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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

A Double-edged Sword:遺伝人類学と先住民族の権利(2)――ケネウィック マン(w/ P.S.)

☆オーイトパーマナテタイト(古代人)

 久しくと言おうか、ここではあまり「ケネウィック マン」(古代人)の話は書いてこなかった。論文も含めて多くの記事が出ており、インターネット検索でも挙がってくる上、あまり良い結果が出ていなかったということもある。(1)の講演ビデオの中で言及されているとおり、去年、新たな展開が見られたので、「古代人」の「今」を簡単に記しておくことにする。

 まず、私のブログでの「古代人」に関する過去の言及から振り返ってみる。下に引用するのは、このブログの前身のAINU POLICY WATCHから転載した「慰霊と研究の両立という世論作り?―アイヌの遺骨をめぐって」という投稿に入っていたコメントと私の返答である。コメントは記事と一緒に転載できないみたいで、コメントの投稿者には申し訳ないと思っていた。最近は、訪問は分からないが、コメントは入らなくなっているので、一応イニシャルだけの表示とさせて戴く。

HML 北米コロンビアで出土したケネウィックマンは、訴訟になったけれど地元のトライブには引き渡されず、研究者の手元に残ったのですね。そういうケースもあるとは思うけれど、何を研究するのか、その研究が何に資するのかも明らかにされず、研究者が既得物件として抱え込むのは許されないことだと思います。


DX HML様 ワシントン州のコロンビア川のほとりで偶然に発見されました。ケネウィック マンの現在の法的後見者は陸軍工兵隊(Army Corps of Engineers)で、トライブと科学者双方が合意できる中立な場所ということで、ワシントン大学のバーク博物館の納骨所/保管室で厳重に管理されています。研究者といっても誰でもがアクセスできるわけではありません。一応、北米大陸への人類の移動と定住の歴史を明らかにするという研究目的があるようです。「研究者が既得物件として抱え込むのは許されない」というのは、その通りだと思います。
 ご参考までに、こちらをどうぞ⇒http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20121012/1350048772

 次の引用は、すぐ上のURLの先にある投稿である。

2012-10-12 ケネウィック マンの最新情報


 1996年に発見され、その後、数々の訴訟を招いたケネウィック マンに関する新情報が10日(水)、「彼」を10年近く研究してきたスミソニアン博物館のダグラス アウズリー(Douglas Owsley)によって発表された。アウズリーは、ケネウィック マンの科学への貢献の可能性と具体的な地域のトライブとのつながりを否定してNAGPRAの下での返還に反対する訴訟を起こした8人の人類学者の一人である。


Kennewick Man, Owsley announced to the crowd, was a long-range wandering hunter, likely from the Pacific Coast 200-plus miles away. "He's a really hardy soul. He's a really tough guy," he said. The middle-aged wanderer, scientists believe, was 5-foot 7 or 8 inches, theoretically 161 pounds, with a major league baseball-caliber right throwing arm and a Polynesian-like face with good-enough teeth for a "fabulous smile."


 ワナパム(川の民)トライブの長老、レックス バック Jr.氏は、9日(関係トライブの指導者たちには事前に報告された)と10日に公開されたケネウィック マンの写真に好感を示さなかった。写真は、死者の神聖さを信じ、実際の骨を展示することを禁忌とするトライブの人々が見るには辛いものであった。それでも、トライブの指導者たちは、ケネウィック マンの最終的な再埋葬のための話し合いの開始となるという希望をもって科学者たちと会った。


 1996年に地元の5つのインディアン ネーション/トライブが、ケネウィック マンはNAGPRAの適用対象であると主張して人類学者と裁判所で戦うチームを組んだ。ワナパム トライブは、連邦政府と条約を結んだことがなく、連邦政府に承認されているトライブではないが、インディアンの主張を支持した。(但し、コメントにも指摘が入っているが、条約の存否が連邦政府による承認の条件というわけではない。地元、Pacific Northwestの記者だろうに・・・。)


 続きは、こちら⇒http://crosscut.com/2012/10/11/culture-ethnicity/110937/kennewick-man-return-dead/
 こちらにも(映像付き。終了後にもう1本のレポートが表示される。)⇒http://www.kndo.com/story/19790231/new-discoveries-about-kennewick-man-origins

 後で出てくるので、アウズリーの名前と"a Polynesian-like face"(ポリネシア人のような顔)としているところ、そして「最終的な再埋葬」の願いを覚えておいて戴きたい。

 そして、オリジナルのAINU POLICY WATCHからここには転載していない次の2013年5月3日の記事が、「古代人」そのものに関するものではないが、私のブログで「古代人」が登場している最後の記事だった。

ケネウィック マンからカンニバリズムへ


 スミソニアン博物館のウェブサイトが5月1日付の記事で、現在のヴァージニア州における最初のヨーロッパ人入植地とされているジェームズタウンの入植者たちが、飢えのためにカンニバリズム(人肉食)を行なっていた(14歳の少女が犠牲に)という衝撃的な記事を掲載し、1日のニューヨーク タイムズ紙と2日のワシントン ポスト紙がそれを取り上げている。現在、WaPo紙のオンライン版では、このニュースが最も読まれている話題と表示されている。

 この研究の分析を行なったのが、ケネウィック マンは北米インディアンの祖先ではないという研究結果を発表した、スミソニアン協会のあの自然人類学者、ダグラス アウズリー氏である。

