AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アベ氏の「傲慢症候群」(w/ 5 postscripts)

P.S. #2(2016.07.15):しばらくトップに置いておくには1つ下の写真の方が良いと思って下書きに戻したのですが、公開しておいて欲しいとの要請がありましたので、また出しておきます。
 今日から返還されたアイヌ遺骨の再埋葬の儀式が執り行われています。<P.S. #2はココまで。>

安倍首相の「傲慢症候群」3つの要因 それを支えるメディアの罪とは?

P.S.(23:58):この投稿はここの定期的訪問者が目を通しただろうと思える頃に削除のつもりだったが、「かえる日記」からリンクされているのでそのままにしておき、言及されたコメントに関連することを追記として入れておく。

 先日こちら(P.S.有り)で取り上げたコエーリョの本をもう少し読み進むと、ヴィレット(精神病院)に入院中の女性弁護士(マリー)が、「全ての人にとって耐えられないくらい難しくなっていた、ヴィレットの塀の外の生活」や司法と法律について考える箇所がある。(入力の手間を省いて必要最小限の要点のみの引用にとどめる。)

 マリーから見れば、その難しさは混沌でも無秩序でも無政府主義からでもなく、過剰な秩序からきていた。社会にはますますルールが増え、そのルールに矛盾する法律と、さらに、その法律に矛盾するルールができていった。人は、そんな生活の規範となる見えない規則の外に一歩でも出るのを怖がった。(p. 128)

 全ての人間が、弁明する権利もなく処罰されてしまったために、人類は、再び神がその有無を言わせぬ権力を使う時のことを想定して、防衛策を作ることにした。でも、何千年もの研究の結果、あまりに多くの裁判力の行使を招いてしまうことになってしまった。わたしたちは行き過ぎてしまい、司法は、条項や法理学や、誰にも理解できない矛盾するテキストの、ただの連なりになり下がってしまった。
 それはこんなことにまでなってしまった。神の気が変わって、彼の息子を世界に送り込んだとき、どうなっただろう? 神は自ら作り上げた司法の手に落ちてしまった。(pp. 131-132)

 司法と法律、両方とも、無罪の者たちを守るために必要なものだが、誰もが気に入るようには機能しなかった。(略)
「もし(略)ここから出ていったとしても、法律の世界へは戻らないだろう。他の人たちの生活を困難にすることだけが人生の唯一の機能のくせに、自分が普通で、重要だと思ってる頭のおかしな連中とは一緒に過ごしたくない。(略)法律の無益な狂気にはもう十分貢献したはずだから」(p. 133)

 2つ目の枠内だけのつもりだったが、読書ノートも兼ねて、予定より多くなってしまった。

P.S. #3(07.15, 23:40):今日は何の日? 1つは冒頭に書いた。日本共産党創立記念日だと、わざわざ教えてくれた人もいた。apoliticalの私が興味を持ったのは、夕方のラジオ番組で紹介されていたが、Linda Ronstadt(リンダ ロンシュタット)さんが70歳の誕生日を迎えたということ。彼女の曲は、2012-04-06 「水系汚染によるサケへのダメージを阻止せよ/放牧牛の放射能汚染の可能性」に貼り込んだことがある。

 この曲は、彼女が、2004年にラスヴェガスのホテルでの公演の終盤で、マイケル ムーア監督のイラク戦争批判の『華氏9/11』を賞賛して、彼に捧げて歌ったものである。彼女はホテルから追い出され、そのニュースが全米で賛否両論を巻き起こしたのである。

 ここの標題にもちょうど合うかもしれない。
Linda Ronstadt, "Desperado (Simple Dreams Tour - Atlanta 1977)," posted by John1948EightB.

