AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

バラク オバマ大統領は、なぜ「黒人」なのか?(P.S. 7つ)

 今夜は、今年5月のPFIIの録画を見ていた。それを貼り込もうかとも思ったのだが、それについては、また後日に書こうと思う。遅くなったので、以下は明日の投稿でも良かったのだが、質問だけ書いておくことにした。

 アメリカでもそうだろうが、この日本でオバマ大統領が「黒人」(あるいは、アフリカ系アメリカ人)であることについて疑問視する人はあまりいないのではないだろうか。考えてみたことがありますか。

Barack Obama Biography

 この次、もう少し書きます。

P.S. #2(08.22, 23:40):
 標題の件であるが、ブックマークにコメントが1つ入っただけで反応がなかったので、かえるさんには考え続けて戴くとして――その疑問に答えようと試みれば、暫くの間そのテーマ1本でブログを書き続けねばならなくなるだろう――この課題は飛ばすことにしようか。(かえるさんにはご自身の投稿に合わせて、そして他の読者にも、次の投稿を待って戴く間、先住民族オリンピックを紹介しておこう。)・・・・
 ・・・・質問を2つに分けて書いたのは少し不適切だったかもしれない。要は、オバマ大統領の父はアフリカ人、母はアメリカ人であり、まあ外見的には前者が「黒人」、後者が「白人」である。(因みに、丸山和也参議院議員が述べた「奴隷の末裔」ではない。)オバマ大統領は、言わば「ハーフ」(今では「ダブル」とも言うようであるが)という「混血」である。ではなぜ、「白人」ではなく、「黒人」とみなされるのだろうかというのが、質問の趣旨であった。(⇒P.S. #5:修正した。)

P.S. #1(08.22, 13:30):
 「この次、もう少し書きます」と書いたけれど、その前に、一昨夜PFIIの録画を見ていた理由から書くことにする。
 先週、読者のお一人から、北海道アイヌ協会(AAH)のフェイスブック(FB)に8月10日に入っているコメントが――名前も公開されているが、敢えて出さないでおく――面白いという知らせが届いた。AAHのFBは、ホームページがリニューアルされた後に一度訪問して最初の投稿を見て以来、見たことがなかった。
 そこで、上のコメントを探すべく、サイトの一番下の「公式Facebookページ」をクリックして入った。そのコメントを読んだ後、右端の「これもおすすめ」からShimin Gaikou Centre(SGC)のFBを訪問して、この写真に辿り着いた。そこには、次のように書かれている。

市民外交センターの猪子晶代が第15会期国連先住民族問題常設フォーラムにおいて、アイヌ関連の法律・政策の制定過程におけるアイヌ民族の完全で効果的な参加を求め、琉球/沖縄民族が先住民族であるかどうかについて、歴史的な検証を行う独立専門委員会の設置を求める声明を読みました。
Akiyo Inoko Hewett intervened at the 15th session of UN Permanent Forum on Indigenous Issues. In the intervention, she requested the government of Japan to ensure full and effective participation of the Ainu people during decision making process of measures and legislation regarding the Ainu, and also called for establishment of an independent expert committee to verify how the Ryukyu Kingdom became a part of Japan and whether the Ryukyuan/Okinawan peoples are indigenous peoples.

 第15会期というのは、常設フォーラム(PFII)の今年の会期である。また、木村氏が19日に声明を発表するという投稿もある。そこで私は、上の概要を詳しく確認したくて、現地時間の5月18日から20日までの第14会合から第17会合のUN Web TVの録画を何回かに分けて見たというわけである。全編を通して目を凝らして見たわけではなく、3分くらいずつ飛ばしながら見た箇所もあるためかもしれないが、4つの会合の中では見つけることができなかった。また、SGCは国連の諮問資格NGOであるから、その声明は国連文書として残るはずだが、それもまだ見つけることができていない。(既にどこかに公開されているのかもしれないし、少なくとも、日本語版も含めて当事者には配布されているのだろうと思う。)

 ちなみに、第15会期PFIIの報告書には、私のパソコンの検索機能がおかしいのかと思ったが、Japanは"J"を入力したところで0と出た。SGCも出てこない。"Ainu"を検索するのは忘れてしまった!

