AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「遺骨・DNA研究と先住民族――胎盤利用・DNAデータバンク登録と同意の存否」

 次は第207号に飛んで終わりとしたかったのであるが、先日書いた下書きが、もう投稿しないと考えて保存していなかったのか、行方不明になっている。探すよりも書き直した方が早そうであるが、その間に、話のついでということで、「遺骨・DNA研究と先住民族⑥――胎盤利用・DNAデータバンク登録と同意の存否」を『先住民族の10年News』第189号(2012年11月)から転載させて戴く。
 印字されたバージョンのpdfファイルからメモ帳にコピーして、ここに投稿しているのだが、それがちょっと面倒である。オリジナルは左右2段組みになっていて、たぶん編集ソフトの関係であろうが、時々、左段の途中に右段の一部が入ってきたりする。一応読み直して照合しているが、もし変な具合に飛んでいたりしたら、お知らせ戴きたい。

III. 7. 産科医からの胎盤集め

見るには美しくないかもしれないが、それは 存在する最も美しい器官である。旧約聖書では、それは外にある魂(External Soul)と考えられていた。1559年にレアルダス コロンブス(Realdus Columbus)という男が、それを「円形のケーキ」という意味のラテン語にちなんで「プラセンタ(Placenta=胎盤)」と称した。(Cunningham et al.)

 人体組織(注1)がもつ個人、社会と文化、科学(者)にとっての意味と組織試料の帰属の問題を考える前に、宝来聰がDNAの抽出源として集めた胎盤のことにもう少し言及しておきたい。
 既述のように、宝来は、PCR法が開発される前は、勤務先の国立遺伝学研究所がある静岡県三島市近辺の産婦人科医から胎盤を分けてもらってDNAを抽出するという方法をとった。その時の様子を彼は、次のように語っている。

胎盤は……もともとは胎児自身に由来する組織である。(略)この組織からミトコンドリアを分離し、DNAを取ろうと考えたのである。
(略)1983年の秋に開始し、産院よりお産があったとの連絡を受けるとただちに駆けつけ、胎盤と格闘する日々が3カ月ほど続いた。
(略)胎盤を大きく鋏で切り肉挽器にかけた後、ジューサーミキサーの最高回転で処理してみると、20分ほどで1個の胎盤をすりつぶすことができた。その後は遠心分離操作によりミトコンドリアだけを集め、ミトコンドリアDNAを精製した。(略)ともかく1983年も暮れようとしたとき、三島の赤ちゃん116人のミトコンドリアDNAを集めることができた。(宝来:9-11。引用中の漢数字はアラビア数字に変換した。以下、同じ。)

 胎盤は、胎児に続いて排出された後は不要物として「ほとんどは焼却処分される」ため、産婦人科の医師から「比較的簡単に分けてもらえ」たという。宝来は、産院から連絡を受けると、アイスボックスを担いだ姿で待合室を通って「直接分娩室に入って」行った。胎盤は、「まとまって手に入る」日もあれば、「1つだけ」の日もあった。(「逆転の日本史」:153)
 さらに彼は、「北海道アイヌや沖縄の人々」と「日本列島の先住民である縄文人」――彼の著書にはこの「先住民」の用法が何度も登場する――との系統関係に興味をもち、1985年に「琉球大学医学部保健学科の協力のもとに、沖縄で胎盤集めを開始した」。

私は車を借りて那覇市糸満市の数カ所の産科医院をお産があるたびに回った。(略)ひたすらミトコンドリアを集めるのに徹して、3週間で82個の胎盤を処理することができた。(宝来:22-23)

