AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

アイヌ血液を搾取した医学・人類学研究者たちの二重の裏切り

 こちらの続きであるが、海外の研究倫理規範に進む前に、問題を問題として認識していない読者のために、いくつか「復習」しておこう。

 前の記事の注で引用した話(「ある大学から、アイヌの人たちの血液採取の依頼がきた。そこで、アイヌの人にかぎり、成人病検診の時に、もう一本余分に採取したとのこと。」)について、「萱野さんちの居候の女の子」の話は、次のように続く。

 じつはこの検査のことは、ウタリ協会平取支部の支部長と理事までには通達されていたらしい。そこから先、一人一人の会員にどう伝えられ説明されたのか、あるいはそういったことは不要と考えて行なわれなかったのか、一部に不手際があったのか、くわしい事情は当時の多少複雑な人間関係もからみ、結局わからずじまいだった。
 しかしいずれにしろ、町役場やウタリ協会の一部の役員に話を通していたからといって、それですむ問題なのだろうか。個人の血液を、直接本人の承諾を得ることなしに採取した側、さらには採取を依頼した側に、根本的な責任のすべてがあるとしか、私には思えない。
(前掲書、pp. 84-85。)

 数年後、「女の子」が「ある国立の研究機関で遺伝子を研究している先生」に話をすると、この先生は「その調査」を熟知していたそうである。「『二本も血を採られて具合悪くなった』とつぶやいていたおばあさん自身や、その後何年も暗い気持を抱き続けていた人間などがまったくあずかり知らぬところで、一部の研究者にだけ情報は流されているのだ。」さらに後日、別の研究者は、「アイヌの人びとのなかには、ある種の白血病を引きおこす確立(ママ)が高い遺伝子をもっているケースがあり、その研究はアイヌのために急務である。けれども今、それを公にすることはアイヌ自身にとって良くない結果を引きおこすだろうから秘密裡に行なうのだろう」と言ったそうである。「女の子」は、「それならばなおのこと精密な個人調査を行ない、かりに誰かにそういう結果がでたなら、本人にきちんと告知するべきではないのか」と問うている。(同、p. 85。)*1

 2つ目の題材に進もう。

北海道日高地方の平取町に居住していたアイヌ系の人々から尾本名誉教授らが1980年代に提供を受けた血液から抽出したDNAサンプルについて、これまでミトコンドリアDNA、Y染色体、HLAの研究が行われてきたが、それらの内、36個体分が用いられた。

サンプル収集時期が30年近く前なので、2012年に入って平取町を3回訪問し、町役場のアイヌ施策推進課の協力を得てアイヌ協会平取支部の方々に面会し、これまでの研究成果と今回の成果についての説明も実施。琉球人のDNAについては、琉球大学医学部の要匡 准教授らが数年前に提供を受けた35個体分が用いられた(画像1)。

 これは、こちらの記事で引用しておいたものである。多くを語る必要はないだろうが、なぜ2012年というタイミングだったのだろうかという思いがある。

 そのタイミングとも関係しそうであるが、3つ目の題材として、次の2本の記事を参照して戴きたい。「先住民族の血液標本の無断二次利用、すなわち無断流用」および「先住民族への血液試料返還――カナダの事例」である。「女の子」も当時、採取の際の「詐欺的な」方法と研究者が自分たちの間で勝手に血液標本を二次利用していることに憤慨している。(標題の「二重の裏切り」とは、言うまでもなく、このことを指している。)

 最後に、血液採取の問題と遺骨の研究がつながっていると考えさせるのが、こちらである。

 問題の提言というのは、日本学術会議 人類学・民族学研究連絡委員会「人類学・民族学研究連絡委員会報告 古人骨研究体制の整備について」(平成9年6月20日)pp. 325-335(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/14/16-46.pdf)である。この報告は、「人類学・民族学研究連絡委員会に設置された、古人骨研究体制検討小委員会の審議内容を基に作成され」(p. 335)、第16期日本学術会議人類学・民族学研究連絡委員会の審議結果を取りまとめて発表」(p. 325)されたものである。小委員会の委員長は馬場悠男が、連絡委員会の委員長は尾本惠市が、それぞれ務めている。


「アイヌ民族の遺骨は『古人骨』か」より。

 ところで、前の記事の冒頭で、アイヌ研究のあり方を日本学術会議に持っていくという提案に「面白い」と書いたが、一言注記しておかなければならない。あの発言を誰がどのような意図で行ったのかは、「議事概要」では非常に分かり難い。「有識者」たちが「日本型先住民族政策」を「学問的」に正当化する論文を掲載した『学術の動向』*2日本学術会議が編集・発行している雑誌であるが、「議事概要」での提案は、読み方によっては、アイヌ研究のあり方を「学者」たちだけで決めたい(あるいは決めてもらいたい)というエリート主義的な臭いも漂ってくるのである。

