読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

Alert, alert!(警鐘)――「アイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方」(その3)

 「ラウンドテーブルメンバー以外の、多くのアイヌ・・・との議論」が求められている 「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル(中間まとめ)」であるが、先住民族としてのアイヌ民族の権利の回復にとって危険な内容を含んでいると警鐘を鳴らしておきたい。(とても美味しそうな饅頭だが、毒が入っている。)「多くのアイヌ」の方々によって大いに議論されることを願う。

 私の見解は、当分の間、こちらのアーカイヴに冷凍保存しておくことにする。

P.S. #2(2016.06.07):おまけ No. 2.

「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル(中間まとめ)」の批判的考察


1.はじめに
 2016年5月13日に開催されたアイヌ政策推進会議の第8回会合に「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り⽅に関するラウンドテーブル(中間まとめ)」(以下、「中間まとめ」と略記)が資料として配布され、暫く後に内閣官房アイヌ総合政策室のウェブサイトに公開された*1。同文書は「あくまで中間的なものであり、ラウンドテーブルメンバー以外の、多くのアイヌ、学協会関係者との議論を通じ、よりよいものを⽬指していくことが必要」とされている段階にあるが(8ページ)、本稿は、その内容を2つのレベルの視点から批判的に考察しながら、アイヌ政策推進会議における「アイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方」に関する議論の現状を理解することを目的とする。1つのレベルは、「中間まとめ」が出された文脈において、それがどういう意味合いをもつものであるかという分析であり、もう1つは、同文書に書かれていることと書かれていないことを吟味しながら、文書の精緻化を図るための分析である。


2.「中間まとめ」の背景と性質
 ラウンドテーブル(以下、RTと略記)は、北海道アイヌ協会、⽇本⼈類学会、⽇本考古学協会の3団体を中心として、「これまでのアイヌ人骨と副葬品に関連する研究を振り返り、研究のあり方の課題、今後の研究の取り組みについて関係する学協会の代表とアイヌ関係者が議論を通じて、主体的に具体的な意⾒をまとめ、国のアイヌ政策に反映させることを目的として組織」された。RTの構成メンバーは、各団体が「理事会等で代表と認める者」ということで、北海道アイヌ協会から加藤忠(理事⻑)、阿部⼀司(副理事⻑)、佐藤幸雄(主任)の3人、日本人類学会から⽯⽥肇(理事)、中務真⼈(理事)、篠⽥謙⼀(国⽴科学博物館研究調整役)の3人、そして、日本考古学協会から佐藤宏之(理事)、⼤⾕敏三(理事)、加藤博⽂(北海道⼤学アイヌ・先住⺠研究センター教授)の3人となっている。RTは2015年11月末から2016年3月までに5回開催され、「中間まとめ」は、そこで議論されたことをまとめたものである。(1-2、11ページ)
 第1回の開催時期から推して、RTの設置はその直前頃であろうが、それが誰(またはどの団体)の主導によって設置され、どのような権能を付与されているのかは明記されていない。従って、RTは、単に利益を共有する上記3団体が「主体的に」、しかし私的に会合を持ち、その「意見」を「国のアイヌ政策に反映させる」ため利益を共有する一つの集団と考えてよさそうである。その一方で、「中間まとめ」がいきなりアイヌ政策推進会議の議題の資料になるということは、アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会に関心を有する各種団体が提出した意見書が悉く無視されたことと比べてみても、ただの私的利益集団とは区別して考える必要がある。その意味で、アイヌ政策、なかでも、遺骨や他の人体(生物)組織の研究に関心を抱く人々にとって、この「中間まとめ」およびそれから派生してくるであろう最終報告書は、重要な意味を持つ文書となるであろう。


3.RT構成団体への疑問と「中間まとめ」の限界
(省略)

P.S.:おまけ。
 『先住民族の10年News』第163号(2010年4月)に掲載の「『アイヌ政策有識者懇談会」の政治学入門⑩」(最終回)の最後の部分である。引用の冒頭部分は冗談めかして書かれているが、「報告書」とは有識者懇談会の報告書のことである。末尾の太字の強調は、ここでの追加である。

(9)「報告書」が認めるアイヌ民族の政治的権利
 「報告書」の最後にきて、重大な見落としに気付いた。「報告書」はアイヌ先住民族としての権利に触れていないと批判してきたが、実は、アイヌ民族に集団としての政治的権利の行使を示唆しているのである。「報告書」は、「アイヌの人々にもアイヌの総意をまとめる体制づくりが求められることになろう」と述べている(40ページ)。「総意をまとめる体制」とは、アイヌ民族の自律・自治政治体制に他ならないではないか!「報告書」はまた、「個々のアイヌの人々のアイデンティティを保障するためには、その拠り所となる民族の存在が不可欠である」とも述べていた(28ページ)(注7)。「有識者」たちは、集団としての「民族の存在」を「不可欠」とし、その「総意をまとめる体制」をつくることをアイヌ民族に奨励しているのである。
 「総意」についての一言は、さらに驚くべきことを含意している。その一言で「報告書」は、その前の全40ページで述べてきたことすべての正統性を崩壊させてもいる。すなわち、現在のアイヌ民族には「総意をまとめる体制」が存在していないと明言しているのであるから、アイヌ民族の「総意」が存在しない状況での有識者懇談会の懇談にしても、視察時の意見聴取にしても、それは、一部のアイヌの意見に過ぎなかったということを自ら認めているに等しい。
 同じ段落で、アイヌ民族の「意見等を政策の推進等に反映する仕組みを構築し、第一歩を踏み出すこと」が提案されているが、そのような仕組みをこの国の政治過程に構築するのは、この国の当然の仕事であり、責任である。しかし、そこにはアイヌ民族の「総意」が反映されなければならないことも銘記しておくべきである。アイヌ政策推進会議も、「総意」が反映されていない仕組みということになる。政府の会議に参加するアイヌの「代表」については、その数だけを問題にすればよいのではないのである。


(10)おわりに
 昨年9月のシンポジウムで長谷川修と秋辺日出男が北海道アイヌ協会の「解散」について意見を交わしているところへ、佐々木が(文面から判断する限り)慌てて「今、その議論が出てくるのは非常に困る」と割って入った。「協会には核になってもらわないといけない」と彼が強調したのも、「文化」という線路を進ませようとしているところへ政治的要求を入れまいとする意図があったからであろう。実現しなかった「協議機関」の「人選にもかかわ」り、「有識者」たちが「具体的な政策を進めるための相談する側」として、「報告書に基づいて、施策を少しでも前へ進めていく」ためには、「協会はまだまだ重要な組織」であると、「文化」政策推進者の協会必要論が明かされた(本誌第159号、9ページ)。これだけ必要とされているにも拘わらず、北海道アイヌ協会指導層がそれを「交渉」に利用しているようには見えない。
 もう既に始まっているように見えるが、これから「報告書」に基づいてさまざまな「文化」施策が展開されるであろう。そして、そこから生まれる功罪も語られることであろう。しかし、別の線路が敷かれて進んでいればと、将来に起こらない出来事は証明も評価もできない。ただ、「文化」政策が推進される間は、北海道アイヌ協会もその虜となり、少なくとも組織としての同協会による集団の権利の要求も、自立した政治経済体制の実現に向けての動きも、レトリックの域を越えては止まってしまいそうである。


(注7)「報告書」では、この後に「その限りにおいて」という制限句を挿入して、「先住民族としてのアイヌという集団を対象とする政策の必要性・合理性」(28ページ)をアイヌ語アイヌ文化に限定しようと試みている。

*1: http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/dai8/sankou5.pdf(2016年5月28日にアクセス。)