 mtDNAの分析結果に「地域差が観察されたことに元気づけられ」た宝来は、「本州最北の青森でも、弘前大学医学部の協力のもとに61個の胎盤を集め、同様の分析を行った」(同上:23-24)。
 この後PCR法が開発され、宝来は、胎盤ではなく血液から抽出したDNAを基に研究を行うようになり、台湾や韓国で血液を採取したり、アイヌの血液試料を分与してもらったりした。
 1983年の秋から冬に三島市の産院で生まれた 「三島の赤ちゃん116人」は、ちょうど今、29歳の誕生日を迎える頃である。那覇市糸満市の82人は、27歳である。宝来自身も述べているように、胎盤は、元々、胎児に帰属するものである。恐らく当人たちは採集のことを知らないであろうが、集められたのは259人の人体組織試料であり、DNA情報である。その人々の特定が不可能な措置(連結不可能匿名化)がとられていたとしても、狭く限られた場所で産まれた人々の特定は、完全に不可能であろうか。ま た、胎児から同意を得ることはもちろんできなかったであろうが、宝来自身の語り口――「お産があったとの連絡」――からは、各母親から事前に同意を得ていたとも考え難い。出産最中に「アイスボックスをかついで直接分娩室に入って」行ったわけでもなかろう。(注2)
 PCR法の開発がもう少し遅れていたら、宝来は、胎盤を求めて北海道を東奔西走していたのだろうか。今となっては分からない。宝来がmtDNA抽出のために胎盤を集めたのは、北は青森県までのようで、北海道のアイヌ民族胎盤は集められなかったようである。その代わり、アイヌからはもっと直接的、侵襲的に採取された血液試料が遺伝学的系統関係研究に利用された。


8. 胎盤の文化的価値と意味
 「バイオテクノロジー革命」の洗礼を受けた人類学者たちは、人類学の古くからある課題にDNAという媒体を利用することで、より精密に、科学的に取り組もうとしてきた。その過程で研究者たちは、新しい分析方法と「材料」の獲得・保存の方法を模索してきた。その「材料」として注目されているのが、器官や細胞・組織そのものである。自然人類学者にとって、人体組織は、研究材料としての「物」にしかすぎない。宝来やウィルソンたちの遺伝人類学者にとって、胎盤は「廃棄物」であって、少量の血液からは十分な量のDNAが抽出できなかった時代においては、それからのDNA抽出は画期的な方法であり、「廃棄物」の有効利用として遺伝人類学者の間ではほとんど疑問が呈されることなく、むしろ賞賛されたのであろう。
 一方、人体組織がもつ価値や意味は、異なる時代と社会制度の下で異なりもする。胎盤は、ヒポクラテスが治療に使ったと伝えられているが、現代社会では、上述のように、一般的には「廃棄物」とみなされ、医療分野でもそのように取り扱われてきた。ほとんどの現代社会では、胎盤は焼却(火葬)処分されている。しかし、最近では、胎盤から有効成分を抽出したプラセンタ エキスが医薬品や化粧品、そして健康食品等に利用されており、胎盤の医学的・商業的価値が高くなってきている。また、アメリカでは 1980年代の司法判決も影響して、90年代には血液や胎盤の「商品」としての価値が上がり、その市場が拡大した(Andrews and Nelkin: 53)。
 他方、胎盤は、古くから社会的・文化的な価値や意味が付与され、多くの社会・文化において重要な役割を果たしてきた。ナヴァホ インディアンの身体観では、胎盤と臍帯(へその緒)は、「研究に供される『廃棄物』と見なされるのではなく、埋められるべきであると信じられている」(Ibid .: 55)。そのための特別な場所が選定される。死産の場合、特にこの慣行は重視される。同じように、マオリの伝統的文化においては、 新生児の胎盤は、「人間と大地との関係を強調するために」地中に埋められる。
 カンボジアコスタリカでは、胎盤を埋葬することで新生児と母親が健康になると信じられている。ボリビアアイマラ人の間では、お産中に母親が死亡した場合、母親の霊魂が戻ってきて赤ん坊の命を奪わないようにと、秘密の場所に胎盤を埋める。
 カナダのブリティッシュ コロンビア州のクワキュートル人の社会では、女子の胎盤は貝堀りの技術が身につくように埋められ、男子の胎盤は将来の予言能力を増すように自然界にさらされ、ワタリガラスに捧げられる。
 その他にも、胎盤が子どもの信仰心(トルコ)や両親の生殖力(ウクライナ、トランシルヴェニア、日本)を強める能力を有すると信じられていたり、赤ん坊の一部としての胎盤の生命や、赤ん坊の友(ネパール)や兄弟姉妹(マレーシアのオーラン アスリ民族)、双子の一人(ナイジェリアのイボ民族)、新生児の一部(先住ハワ イ人)、霊魂を有する存在(インドネシアの多くの文化)として信じられており、それぞれに関係する儀式が執り行われる。
 このように、胎盤には新生児や親に対する力(パワー)が備わっていると信じられてもいる。また、胎盤は食されることもあるし、最近の医学的価値の見直しと関係しているとも思われるが、漢方薬(紫荷車)のような医薬の原材料として利用されてもいる。(Wikipedia
 既述のように、宝来の研究でアイヌ胎盤が利用されたという報告は見ていないが、血液や胎盤の研究利用が沖縄の土着の文化と合致するものであったのかどうか、興味深い課題であるように思われる。(注3)