 もう少し書きたかったが疲れたので、この稿はここまでにして、また後日に戻ることにする。


P.S.:アクセスの傾向を簡単に分析してみた。
 日によって1-2%ずつ異なるが、Googleからのアクセスが約50%、Yahoo検索から約25%、Bingから約7%、他は、他のブログやまだ良く知られていない検索サイトから数パーセントずつ。それぞれのアクセス元サイトからのアクセス先が異なっていて面白い。特に、GoogleとYahooの利用者のアクセス先の違いが際立っていて、それぞれの知的関心が垣間見えて興味深い。
 ブログトップへ最初にアクセスするように先日お願いしたけれど、聞いてくれたのはGoogle利用者と某ブログのリンク元だけの感じである。

P.S. #2(06.27, 23:59):一言、強調して付記しておきたい。アイヌの墓の盗掘は戦後にも行われているし、血液採取の問題にしても、決して戦前の「帝国主義時代の学問」だけの問題ではなく、現代につながり、現代に起こっている問題なのである。

 「北海道開拓時には発掘は違法ではなかった」って?「北海道開拓時」って、いつを指しているんだ? 差間氏は、浦幌町議会での質問の中で、こう述べている。

 1880年、明治17年、東京帝国大学理学部の学生を中心に人類学会が設立され、当時参加していた解剖学を研究していた研究者とともに朝鮮人アイヌの頭骨、骨格を収集、研究者の研究論文によれば164体のアイヌ頭骨を資料としている。この研究は、その後北海道帝国大学医学部解剖学第2講座の研究者に引き継がれ、戦後北海道大学の医学部解剖学教室に引き継がれ、この間1,000体を超えるアイヌの人骨が発掘されております。これらの行為は、当然当時の旧刑法、明治13年布告、265条によっても刑事罰の対象であり、その後1934年、昭和9年、道庁令第83号はアイヌの墓地を暴き、遺骨を持ち去ることについて、古墳及び墳墓以外の場所であれば認められるという条件をつけてはおりますが、やはり北大に保管されているアイヌ人骨は明らかにアイヌ墓地から発掘されたものであり、当然刑事罰の対象になるものであります。


「札幌医科大学イチャルパ」

 旧刑法(明治13年太政官布告第36号)は、こちらに入れてある。

 何のことかって? 26日の朝日新聞の書評欄をご覧あれ。

P.S. #3(06.28):Against the Windの初投稿から6年が過ぎた。そこは、550本目の投稿で止まっている。アイヌ政策関連の投稿を転載して重複があるから数えるのは止めていたが、個人的な日常や愚痴も含めて書いている元祖のAINU POLICY WATCHのダッシュボードには丁度1,000本という投稿の数字が記されている。元々はAINU POLICY WATCH IIとしてスタートしたここは、650になっている。正直なところ、自分でも書いたことをすべて覚えているわけではない。昨晩遅くここを訪問した方は、「カナダの人体組織研究のガイドライン」という途中までの投稿を目にしたと思う。上述の通り、ちょうど区切りの良い数字になっているので、それは引っ込めた。

 北海道在住の方が、27日(月)の北海道新聞に掲載されている阿部氏と横田氏のインタビュー記事を送って下さった。通常なら、10点くらいの突っ込みを書くところだが、上のようなわけで今はやめておく。

P.S. #4(06.29):朝日の書評欄に訂正を求めるという提案は、ご自分で試みて下さい。北海道新聞のインタビュー記事に関しても同じです。

*1:因みに、この「女の子」は、「研究者」の小見出しの下で形質人類学者によるアイヌ墳墓からの遺骨・副葬品の盗掘について語り、「フィールドワーク」では文化人類学者を、そして「アイヌ語研究」や「マスコミ」ではそれぞれの関係者を厳しく批判している。(こちらで紹介したV. デロリアの話を思い出させてくれるが、むしろデロリアよりも「女の子」の話を引用しておく方が良かったかもしれない――実は、コピーが埋もれていて見つけられなかったのである。)こうした叙述によって、彼女の「ファン」になった人は多かったことであろうが、本当に今は、どこへ行ってしまったのやら。すっかり「大人」になられたみたいだ。周りの「捕食者」の中で、今の姿は擬態なのだろうか。

*2:『学術の動向』論文については、例えば、ここここを参照されたい。