Country Linda Ronstadt Desperado Simple Dreams Tour Atlanta 1977

 私的に懐かしいのは、こちらである。(この曲も前に使ったことがあると思うから、別の映像をお借りする。)
"Linda Ronstadt - Live In Hollywood - Just One Look" posted by TheMusicFan34 at https://youtu.be/Wu2QOvtbsp4

 彼女は、2013年8月にパーキンソン病と闘っていることを告白している。症状から言って、その時には既に7、8年経っていただろうとのことだった。

P.S. #4(07.16, 0:45):何の因果か、それを予期して読み始めたのではないが、上で取り上げたコエーリョの本には最後に、医療倫理とも医学研究倫理とも言える問題が出てくる。これから読んでみようと思う人のためにあまり詳細は書かないでおきたいが、「訳者あとがき」でもこのことにはまったく触れられていない。

 直接該当する箇所に入る前に、この陳述は、私にある状況を思い起こさせる――一部の読者にしか分からないことであろうけれど。

(略)ある者は去り、ある者は死に、そして大半の患者の病状が確実に悪化していたから、職員は患者とあまり強い絆を作らないように訓練されていた。彼らの悲しみも少しは残ったが、次第に薄れていった。
 でも患者の大多数は、その報せ[ベロニカが死んだという誤報――D. X.の追加]にショックを受けて、悲しむふりをしていたが、本当はほっとしていた。またもや殺人天使がヴィレットの上を飛び去ったというのに、彼らはまた助かったのだから。(p. 238)

 イゴール博士の野心(利害関心)については、最初に言及しておいた。

(略)自殺未遂の人間が、またいつか同じことを繰り返すことも。どうせなら、彼女の体内からヴィトリオル、または憂鬱をなくすことができるかどうか、モルモットとして使ってみてはどうだろうか?
 その結果、イゴール博士は計画を思いついた。
 フェノタルという薬を使って、彼は心臓発作の効果をシミュレートすることができた。彼女は一週間、その薬を注射された。死について考え、自分の人生を振り返る時間があっただろうから、彼女はとても怖かっただろう。そのようにして、イゴール博士の論文によれば(その論文の最終章は、"死を意識することで、より密度の濃い人生を送るよう力づけられることがある"となる予定だった)、彼女は体内から完全にヴィトリオルを排除してしまったので、二度と自殺を繰り返すことはないはずだった。(p. 252)

 イゴール博士が実験の成功をベロニカに事後説明する予定だった日の前日、彼女は多重人格者のエドアードと病院を脱け出していた。
 イゴール博士は、「一つの疑念に襲われ」る。先々で心臓病で死ぬということが嘘だと気づいたベロニカは、自分(イゴール博士)が、

完全に無能だと判断するだろうが、それでも、禁じられた事象をリサーチする者には、ある程度の勇気と、ある程度の無理解がなければならないのだ。
 でも、いつかやってくる死への恐怖と共に、彼女が生きていかなければならない日々についてはどうだろう?
 イゴール博士は長いこと、一生懸命思いを巡らせてから、それはべつにどうでもいいことだという結論に達した。彼女は毎日を奇跡だと思うだろう。わたしたちはかない存在の毎秒毎秒に起こり得る、たくさんの予期せぬことを考えれば、実際にそうだろう。(pp. 253-254)

 敢えて、何も書くまい。だが、私にはいま展開中のこととどうしても重なってしまうのである。

P.S. #5(23:15):歌を捧げた(P.S. #3)という話で、アイヌ政策推進会議の第8回会合での出来事を思い出した。イランカラプテ キャンペーンのイメージソングができて、菅官房長官――ある読者は「悪代官」と書いてくる――に贈呈されたようである。

※会議終了後、「イランカラプテ」キャンペーンイメージソング「イランカラプテ~君に逢えてよかった~」の贈呈が行われた。
贈呈者 新井 満 氏 (作詞・作曲・歌唱)秋辺 日出男 氏(作詞)
受贈者 菅官房長官
立会者 伊東農林水産副大臣、加藤委員、高橋委員、大西委員

「アイヌ政策推進会議(第8回)議事概要」、6ページ。

 「議事概要」を最後まで読んだ読者からは、「力が抜けた」とか、「苦笑」とか、「シラケた」とかのネガティヴな反応ばかりが届いていた。誰も、聴いてみたいという人はいなかった。(尤も、そういう人は、このブログを読んでいないのだろうとは思う。)
 誰が歌っているのか知らないし、耳にしたこともないが――と書くと、またどこかから探してきそうな読者がいるが、前もってお断りしておきます――もしかしたら、官房長官の肝煎りで今年の下半期に大ヒットして紅白歌合戦出場も夢ではないかもしれない。⇒第24回政策推進作業部会:「アイドルを探せ」