9. DNAデータバンクへの登録と同意の存否
 人を対象とする研究における同意の重要性が認められてから長い年月が経っている。1947年のニュールンベルグ綱領(Nuremberg Code)の第1条には、被験者の「自発的同意が絶対的に不可欠である」と明記されている。まず第一段階として、胎盤や血液からDNAを抽出して行う研究に関して、被験者に十分な情報が提供された上でその自発的な同意が取得されたのだろうかという疑問が生じる。次に、宝来が収集した血液試料から得られたDNAのデータは、前回も述べた通り、51人のアイヌのものも含めて、DNAデータバンクに登録され、「保管」されている。ここに登録されているデータは、例えば、2004年の田島や宝来の研究にも利用されている。DNAデータのバンク登録に関して、どのようなIDでどのくらいの期間保管され、初期目的と異なる他の研究への利用の際の措置などに関する詳しい説明が、DNAの源である人々に対して行われた上で同意が得られたのだろうかという疑問も残る。DNAバンクへの遺伝子情報登録とインフォームド コンセントの多岐にわたる問題を「人の全体的保全と不可侵性という『ホリスティック』な概念」(Deschênes et al.: 230) に基づいて精査した研究論文は、次のように指摘している。

DNA試料の獲得のみならず、結果として起こる利用を合法化するには同意が必須である。ある人が最初の研究に同意したという事実は、彼または彼女が後の研究に同意するということを必ずしも意味するわけではない。後の研究は、異なる目的、すなわち参加者が是認する用意のない目的をもっているかもしれない。後の研究を取り巻く状況が大きく異なっているということもあるだろう。それはまた、他国で、別の研究者の指示の下で、そして異なる基準の枠組みの中で行われるということもあるだろう。(Ibid.: 223)

 ハヴァスーパイ事件で紹介したコメントでも指摘されていたが、「他のどのような資源とも同じようにDNA研究試料が『採掘』されること」を制限をつけずに許すことは、研究への協力者の人格の自律性を侵害するだけでなく、「その人の全体的保全を傷つける危険を冒すことになる」。そのようなことは、同意なく第三者に特定の情報が提供されたり、差別的な利用がなされたり、協力者個人の価値観に反して試料が利用される際に起こる。(Ibid.: 223-224)
 この研究は、「決定的な要素」としての「参加者の権利の尊重を奨励」するために、研究への参加の自由に関して、3つの要素を挙げている。
1)参加者への強要の禁止。参加/不参加の選択の自由。
2)不利益を被ることなく、いつでも参加を取り止める自由。
3)参加撤回の権利を行使する際に、自分の「DNA試料を破壊させる」権利(注4)。(Ibid.:230-231)
 この他にも、人体組織を用いる研究への参加者は、「仮に研究計画が賠償すなわち補償計画を明記していなくても、研究者、スポンサー、研究が行われる研究機関をはじめとして、研究に関与している他の当事者に関する自らのすべての法的権利を保持している」。(Ibid.: 230)
 胎盤もさることながら、51人のアイヌの血液は分与されているだけに、DNAバンクへの登録およびそこからの利用に関して適切な同意取得が実行されたのかどうか疑問である。血液の採取とDNA解析後に誰にでも利用され得ることをも含めて、また、将来、商業的に利用される可能性の有無や将来の研究中止の要請とDNA試料の処分などについても、十分な情報が提供された上で「アイヌの人たち」の同意が得られたのか。今は「証拠」も血液採取者の「自白」も不十分であり、こうして疑問を呈示することしかできないが、過去の「反省」が必要という 篠田をはじめとする人類学者には、そのような疑問を払拭するために、人類学者の行動についてもっと多くの「データ」を率先して提出する課題が存在していると思われる。
 いずれにしても、アイヌの血液とDNAの試料がどのように取得されたのか、十分な情報に基づく「自発的同意」が存在していたのか、などについて、今後、当事者から「歴史の解明」が求められる時が来ることは十分に考えられる。


