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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

第24回政策推進作業部会:慰霊施設・アイヌ遺骨等(2/2)

 「主な質疑応答」の最初の発言は、次のとおりである。「主な」ということは、収録されていない質疑応答もあるということであろう。

②主な質疑応答
○ 私としては、自由の空気も吸えなかったアイヌという思いがある。抑圧され、貧困であり、差別され、それを逃れたアイヌのようやく迎えたひとつの事業。その事業が、社会の多数決で決めるという、数の力で押し切られたように私は思っている。そのことで、今、見えるようになったことに対して本当に感謝している<発言は、本当にここから始まったのだろうか。この部分が良く分からないのである。遺骨と「慰霊施設」の問題のようではあるが。しかし、「今、見えるようになった」とは? しかも、「感謝」という言葉で、現状への満足を表明しているように思える。>そんななか、今まで過去に思い出したことは、皆さんも知っている言葉だと思うが、旧土人。知識が大変低いがため、古くからその生命を託した自然の恩恵を段々内地からの移民に搾取され、時が経つにつれて、生活基盤を失い、ただ、貧困状態になった感がある。これは勝るものが勝ち、劣るものが負けるという、その自然の成り行きでどうすることもできないということ。多数者の考えのもとで、明治32年の政策のやり方だったということ。そしてその三十数年前、墓地を暴き、アイヌ人骨を盗掘している。<これは恐らくアイヌ協会の一人の発言であろうが、封印されていた感のある「盗掘」という言葉が再び出てきている。>優生学進化論と言って、遺伝的に優れた子孫を残すことが国家のためだと言っている。このような政策を提言していた。そのうえで、アイヌは生きた材料だった。生きた材料による優生学的研究と形容して、我が文化民族の将来の発展・進化のうえに大きな波紋を与えるだろうと、当時、そのように話している事実がある。私もそのひとりだった。小学校で血液を採られた。そういう身体検査があった。許せても忘れない。「過去に目を閉ざすものは、現在にも盲目になる」というドイツの元大統領の言葉があるが、盲目になるようだったらトラブルのもとになるということをよく噛みしめてもらえればありがたいと思う。
(p. 6)

 この公式の場と記録にようやくという感じであるが、血液採取の問題が登場したのは初めてではないだろうか。しかし、この方は、個人として「許せ」ているようでもあるが、それは、心底そう思っているのであろうか。それに、ご自分が採られた血液の無断二次利用はなかったのか、遺伝子情報の漏洩はなかったのか、等々、きちんと確認できたのであろうか。(人体組織試料の二次利用に関する過去の投稿については、右の検索窓に「二次」と入れて下さい。)

 先住民族への「謝罪」の研究と文献には、「集団の記憶」や「集団の責任」、そして被害共同体の「癒し」のプロセスについて論じられている。仮にこの発言者が個人的に赦し、ご自分の中で「和解」が成立していたとしても、この席でアイヌ民族を代表するアイヌ民族の政治的リーダーであるのであれば、自己の個人的な思いとは別に、血液採取のように「生きた材料」として扱われた行為から、いまだに個人のレベルでも赦しのプロセスに入ることもできず、精神的後遺症から癒されてもいない同胞たちの心の傷について、ここで何か主張しなくてよかったのでしょうか。「よく噛み締めて」という言葉に、言葉にしていない思い、自ら抑制している思いが心の底にあるのだろうと伺えなくもない。しかし、下に続く次の段落の内容との落差が大きすぎるために――そして、ここからこの発言が誰のものか判るのだが――私のような外部の者は当惑するのである。「モニュメント」に役人が注文をつけてきているのだろうということは推測できる。しかし、元々の方向がそれで良かったのかとも問われるであろう。

 博物館の事業で駐車場が作られるが、これはきちっと国の責任のもとで行ってもらいたい。あわせて、公園や慰霊も国の責任で進めることをお願いしたい。慰霊施設のモニュメントも、アイヌとしては必要だと北海道アイヌ協会の理事会で決められた。苫小牧から見えるようにしてくれという意見も多々あった。このモニュメントには、アイヌ文様とパスイをイメージしたデザインにしてほしいと話してきた。アイヌ文様は魔除けとして使われたもので、神の目、つまりカムイシキとして使われたアイヌ文様であるということ。パスイは願いを届けてくれるもの。そういう思いで、パスイとアイヌ文様を提案している。ただし、木が20mある山の中で10mだったらなにも見えないの。木が20mのところだったら、20mは木の上から出てほしいと話しているが、それもまだ決まっていない。専門家が言うならわかるが、国の担当者は40mになったら土台がどうのこうのという。50mもあるような電波塔でも土台は少ししかない。そのようにして、アイヌが先祖を守るため、北海道全体のそのものを守るため、願いを叶えるため、モニュメントとして手を合わせたい。アイヌの精神世界を理解してもらえればありがたいと思う。ちなみに北海道百年記念塔は100mあるのだが、開拓100年だから100mとなっている。そういったものを作るのと、今私が言ったことのどこに差があるのか。もうちょっと考えたものの作り方をしてもらえればありがたい。日本人と同じように、手を合わせることはアイヌも知っている。アイヌの縄文から続いてきたこの精神を、きちっとした形でパスイとアイヌ文様でと思っているので、このことをよろしくお願いしたい。
(p. 6)

