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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

北海道アイヌ協会の「知る権利の希求」

 昔、地下鉄の電車はどこから入れたのだろうという漫才があった。そして、考え始めたら夜も眠れなくなるのだと。夜に眠れないというわけではないが、第24回政策推進作業部会での加藤理事長の(と推定できる)発言の中身について考えていることがある。北海道アイヌ協会の「理事長の動向」ページにも説明はない。

 まず、「アイヌのようやく迎えたひとつの事業。その事業が、社会の多数決で決めるという、数の力で押し切られたように私は思っている」との発言。誰か、この意味を解説してくれないだろうか。

P.S.(2016.05.19):ここの「事業」というのは、「民族共生の象徴空間」のことであろう。それが現在のアイヌ政策の「扇の要」として登場した時、加藤氏は、これも何度も取り上げてきたが、ほぼ「満額回答」と評価していた。少なくとも道新は、そう報道していた。しかし、「数の力で押し切られた」とは何のことなのか。「満額回答」発言は、「捏造」だったのか? もっとも、ここで言及しているのが「象徴空間」でなければ話しは変わるが、そうであれば、加藤氏は、何のことを言っているのだろうか。
 口頭での発言だから整合性の取れていない部分があるのかもしれない。しかし、この部分は、かなり「編集」されていると勘ぐらざるを得ないのである。口頭発言が分かり難くて編集する場合は、読んで分かるようにするべきである。>

 次に――この記事の主たるトピックであるが――、ここに来て、なぜ唐突に――という印象を受ける――血液採取と身体検査の件を持ち出したのであろうか。政府に政策の法的根拠を求める上での何か「重大な決意」でも示唆しているのであろうか――ここは「通」にしか分からないかもしれない。

 そのことは措くとして、文部科学省が全国の大学に保管されているアイヌ遺骨に関する調査を行ったが、それは、北海道アイヌ協会の「ようやく迎えたひとつの事業」の計画に当初から入っていたのであろうか。政府の会議の外から眺めている私の理解は、その語の真の意味における遺骨返還の要求が出てくることによって同省が渋々動いたというものである。間違っているのだろうか。

 2014年8月の「記念事業」の配布資料において、北海道アイヌ協会は、「人類学研究をはじめとする学際的研究などの取組み」は、「自らの民族や先祖について、知る権利を希求すること、(略)多文化社会のあり方に挑戦することでもある」と「知る権利」について語っていた。(ここでも「知る権利」について書いていたかと思ってブログ内検索を行ったのだが、それは、2年前に非公開としたこのブログの前身のブログや別の活字媒体であった。因みに、そこを非公開とする前に、私は、「当日の北海道アイヌ協会の資料は、読めば読むほど頭が混乱してくる」とも書いていた。)

 さて、上述のように、第24回政策推進作業部会での加藤氏の発言にも同じように頭を混乱させられているのだが、なぜ加藤氏は採取された血液の行方とその後の利用について「知る権利を希求」しないのであろうか。(血液だけでなく、アイヌの尿なども近年に至るまで採取され続けており、それについてはここでも取り上げたことがあるが、今日は血液だけに限定しておく。)

 血液を「返還」あるいは「集約」せよと言っても、それこそ巨大なモニュメントも造れない「異例施設」になるだけだからだろうか。「許せても忘れない」のであれば、今のうちに真実を明らかにして、「歴史の解明」をしておかなくて良いのだろうか。私は、私の「知る権利を希求」しながら、加藤氏が文部科学省に「歴史の解明」を求めるのかと思いながら「議事概要」を読み進んだのであるが、期待したのが●●だった。

 加藤氏が血液採取をされたのがいつのことなのか分からないが、以前の投稿で取り上げられているように、国際的な研究者集団が北海道を訪れて、アイヌの血液採取を行ってもいる。1960年代半ばから約10年間続いた国際的な生物学研究のプロジェクトでは、先住民族の血液が採取され、アメリカやオーストラリアで現在に至るまで冷凍保存されている。私は、アイヌの被験者からの血液採取の方法や過程ももっと明らかにされる必要があると考えているが、採取された血液の行方がどうなっているのか、被験者には「知る権利」があると考えている。

 DNA鑑定による「自己証明」の記事の後に、カナダの「真実と和解委員会」におけるカナダ先住民族の「自己証明」に関する証言を翻訳して紹介する予定であったのだが、上記の「議事概要」を読んで、すっかりやる気をなくしてしまったのである。

 血液採取とは別の問題ではあるが、根っこにおいて共通していることでもあるから、少しだけ関連したデータを挙げて、問題提起をしながら、この投稿を終えることにする。

 カナダの「真実と和解委員会」の最終報告書とそこに94項目の勧告が収められたことは、ここでも簡単に触れたことがあるはずである。アイヌ政策に関する政府の会議では「国民の理解」という言葉が頻繁に登場する。カナダでは、「寄宿学校(residential schools)」――厳密には"boarding schools"とも区別しなければいけないようであるが、ひとまずこう訳しておく――とその世代を超えた影響についての「国民の理解」を高めるために、マニトバ大学の総長会館に新たな博物館と文書館である「真実と和解のためのナショナルセンター」――「ナショナルセンター」を敢えてカタカナにしている理由はお分かりであろう――が2015年11月に設立された。同センターのオンラインアーカイヴには、「真実と和解委員会」によって収集された35,000枚の写真、500万件に及ぶ政府、教会、学校関係の文書、7,000の生存者による陳述、その他の美術、詩、音楽などの多くの資料が収められている。これらの膨大な歴史資料には限界もあって――遅くなったので、それはまたいつか機会のある時にでも取り上げることにするが――歴史研究者は批判的かつ慎重に利用しなければならないが、それでも、歴史の真相に迫り、それを次世代に伝えようとする姿勢には、アイヌからの血液採取の真相のみならず、「日本型先住民族政策」を押し進めている産官学(+アイヌ協会?)複合体が見習うべきことが多々あると思わずにいられない。

一気に書いてきて時間が遅くなったため、また最後が不十分になってしまった。後で加筆するかも/しないかも。取り敢えず、「希求」が「気球」でないことを願う。

P.S. #2(05.20):こちらは、「三球」である。知らない世代のために。
「春日三球、照代の漫才」posted by crimperor at https://youtu.be/WNnnGeoroUI