 今年のPFIIでは先住民族言語の保存や再活性化に関する声明も多く出されていたが、アイヌ政策関連の会議では「有識者懇談会」でアイヌ語の研究者が一度報告したきり、何年にもわたってほとんど何も議論されていないにもかかわらず、あるいはそれだからかもしれないが、アイヌ語に関する報告はなかったみたいであり、残念である――もっとも、私がまだ見ていないところであったのかもしれないが。

 上の声明要旨に戻ろう。英文も添えられているということは、海外の読者にも向けられているのであろう。要点は2つである。1つは、英文も合わせると、アイヌ民族に関する施策や立法の決定過程において「アイヌ民族の完全で効果的な参加を確実にする」ように日本政府に要請したというもの。もう1つは、「琉球/沖縄民族が先住民族であるかどうかについて、歴史的な検証を行う独立専門委員会の設置を求める」というものであるが、英文の方を読むと、「どのようにして琉球王国が日本の一部となったのか、そして琉球/沖縄諸民族*1(peoples)が先住諸民族であるのかどうかを検証する独立専門委員会の設置を求めた」というものである。

 後の琉球/沖縄の件から先に取り上げると、まず、この要旨だけでは、「独立専門委員会」の設置をどこ/誰に求めているのか分からない。その前の続きから考えると、日本政府に求めたのであろうか。アイヌ政策の有識者懇談会と同じく、誰が誰をどうやって選ぶかが争点になる。

 それと同様、あるいはそれ以上に、私には"whether the Ryukyuan/Okinawan peoples are indigenous peoples"の太字にした部分が気になって仕方ない。政治的に深い意味合いをもつ、非常に興味深い一節である。琉球・沖縄の自決権運動を代弁しているのであれば、何も言うまい。SGCの現在の認識が理解できたと同時に、活動方針がずい分変わったんだなーという印象を受けたとだけ書いておこう。

 この声明要旨を読む直前、私は、DNA鑑定と先住民族アイデンティティの問題、遺骨の返還にDNA鑑定を用いる件に関して、実際に遺骨返還に携わってきた担当者の見解や、DNAによって科学者や外部の他者の機関に自分たちのアイデンティティを決めさせるのか、自分たちが誰なのかは自分たちで決めるという、ある先住民族のリーダーの見解などをシリーズの(3)にまとめているところだっただけに、余計に上のことが気になったのである。

 「アイヌ民族の完全で効果的な参加」はぜひ求めたいが、これについては少し長くなるかもしれないので、一旦ここで切ることにする。

 <ここまで昨晩下書きしていたので、投稿しておくことにした。>

P.S. #3(08.23, 1:30):上の続きである。長くしないことにした。

 「アイヌ民族の完全で効果的な参加」について、とりわけ、これまでの政府のアイヌ政策「推進」関連会議の過程でAAHが代表し得ていない各地域に根差したアイヌの組織の代表者、それに、今は独立した存在でもある50余の各地の組織(AAHの旧支部)の代表者などの参加も確保すると良い。これまでの過程で明らかになっているように、AAHの2、3人の「幹部」だけがいくつも会議に関わって決めていくことも見直す方が良かろう。例えば、「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル」の「中間まとめ」にしても、いくら最終文書の中身が良くなったところで、「ラウンドテーブル」が招集された経緯やその参加者を見れば、その文書の正当性/レジティマシーが、特にアイヌ民族の間で、確保されるのは難しかろう。
 「おすすめ」のNGOの提案なのだから、きっとAAHも参加権を独占することなく、参加者の拡大を主張することであろう。

 「参加」という名の下の取り込み、インクルージョンの政治力学にも注意する必要がある。「取り込み」については既に書いたことがあるので、「『参加』の中身」「社会科学の概念(co-optation)」を参照して戴きたい。*2

今年のPFIIは、冒頭で議長が1,000人を超える参加者と言っていたが、幸か不幸か、私が見た会合の議場はどれも数十人程度の出席者で、空席が目立っていた。SGCの声明を聴いた先住民族の代表者たちは、それをどう受け止めたのだろうか。

