AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

アイヌの人体組織標本の取り扱い

 数日前のコメレスや投稿に「やる気喪失」と書いたのだが、やや正確さを欠いた。やる気もあり、頭も働いているのだが、単純に時間が足りないし、手が足りないために、ここに従事することの優先順位を下げざるを得ないというのが本当のところである。

 「北海道アイヌ協会の人権啓発等の取組みについて」について述べたい意見もいくつかあるが、黙殺されるだけであろうから、わざわざ今ここで書くことはやめておく。日本考古学協会と日本人類学会が、近々、中間報告を出すというから注目しておきたい。(日本人類学会は、「人骨」の研究について調査していて、報告を出すようなことを数年前にも言っていたような気がするが・・・。)ホント、「社会還元」がない。それでも、アイヌ民族への還元とは言わずに、「社会還元」と言うところが、とても寛大ですね。(頬に舌を当てて書いています。)

 その様なことから北海道アイヌ協会では、「日本文化人類学会(旧日本民族学会)」や「歴史学研究会」へ新法の制定支持に係る声明発表の要請をはじめ、「日本考古学協会」や「日本人類学会」との間では、これまでの研究のあり方や研究成果の社会還元が適切に進められてこなかったことへの改善などを両学協会代表役員と協議し、近々その中間報告を公表する運びとしております。
 先住民族アイヌへの国民理解が進まない一因をここに見たからです。
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 ところで、この週末に昨年11月発刊の海外の論文を読みながら、加藤理事長が政策推進作業部会で言及したアイヌ民族からの(集団)血液採取について考えていた。いくつかの論点の一つに、前に言及した国際的な研究プロジェクトによって採取された先住民の血液標本について、近年の国際的な倫理基準の整備に言及した後、もし科学界や社会が標本を保護するやり方を誤れば、古い血液標本を危険に晒すことになり、標本の返還や破壊処分の対象とされたり、廃棄不能の状態にもなり兼ねないと警告している。
 もし――もしであるが――過去に採取された血液の提供者が死去していて、その血液の二次、三次利用をその人の子孫が拒否して返還を求めた場合、当該研究機関の倫理審査機関および文部科学省は、「祭祀承継者」にしか返還しないと主張し、北海道アイヌ協会もそれで良しとするのであろうか。(ここも半分皮肉でもあり、半分まじめな質問でもある。)

 上記の論文は、先住民族の人体試料の管理に関して進展してきた規範は、人類全体の人体試料にとっての基準としてますます評価されてきているとも論じている。その論点を適用すれば、この国の社会がアイヌの遺骨や血液、尿、唾液などの人体試料の扱いに関する倫理規範をきちんと整備することは、ひいてはアイヌ以外の日本人の人体試料の扱いも改善されていくということになるだろう。逆に考えれば、もしこの国の研究者や社会がアイヌの人体試料を杜撰に扱ってきたとすれば、アイヌ以外の日本人の人体試料も同程度にしか扱われてこなかったのかもしれない。「否、非アイヌの日本人の試料は尊厳を込めて扱っている」と主張するのであれば、その背後にはアイヌに対するレイシズムが存在しているということでもあろう。

 アイヌ民族の代表と自任される加藤理事長、採取された血液のことは、アイヌ政策有識者懇談会の『報告書』にも何の言及もなかったと思いますが、このまま何も明らかにしなくて良いのでしょうか。

すでに述べた国家の枠組みや人種、民族の理解、近隣諸国や国連システムとの関連性など、全てに係わってきた先住民族、とりわけアイヌ民族の人権伸長の経過を学んで頂き、皆さんと共に考え、理解し合いながら人権擁護、社会の醸成に取り組んで頂けることを切に望んでおります。

北海道アイヌ協会、上掲文書、3ページ。

(最後の「擁護」と「社会」の間の「、」は不要なのでは?)