AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

アイヌ住民から「詐欺的」に採取された血液に基づく研究について(仮題)

 数日途切れると心配して下さる方がいるが、次の投稿は、こんな風に始まります。ゆっくり、のんびりと書いていきますので、ご心配なく。

○ 「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル」について、御遺骨を扱っているから当たり前だが、人文関係の学会に関して全く参画がない。今までアイヌの人々を研究の対象とした、単なる文献や資料しか扱っていないという立場からであっても、研究者が人を人として研究する、その態度について厳しい指摘があった。これから先は、今までのアイヌ研究の在り方、それを十分に踏まえたうえでこれからどうするのかを、日本の学術の最高の場である日本学術会議に検討課題として持って行けないかということを、是非強くお願いしたい。
(第25回政策推進作業部会「議事概要」、4ページ。)

 これは、本田氏の発言であろうか。他の大学関係者による発言かもしれないが、もしかしたらアイヌのメンバーからの意見かもしれない。提案としては面白いが、毎度のことながら、誰に「お願い」しているのであろうか。誰にしろ、「慰霊施設」における「調査研究の在り方」についてのラウンドテーブルの「中間まとめ」を受けての話し合いでありながら、自らが政策決定の場にいるということをすっかりお忘れのような発言に聞こえるのである。私がこのブログで提案を発言するのとは大きく違う立場におられることを自覚して欲しいものである。

 ところで、過日このブログの記事が言及されていたツイッターの投稿が形容していた「詐欺的」なやり方で血液を採取された二風谷*1をはじめ、他地域のアイヌの方々がご自分の血液や他の人体組織(以下、血液とする)およびそれの今後の利用についてどうするかは、それぞれの方の考え次第であろう。しかし、そのことと、非合法的な方法で血液を取得した医療者や科学者、それを黙認したり援助した和人社会が「反省」し、社会を変えていく責任は、別の問題として取り組まれねばなるまい。しかも、そのような非合法的な手段によって採取された「研究試料」を用いて「人権」を語る論文が書かれているとなれば、なおさらのことである。

 著者のプロフィールと本の出版年から推して――研究者自身の「記録」については後述する――、「詐欺的」な血液採取が行われたのは1980年代半ば~1990年代半ばにかけてのことであろうが、それは当時の基準でも「非合法」であろう。但し、この点については別に論じることとして、ここからは、「海外では」というお話が好きな方に特別に、海外の基準についていくつか紹介しておきたいと思う。

・・・と、こんな感じです。では。

P.S.:実のところ、政策推進作業部会で加藤理事長が血液を採取されたご自身の体験を述べたから急に血液採取の問題を取り上げ始めたわけではない。このブログでも5年前の初期の頃から取り上げて、問題を指摘している。アイヌ民族を含めて、先住民族の脱植民地化を考える上で極めて重要な現代的課題なのである。海馬澤氏のようなアイヌが現れて、この問題を考えて、アイヌの側からの指針を作成するような会を立ち上げることを切に願う。
 参考までに、海馬澤氏については、ここここここここ、他で言及している。

P.S. #2(06.25):ちょっと脇道に逸れるが、毎年この時期になると、野村義一さんとILO 107号条約改定のことを思い出す(雨の日に1989年の3人を想う)。野村さんは、アイヌからの血液採取と医学・人類学の研究者のことをどう考えていたのだろう。残念ながら、直接お尋ねしたことがないから分からない。野村さんはあの年、昼休みのサイドイベントで上映された"Gene Hunters"(遺伝子ハンター)を観ていただろうか。もしかしたら、何か感想をお聞きしたかもしれない。だが、アイヌからの血液採取の話が出た記憶はない。

P.S. #3(06.26, 14:35):梅雨前線が南下して北からの涼しい風が吹く1日だけの梅雨の中休み。知らぬ間に、ヒメヒオウギスイセンが10株ほど花を咲かせている。やはり今年は時季が早く巡っている。例年より10日から2週間早い感じだ。

*1:「ある大学から、アイヌの人たちの血液採取の依頼がきた。そこで、アイヌの人にかぎり、成人病検診の時に、もう一本余分に採取したとのこと。」Cf. 本田優子『二つの風の谷』(筑摩書房、1997年)、pp. 80-86。引用は、p. 84から。