(注1)「人体組織試料」とは、ヒトのDNAの抽出源となりうる試料をさす。これには「硬組織だけでなく、血液、唾液、その他のあらゆる組織や有核細胞を含む体液」が含まれる(Clayton et al.:1786)。
 なお、文部科学省厚生労働省経済産業省の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(平成20年12月1日一部改正版)では、「試料等」を次のように定義している。

ヒトゲノム・遺伝子解析研究に用いようとする血液、組織、細胞、体液、排泄物及びこれらから抽出した人のDNA等の人の体の一部並びに提供者の診療情報、その他の研究に用いられる情報(死者に係るものを含む。)をいう。

(注2)胎盤からのDNA抽出は、A. ウィルソンたちも行っていた。彼らは、「アジアやアフリカをはじめ世界各国出身の200人近くの妊産婦」や病院からもらった胎盤や組織培養された細胞からmtDNAを抽出して、「塩基配列の差異を比較検討した」。試料の大半(147中145)は、胎盤であった。(『科学朝日』:17-18;"Allan Wilson Centre for Molecular Ecology & Evolution"のウェブページ<URL省略>)
 彼らが同意を得たのか、得ていたなら、どのような手続きと内容で得たのかは確認できていない。宝来の方法との比較は、興味深いかもしれない。
(注3)紙幅の都合で、この節の内容のもっと一般的な意味合いについては、後で取り上げることにしたい。
(注4)試料の破壊に関して、試料が匿名化されて保管されている場合は特定不能であるために破壊から免れるが、その場合、最初の段階で、匿名化によって試料の破壊は不可能となることが告げられていなければならない(Deschênes et al.: 230)。51人のアイヌのDNAデータが匿名化されているとしても、51人全員(他界している場合は、その遺族)がデータの破壊を要求すれば、研究者がそれを無視して研究を行うことはできず、データを破壊せざるを得なくなるのではないだろうか。いずれにしても、アイヌ関係者は、この問題を倫理指針に照らして検証してみるべきであろう。
 研究における匿名性について、ホピの遺伝学者で、「16人の非凡な先住アメリカ人」の一人に挙げられているフランク C. デュークプーが 「人類学、遺伝的多様性、倫理」と題されたワークショップで興味深い指摘を行っている。

私が提起している問題は、私たちは匿名性について語りますが、他の側面が存在しているということです。それは、インディアンのことについて知っているインディアンがいて、私たちが利用するネットワークが存在しているから、これらのことの内容を分かってしまうのです。だから、それは非常に難しいということが、私が提起している問題です。(Dukepoo)


参考文献(今回初出のみ):
・Andrews, Lori and Nelkin, Dorothy. "Whose body is it anyway? Disputes over body tissue in a biotechnology age," The Lancet, Vol. 351 (January 3, 1998).
・Clayton, Ellen Wright et al. "Informed Consent for Genetic Research on Stored Tissue Samples," JAMA, Vol. 274, No. 22 (Dec. 13, 1995).
・Cunningham et al. Williams Obstetrics, 18th ed. quoted in Gynob.com., "The Placenta"(URL 省略).
・Deschênes et al. "Human genetic research, DNA banking and consent: a question of 'form'?" Clinical Genetics, Vol. 59 (2001).
・Dukepoo, Frank C. "Anthropology, Genetic Diversity, and Ethics" (A workshop at the Center for Twentieth Century Studies, University of Wisconsin-Milwaukee, February 12-13, 1999)の第1セッションでの講演(URL省略)。
Wikipedia. "Placenta>Cultural practices and beliefs"(URL省略).
(続く)