたないし、また、それに反対する研究者や非学会員には限られた制約力しかもち得ない。その上でなお、篠田が有識者懇談会で言及しなかった「ASN 倫理指針」を「AAPA 倫理規定」と比較しながら読んでいくと、アイヌ民族の集団的・文化的権利を主張・実践し、遺骨の研究を阻止するために有用な示唆を得ることができる。以下、重要と考えられる2 項目に絞って論じることにする。


a. 最優先事項としての人権と人間の尊厳の尊重
 「ASN 倫理指針」は、第5 項で「研究の対象」に関して、人類学の研究者が「直接の対話や交渉ができない研究対象に対しても十分な敬意を払」わなければならないとして、次のように明確に記している。(太字化は筆者。以下、同じ。)

人間を対象とする研究は、人権と人間の尊厳を尊重しなければならない。祖先の遺物や遺骨等を対象とする研究もこれに含まれる

直後の第6項で、「人骨」研究者たちが援用するであろう「資料や成果の保全」に対する努力義務が明記されているが、それが「人権と人間の尊厳を尊重」する観点から死者の尊厳を尊重し、遺骨の返還・再埋葬を求め、遺骨の研究継続に反対する研究の対象者や影響を受ける人たちの利益と衝突する場合には、「研究対象となる人々やその周辺で影響される人々に対する配慮を何よりも優先する必要がある」のである。
 当然のことながら、「ASN 倫理指針」は研究を遂行する際の倫理基準をまとめているのではあるが、その第8項は、「人類学の研究者は、研究の継続が倫理に反することが判明した場合には、いつでも研究を中止する用意がなければならない」として、研究を中止せねばならない状況に言及している。人類学会が参考にした「AAPA 倫理規定」は、研究の中止に関してもっと明確に述べている。AAPA は、人類学研究者には研究の対象者や協働者に対する「第一位の倫理的責務」があり、「これらの責務は、新たな知識を求めるという目標に取って代わりうるし、主要な責務が他の責任と衝突する際には研究プロジェクトを実施しないか中断するという決定に至ることがある」と明記している。人類学研究者は、研究対象者などの「安全、尊厳、あるいはプライバシーを自分たちの研究が損なわないことを確実にするために力の範囲内ですべてのことをなさねばならない」のである。ありとあらゆることを行った上で、それでも研究を行うと「倫理上の判断を行う者は、最善の努力をもって判断に関わる要素を特定し、その判断の根拠を明らかにしなければならない」。(注2)


b. 情報に基づく事前の同意
 アイヌ民族の遺骨を研究しようとする者は、研究に先立って、アイヌ民族の関係者に「研究の目的、実施方法、生じ得る影響、その他の関係する事項について説明し、理解と合意、すなわちインフォームド・コンセントを得」なければならない。これは、単なる伝達や報告、協議だけでは不十分で、十分かつ正確な情報を提供した上で同意を得ることが条件となっていることを意味しており、重要である。さらに、「ASN倫理指針」は、この「合意は、自由で対等な関係においてなされなければならず、明示的か否かを問わず、いかなる強制もあってはならない」と、合意の質について明確に規定している。
 合意の質について「AAPA 倫理規定」は、重要なのは「同意の質であって、形態ではない」との文言を加えている。さらに、「情報に基づく同意の過程はダイナミックかつ継続的なものである」との認識を示し、それは、研究計画の作成に始まり、実行の間中、対象者との「対話と交渉」を通じて継続されなければならないとしている。情報に基づく同意に関する規定や法規にどのようなものがあるのかを確認して、それを遵守するのは、研究される側ではなく、研究する側の責任であることも明記されている。今日、こうした規定の中に「先住民族の権利に関する国連宣言」の条項が含まれることは明白である。
 2003 年4 月に採択された「AAPA 倫理規定」は、末尾に「他の関連倫理規定」の項目を設けており、その中には「国際連合」の下に「世界人権宣言」や「近く採択される先住民族の権利に関する国連宣言」などが挙げられている。同規定を参考にして作られた「ASN 倫理指針」には、その項目がないのも興味深い。しかし、「ASN 倫理指針」は、研究者は「絶えず研究倫理に関する新たな情報や考え方を知り、自らを教育するよう努めなければなら」ず、そのために参照することが有用であるとして、国内省庁やアメリカ人類学会の倫理規範と並んで「AAPA 倫理規定」を挙げていることからも、日本人類学会の研究者は当然、国連の「権利宣言」を参考にして行動するべきであるということになろう。
 研究に対する同意についてもう一つ注目すべきは、それを「対象となる個人もしくは集団」から「得なければならない」という規定である。直後の段落が「プライバシーを守る」ために「対象となる個人や集団」との相談に言及しているが、ここには宗教的実践などと関係する「集団のプライバシー」という概念が存在していると考えられるし、その点で、集団の権利が想定されていると考えられる。