P.S. #4(08.23, 13:50):

 6日の北海道アイヌ協会の「事業」あたりを境に、人類学・考古学や遺骨返還関係の記事へのアクセスが一気に減った。削除したにもかかわらず、「従兄弟/従姉妹の日」へのアクセスが、相変わらず上位にある。以下はまた、昨夜下書きしたものである。

 上の動画とその掲載サイトに説明されているとおり、オバマ大統領の母(Ann Dunham)はカンザス州で「白人」の両親の間に生まれ、父(Barack Obama Sr.)はケニアでルオ民族の一員として生まれた。バラク オバマ シニアは奨学金を得てハワイ大学マノア校で勉学中にアン ダンハムと出会い、2人は結婚した。
 しかし、シニアはハーヴァード大学で博士号を取得するためにマサチューセッツ州へ行き、数カ月後に両親は別居し、最終的に離婚した。ジュニアが、まだ2歳の時であった。やがて間もなく、シニアは、ケニアへ帰った。
 離婚の翌年、ダンハムは、ハワイ大学インドネシア留学生(Lolo Soetoro)と結婚し、1年後に家族でジャカルタに引っ越した。
 インドネシアでの出来事でジュニアの安全と教育を案ずるようになったダンハムは、ジュニアが10歳の時に、ハワイの自分の(つまりジュニアの母親の)祖父母の下へと彼を送り帰した。後に、ダンハムとジュニアの異父妹もハワイに戻った。
 オバマ ジュニアは、父母の離婚後、父親が1971年にハワイを短期間訪れた時に一度会ったきり、父親とは会ったことがなかった。
 ホノルルの有名なプナホウ アカデミー(Punahou Academy)に在学中、ジュニアはバスケットボールでも学業でも優秀な成績を修めていたが、わずか3人の「黒人」*3学生の一人として、人種主義/レイシズムとアフリカ系アメリカ人であることの意味を意識するようになった。後に彼は、自分の「人種」的背景に対する社会の認識と自分に何か悪いところがあるのかという自己の意識との矛盾を解くために、いかに苦闘したかを著している。

 さて、オバマ大統領の生い立ちと若い頃の背景は、このくらいで良いだろう。詳しく知りたい方には彼の自伝でも参照して戴くことにして、ここの課題へと進まねばならない。

 上にも書いたように、「血」を問題とするのであれば、「白」と「黒」の「血」が半々であるオバマ大統領が自分を「白人」のカテゴリーに入れられないのはなぜだろう。もしそうしたら、どうなるのだろうか。彼の皮膚の色がもう少し白くて、その他の身体的特徴がより「白人的」であったら、どうだろう。あるいは、彼の体に流れる「黒人の血」の割合が1/4、1/8・・・と少なかったら、彼は自己を「白人」と称することができるだろうか*4、そして、アメリカ社会はそれを受け入れるだろうか。

 この問題を考える際に避けて通れないのは、アメリカ社会の認識を歴史的に支配してきた「1滴ルール(one-drop rule)」、すなわち、「黒人の血」を1滴でも受け継いでいる人は「黒人」とみなすという過去の法律、そしてそれが廃止された後も社会の人々の意識の中に残る偏見である。従って、オバマ大統領の肌の色がいかに白くなったとしても、彼はアメリカ社会で「白人」になることはできないだろう*5。その社会的認識に支えられた差別と偏見の構造の中で、オバマ大統領自身、「黒人」として生きる決意をしたのであろう。

 一方で、先住アメリカ人の場合は、事態が逆になる。「インディアン問題」が歴史的に国内問題となると、アメリカ政府は「インディアン」であることを「血の割合」によって決定/定義する法律を制定してきた。先住アメリカ人には「血の1滴ルール」は、法的には当てはまらない*6。彼・彼女たちには、1/8、1/4の「血」という高い割合が求められる。

