読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

世界の先住民族の国際日(International Day of the World's Indigenous Peoples)

 去年は北海道アイヌ協会が何日に何の「事業」をしたのか、まったく関心がなかったから記憶に欠片も残っていない。だが、一昨年もそうであったように、ずっと気になっていることがある。

①大体、「〇〇の日」というのは、主催者側や参加者の都合で変えられるものではないはずだと思う。周知のように、「世界の先住民族の国際日」(以下、「先住民族の日」)は、1994年12月23日の国連総会決議49/214(この当時はまだ"Indigenous People"と表記されていた)によって、1995年から毎年8月9日とされた。その理由は、その日が1982年に初めて開催された「先住民に関する国連作業部会(UNWGIP)」の初日だったからである。しかし、この日を定めるにあたっていくつかの案があった中で、北海道ウタリ協会はUNWGIPで、その日が長崎の原爆投下の日でもあり、核と先住民族の問題を考える上でも大事な日であるからというような主旨で、8月9日を支持することを表明した。そして、ダイス議長もそれに呼応するように、8月9日の決定に際して、長崎の原爆の日に言及した。
 そのような日であるにもかかわらず、その後、9日の意味は忘れ去られてしまっているかのように、パネリストを務めるお偉い先生方の都合なのか、他の何かの都合でなのか知らないが、「事業」だけが別の日に行なわれている。

②もちろん「先住民族の日」は、世界の異なる国や地域の実情と優先事項に合わせて、それぞれの先住民族が何を行うのかを決めてよいのであるが、国連の今年のテーマは「教育に対する権利」である。これは北海道アイヌ協会も高い優先事項に挙げている課題であるように思われるのだが、なぜ今年もまたずれたテーマを設定したのやら。

③「先住民族の(of)日」は、「先住民族のための(for)日」ではない。それは、「先住民(族)の国際年」と「国際10年」を制定する際に世界の先住民族によって拒否された。だから、学者たちが「アイヌ民族のために」講釈を垂れる日でもない。アイヌ民族が主体として、自主的に祝い、外の社会に課題の提起を行う日である。この国では北海道アイヌ協会だけが「国際先住民の日」として「事業」を行っているようであるが、なぜ同協会以外のアイヌ民族の人々はこの日を祝わないのだろうか。(もし日本の他の地域で何か行われているとしたら、私の知識不足を前もって謝っておきます。ごめんなさい。)

このサイトは、未だに"population"(しかも単数形!)とか"Indigenous People"と表記している。4文字語で非難したくなる。


P.S.:先週この記事にアクセスが記録されていたから、久しぶりに先住民族ジャーナルを訪ねてみた。いつ変更したのかは分からないが、指摘を受け入れてくれたのか、英語のタイトルが消えている。理由は分かったのだろうか。現代若者気質なのか――と言っても、「市民プラネット」という集まりにどんな人が入っているのかは知らないが――取って食うわけでもないのに、静かに反応だけしている。
 ずっと更新していないようだったが、今日、フェイスブックの投稿を連発しているようだった(このブログの記事へのリンクも含めて)。そうか、夏休みに入ったからか。それにしても、どこかのブログと似たりよったりだ。もう少し特色を出したらどうなのかな。