3. おわりに
 アイヌ政策推進会議の議事概要には北海道アイヌ協会が遺骨の研究を「了解」しているとの発言が度々出てくるが、どのような過程で、どのような条件で「了解」したのかは記録されておらず、不透明のままである。言うまでもなく、情報に基づく合意は、「人骨」研究全般に対する特定の団体による一時的な「了解」で済まされるものではなく、個々の研究者が各自の研究について継続的に得なければならない性質のものである(注3)。過去に「アイヌの人々の意に関わらず収集された」遺骨を「生物資料」として研究している人々は、現在、自らの学会の研究倫理規範を遵守して研究を行い、また将来も行おうとしているのであろうか。「人骨」研究者は、倫理指針に従って、個々の研究について「自由で対等な関係」で同意を得ているだろうか。過去に「アイヌの人々の意に関わらず収集された」遺骨は、今日も「アイヌの人々の意に関わらず」研究の対象とされ続けているのではないか。
 「ASN 倫理指針」が「研究者」と言及する場合、個々の研究者を指していると思われるのに対し、「AAPA 倫理規定」は「結び(Epilogue)」で、「[自然] 人類学の調査、教育、応用は……[自然] 人類学者が個人的にかつ集団として倫理的責任を負う選択を提出する」と述べている。現在、大学等に保管されているアイヌ民族の遺骨の研究は、日本人類学会の研究者が「集団として倫理的責任を負う選択を提出」していると言えるであろう。日本人類学会および「人骨」研究者が、アイヌ民族に対する「第一位の倫理的責務」に従って、遺骨研究の自主的モラトリアムを宣言することを期待したい。 
 一方、遺骨の返還・再埋葬が実現するまで遺骨の研究を阻止したいと願うアイヌの個人や集団は、遺骨の不当な収集経緯を「国民の理解」に訴え続けるとともに、国内外のさまざまな倫理規定や規範を利用しながら、研究を行う者たちと研究に関する法的な契約を作成することをも含めて、研究者との交渉を行うことを検討してもよいのではないだろうか。研究者が何を研究することが許され、いかなる方法で情報を収集し、流通させるのか、アイヌ民族の地域共同体が綿密な契約を交渉する力をつけていくことが望まれる。なぜなら、土地や天然資源に続く文化資源の搾取は、遺骨に止まらないからである。


(注1)"Code of Ethics of the American Association of Physical Anthropologists."
 文化人類学会は、「アイヌ研究に関する日本民族学会研究倫理委員会の見解」とは別に、2008年に「日本文化人類学会倫理綱領」を採択していることを念のため付記しておく。
 1989 年の世界考古学会議による倫理規定公表の後、1990 年代後半から今世紀にかけて世界の主要な考古学や人類学の機関は、研究倫理に関する綱領や規定を作成・公表してきた。これらの綱領や規定は、人類学や考古学の研究者が研究の対象とする先住民族とのあるべき関係や先住民族に対する責務についても明記している。
(注2)文化人類学会の「倫理綱領」は、1 条で「人権および諸権利の尊重」を掲げているが、内容は乏しく、単なる原則を述べているにすぎない。また、個人の「人権および諸権利」だけが念頭に置かれているように思われる。
(注3)文化人類学会の「倫理綱領」では、「調査地や調査対象の人々に対する倫理」として4条で、「説明責任」とだけ記している。単なる「説明責任」では不明瞭であり、「ASN 倫理指針」と比べても曖昧で弱い。「調査・研究成果の地域への還元」(6 条)、「共同研究等の実施・成果公表と著作権の明確化」(8 条)、「資格や技能の正確な報告」(10 条)で述べられていることは、研究対象の人々やコミュニティに対しても当てはまることであり、本文で述べた性質の事前同意を得ることが重要であるが、同「倫理綱領」には明記されていない。特に、研究者が最近よく持ち出す「還元」についても、研究者が事後に一方的に決めるのではなく、事前に合意を得るべきものである。5 条の「財産」に対する「直接的・間接的な危害や不利益」をアイヌ民族が被っていないかどうかも、広義の文化資源あるいは伝統資源に対する権利との関係で検討される必要がある。


P.S.:今夜遅くにメールを戴いた方へ贈る。(上の記事とは無関係。)
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