Cf. モニュメント

 標題の話題の終盤には、次のやり取りがある。

23体全部返されない場合もあるということでよいか。<翌日に遺骨返還裁判の和解が発表されることを知らなかった人物なのだろうか。>
 ○ 返せなかったものは象徴空間に集約することになる。これは大学側にとっても、請求されるアイヌ民族の方にとっても、いずれも初めての経験で手探りで始めているところなので、大学側としてできるだけ丁寧に対応するべきものと考える。
○ 特定遺骨について遺族には公開しないとのことだが、遺族から返せと言われたから返すという事実はあるのか。例えば何代か前の人の遺骨だから、恐らく遺族は何十人もなっているかもしれないのに、一人に返してしまって、その後、何で返したのかと他から言われたらどうするのか。<裁判の和解に言及しているのかという印象を受ける。>
 ○ 返還手続のなかで競合申請を受け付けることになる。すなわち返還してほしいと申請があった場合に、そういう事実がこういう時期、場所で発掘され、こういう年齢・性別である遺骨についてあったという事実を広く公表し、その遺骨について他に返してほしい方がいないかを、かなり長期な期間が必要かと思うが、一定の期間をおいて確認する。その上で、他の申請がなかった場合に初めて、もともと申請された方にお返しするかどうかという手続に入っていくことを考えている。
今、北海道の大学が返還する遺骨に特定遺骨23体のうち1つがある。それを返還してくれと言われている。その方に返した場合に、後で他の人から異議申し立てなどがあるのではないか。
 ○ その場合には、返してほしいという方の間でまずは話し合っていただくことが前提となる。そのなかで、どなたにお返ししたらいいかということを当事者同士で決めていただき、それがかなわない場合には、例えば家庭裁判所に諮り、どなたが適切か決めていただくというケースもあるかと思う。
裁判所に決めてもらわなければいけないような問題を、1人が返せと言ったから返してしまっていいのか。文部科学省の手続について述べているのか、裁判の成り行きについて言っているのか。両方を合わせて念頭においた反返還発言のようでもあり、そうすると、発言者像が浮かんでくる。>
 ○ 1人目が返還申請を行ったからといって、すぐにお返しするわけではない。1人目が申請した場合でも、その段階で、ある遺骨に返還申請があったということを広く一般にお知らせをして、半年ないし1年間という期間を設けて、その間に2人目、3人目が手を挙げないかどうかを待って、そして2人目、3人目の方が現れなければ、その半年なり1年が経ったところで1人目にお返しをする。もし2人目、3人目が手を挙げたら、その段階で1人目を含めて3人で話し合ってもらうなり、話し合いで決められなければ家庭裁判所に諮って決めていただいて、1人に絞られたところで初めてお返しをするということになるのが今回の報告書で考えているプロセスとなる。
(pp. 7-8)

 太字にした部分は、何か思わせぶりな発言である。すべての遺骨を「集約」したい人たちの発言ではないかと思われるが、これらの発言は、次の北海道新聞社説および記事と密接に関係していると思われる。社説は、次のように「和解条項」を批判していた。

問題は、和解に「(遺骨の返還後に)第三者と紛争が生じた場合は『コタンの会』が解決し、北大に一切迷惑をかけない」との条項が盛りこまれたことだ。再埋葬後の事後処理を、受け入れ先の責任に帰すことには疑問が残る。

 記事の方は、先日、別の読者が、立腹してメールを送ってこられた――どの部分にご立腹だったのかは書いてなかったが、記事のトーンへの漠然とした(しかし、多分、下線部への)怒りだったようである。

 この条項について、北海道アイヌ協会の幹部は「北大は、返還手続きに最善を尽くす責任を放棄している」と憤る。国は、全国計1600体以上のうち身元が分かる23体について返還の指針をまとめたが、身元が分からない遺骨は「今後、検討すべき課題」(文部科学省)とし、議論は先送りされている。
 この幹部は「ほかにも遺骨を返還してほしいと願うアイヌ民族はいる。訴訟をすればいいのかという話になる」とも指摘した。

 この記事で面白いと思ったことがある。道新は、アイヌ政策に関する最近の記事で北海道アイヌ協会の見解を載せる時には発言者の名前と役職名を明記するのが慣わしのようだと思っていたのだが、この記事では珍しく、「幹部」としている。なせだろうか。ここに書かれていることは、同協会の公式見解ではないということなのだろうか。ただ、作業部会での発言者とこの「幹部」、そしてその後、札幌の某所で講演した人は同一人物ではないかと、私は推測している。