 ジェームズタウンの「開基」は1607年で、その地の先住民族が入植者たちに食糧その他の必需品を援助したことはよく知られている。しかし、1609年の厳しい冬が多くの入植者の死をもたらし、その少女も死者の一人であったとのこと。アウズリー氏は、少女が意図的に殺害された証拠はないとしている。

http://www.smithsonianmag.com/history-archaeology/Starving-Settlers-in-Jamestown-Colony-Resorted-to-Eating-A-Child-205472161.html

http://www.nytimes.com/2013/05/02/science/evidence-of-cannibalism-found-at-jamestown-site.html?ref=us&_r=0

http://www.washingtonpost.com/national/health-science/skeleton-of-teenage-girl-confirms-cannibalism-at-jamestown-colony/2013/05/01/5af5b474-b1dc-11e2-9a98-4be1688d7d84_story.html


 WaPo紙の2つ目のConrad Cook氏の「『ジェーン』が国立自然史博物館カンニバリズムの犠牲者」と皮肉っているコメントがおもしろい。

 ここまでが、新たに書く労を省いての、おさらいである。ここから少し情報を補足しながら、「今」について書くことにする。

 「オーイトパーマナテタイト(Oytpamanatity)」――オレゴン州東部のユーマティラの連合トライブ(Confederated Tribes of Umatilla)の人々による「古代人(The Ancient One)」の呼び名である。*1

 上述のように、オーイトパーマナテタイトの遺骨は、1996年にワシントン州ケネウィックのコロンビア川の川岸が浸食されているところから発見されたため、「ケネウィック マン(Kennewick Man)」と呼ばれている(以下、「古代人」とする)。放射性炭素年代測定法によって、遺骨は9,000年以上前のものとされた。遺骨の最初の評価から一人の人類学者が「古代人」の頭蓋は「白人のよう」だと主張したことで、「古代人」が誰であり(アイデンティティ)、誰の祖先かという白熱した論争に火が付いた。地元の5つの先住アメリカ人トライブは、「古代人」は自分たちの祖先であり、自分たちが世話できるように返還されるべきだと主張した。研究者の一団がこうした主張に反対し、科学的目的の名の下に、遺骨に対するアクセスとコントロールを得ようとした。
 「古代人」を地元のトライブ、研究者、そして連邦政府の誰が管理するべきかという論争は、研究者たちによって法廷へと持ち込まれ、2002年に連邦裁判所が、「古代人」の遺骨は先住アメリカ人のものであると断定できないためNAGPRA(先住アメリカ人の墳墓保護および返還の法律)の適用対象とはならないと決定した。皮肉にも、この判決は、「合衆国に現存するトライブ、民族/人民、または文化の、もしくは、それらに関係する」というNAGPRAの先住アメリカ人の定義に裁判所が厳密に従った結果であったと解されている*2
 上述のように、「古代人」は、陸軍工兵隊(Army Corps of Engineers)の後見の下におかれ、ワシントン大学のバーク博物館で厳重に管理されたが、少数の科学者たちが研究の継続を許可されて、「古代人」の遺伝子の塩基配列を決定する試みを継続した。2015年にそれが成功裡に完了した。Eske Willerslev博士によってDNA解析が行われ、2015年に公表されたその結果は、多くの人々が期待したとおり、「古代人」が「世界の他のどの人口集団よりも現代の先住アメリカ人に近い」というものであった。
 利用可能なゲノム全域にわたるデータに基づく解析結果は、「古代人」の返還を求めているトライブの一つであるコルヴィル保留地の連合トライブ(Confederated Tribes of the Colville Reservation)が「古代人」に近い関係にあると結論した。この新たに追加された遺伝学的証拠によって、「古代人」の帰属の審理過程が再開される見通しである。
 昨秋のシンポジウムでは、ユーマティラのアーマンド ミントーン氏が「古代人」を取り戻す意志を強調した。5つのトライブ*3は議会への働きかけを行っており、パット ミューレイ上院議員が上院に法案を提出している。関係トライブは、返還後に「古代人」を再埋葬しようとしている。トライブの古老たちは、「この祖先の世話をしなさい」と、これまでも言ってきたし、そして今も言っているのだと。
 2016年4月27日に、陸軍工兵隊は、DNA鑑定とその追検証に基づいて、「古代人」が先住アメリカ人であって、NAGPRAの手続きが適用されると公式に発表し、20年前の発見以来先住アメリカ人たちが主張してきたことを確認した*4。今後、NAGPRAの適用によって「古代人」の文化的帰属を決定する過程を経ることになる。

Slightly revised @14:30.

P.S.(23:10):
①「古代人」は近代~現代に盗掘された遺骨ではない。
②バーク博物館で陸軍工兵隊の管理の下、少数の研究者が研究している現在の状況は、政府の管理の下で少数の「人骨」研究者が遺骨の研究を続ける将来の「慰霊と研究」の施設に良く似ているように見える。
③関係先住民族は、その状態を甘受することなく、再埋葬を求めて闘い続けている。

<続く>

*1:アルファベット表記では最後に「ト」は入っていないが、ユーマティラのアーマンド ミントーン氏の講演では「ト」が入っている。

*2:出典省略。

*3:他の3つは、Nez Perce, Yakama, Wanapumである。

*4:US Army Corps of Engineers, “Corps determines Kennewick Man is Native American”(April 27, 2016).「古代人」が発見された場所の写真もある。