 これには、アメリカ合衆国という国家の建設過程からの説明がある。すなわち、アメリカの国家建設において、奴隷としての「黒人」は安価な(タダ同然の)労働力の供給源として搾取され、先住アメリカ人は土地・資源を奪われてきた。労働力源としての「黒人」は「1滴ルール」によって数を維持・増加され、一方で先住アメリカ人は「血の割合」規定によって数が減らされ、19世紀から20世紀にかけて個人への土地の分割割り当てによって「余剰地」が「白人」へと渡ることになった。さらに、数が減れば、社会的サービスに対する政府負担を減らすことも可能となる。

 今では生物学的アイデンティティの基準、すなわち「血の割合」規定を踏襲しているトライブ政府も多く、また、既に書いたとおり*7、近年では一部のトライブがDNA鑑定を導入したりしているが、特に「血の割合」規定の導入はインディアン トライブにとって「自殺的な行為」であると、先住アメリカ人自身からも危惧されている。

 これでひとまず、この標題の下で書くことは終わりにする。4年前に1つ関連記事を書いている。⇒「肌の色、『血の濃さ』と『人種形成』」*8

コメントするのに文字認証が必要になっているのですか? 知りませんでした。
 関連質問は、まだ続きます。この記事の本題はシリーズ(3)としても良かったのですが、違う話題が大半を占めてしまったので、シリーズには入れませんでした。(08.23, 23:50)

P.S. #6(08.25):どうも尻切れトンボのような読後感を与えてしまったかのようですが、「黒人」の側から「白人」の側への「越境」に立ち塞がる障害に対して、「白人」が「黒人の血」を有していると主張する際の「越境」の特権へと話を続け、そしてアイヌの「特権」を批判するどこぞの政治家が簡単に「アイヌ」になれると発言できること自体の「特権」にも言及する予定でした。「シリーズ」を続けられれば、また関係する話題も出て来るでしょう。

P.S. #7(08.27, 2:00):利用していないから分からないけれど、フェイスブックの「これもおすすめ」というのは、Facebook社が自動的に関連付けるのではなく、管理人の選択でしょ? 今夜、SGCと他の2つの「おすすめ」が消えている!

*1:和文に合わせておく。

*2:「強制された共生」の下でアイヌ民族の「代表」が抜け出せない構造について、東村岳史「アイヌ政策の分析枠組み――強制された『共生』の構造」(web上に近日公開予定)を参照されたい。

*3:オバマ大統領以外でもそうであるが、彼の場合は特に表記が難しくなる。まず、かつては"Negro"(ニグロ)と呼ばれて表記されていた人々は、"Black"(ブラック)と呼ばれるようになった。主として、外見からくる「生物学的」特徴による呼び方には"Negro"の時代からの差別的なニュアンスが含まれていた。しかし一方で、"Black is beautiful"(ブラックは美しい)と、黒いことを肯定的に、その美を主張する人々が「黒人」自身の中に現れた。今日、「政治的に正しい」表現として"African-American"(アフリカ系アメリカ人)がアメリカ社会では普及しているが、ここでオバマ大統領を「アフリカ系アメリカ人」と称すると、実際にアフリカ系アメリカ人2世である彼と他の「アフリカ系アメリカ人」と称される人々との区別がややこしくなる。また、"black people"にしても、一様にアフリカから奴隷として連行されて来た人々の子孫というわけでもない。(オーストラリアでは、アボリジニの人々が「黒人」と呼ばれて差別されてきた。)このような複雑な要素があるが、ここでは「白」と「黒」を対比する目的で「黒人」とカッコ付きで用いることにする。

*4:「黒人」社会からの支持を集めるためという政治的考慮が仮にあったとしても、それは彼が政治家を志すようになって以後のことであるから、ここでは除外して考える。

*5:これとの関係で、マイケル ジャクソンが肌の漂白を試みていたことも考えてみるとよい。

*6:もっとも、外見から判断する社会の偏見においては、「血の割合」が少ない場合にも「インディアン」と見なされることがある。

*7:「集団と個人の自己証明とDNA鑑定」

*8:転載元の記事には個人的な体験も書いていたのだが、この記事ではそれは削除してある。