AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

Looking Back(回顧)

 時々、過去の記事を探しながら月別アーカイブを見ると、知らないうちにブックマークが付けられている記事を見つけることがある。今夜もそうだった。偶然、2年前の今日――投稿時には0時を過ぎているけれど――の記事で、一言だけ天安門事件に言及していた。

 暫く前から書こうと思っていたことである。"Against the Wind"というブログを作ったのが、6年前のちょうど今頃だった――ブログ開設日というのが自分で見ることができるどこかに表示されていたと思うのだが、今は見当たらない。開設したものの、何を最初の投稿にするかで考えたりしながら時間が経過し、最初に投稿したのが2010年6月24日の「琉球自治共和国連邦独立宣言」の記事であった。

 そのころ私は、某ブログサービスを利用して介護と医療の「参加観察」とでも言うべきブログを書いていた。その後しばらくの間、両方のブログを書いていたこともあって、
"Against"の方は、短い記事をゆっくりしたペースで書いていた。その後、介護と医療のブログが状況的に非常に書き辛くかつ書き難くなり、"Against"の投稿頻度が増えていった。介護・医療ブログの方には、現在264本の投稿記事が限定公開のまま保存されている。

 "Against"のブログテーマは、その頃に進行中であったアイヌ政策の内容、そしてそれに関係している諸団体の動きを懸念したからである。「先住民族」が直面している課題は、アイヌ政策過程で論じられているような狭小なものではないということを、すべてインターネット上で確認可能な諸外国のメディア報道や学術論文から示す必要を感じていた。また、メインタイトルには、アイヌ政策過程を追い風として、また「進展」として評価している関係者に異議を申し立てたいという思いを込め、お気に入りの曲の題名を使うことにした。

 しかし、Don Xuixote(ドン キホーテ)というIDでいざ書こうとした時、はたと考え込んだことがある。果たして、ドン キホーテが日本語で語るとしたら、自分のことを何と称するだろうかということである。いくつかの候補を考えた結果、「わが輩」―-入力が面倒であったのだが――で行くことに決めた。こうやって、ある意味で、自分がイメージしたドン キホーテ的なキャラクターを「演じる」ことになった。面白いもので、「わが輩」で書くことに次第に慣れてくると、別の箇所で書く文章でも、無意識的に同じような文体で書きそうになることがあった。

 "Against"の初期の投稿では、「先住民族」を論じる時に必ずと言っていいほど定義がどうのこうのという入口の議論で時間や労力を取られてきたため、そういうことを避けて課題や争点(issues)に入りたかったこと、そして素性を隠す意味もあって、「先住民族」という言葉は使わずに、"Indigenous Peoples"を「土着人民」という訳語にして書き始め、文体も私が普段こだわっている書き方を一部変更して書くことにしていた。ここでも面白いことに、「土着人民」という言葉は、「ネイティブ アメリカン」と同じように、「土着の日本人」を引き付けた感じがあった。そうやって素性を隠していたつもりであったが、大した本数を書かないうちに、ある方から発見されてしまった。(ここに転載してある初期の投稿に「わが輩」や「土着人民」とあるのは、以上のような理由である。)

 やがて、先住民族の遺骨の問題を取り上げるなかでアイヌ政策過程に焦点を絞る必要性を感じ、はてなブログが新たに出来たこともあって(ダイアリーがなくなりそうな感じもあったので)、"Against"のそれまでの全投稿の複製ブログを作成したのが初代のAINU POLICY WATCH(APWと略す)であった。こちらは、開設日が2013年の4月12日と表示されている。そこから海外動向に関する記事を削除して、アイヌ政策に特化したブログへと変更した。

(続く――かも。)

P.S.(06.06):こういう投稿をしていると、人生のまとめに入ったなと思われるみたいだが、これは「あくまで中間的なもの」である。だが、このことについて「多くの」方々と「議論」しようとは思わない。