AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

A Double-edged Sword:遺伝人類学と先住民族の権利(3)――ニューファンドランド島の先住民族(w/ P.S. 3つ)

 今月中旬の盆過ぎだっただろうか、読者のお一人から注意を向けられたウィルタやニブフに関するこのブログ記事を、先述のシンポジウムの報告に出ていたカナダ、ニューファンドランド島ベイオスック(Boethuk)*1の2人の遺骨と正義(justice)の類型を論じる報告を思い出しながら読んだ。

 今日ニューファンドランド島外に住むカナダ人の多くは、同島に住んでいた先住民族のベイオスック人とは誰なのかを知らないとのことである。そういう状況であるから、日本人にも知る人はほとんどいないだろうと思われる。彼・彼女たちは、入植者たちによって虐待され、最終的に根絶されたことで19世紀に絶滅したと言われている。人類学者*2のI. マーシャルは1998年の著書で、19世紀初期に死んだショーナディスィット(Shawnadithit)*3という名の女性が最後のベイオスック人と思われると記している。下の写真は、近年ニューファンドランド州政府に委託されてジェラルド スクアイアーズ(Gerald Squires)が作製した「ベイオスック人の精神(The Spirit of the Beothuk)」と題された彼女の等身大とされる像である。像は、過去の非道を認めて償うというニューファンドランドのコミュニティによる試みの一環である。
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Photo Credit: "The Spirit of the Boethuk"

 1769年の国王宣言で、英国王の代理人としてニューファンドランド島のジョン バイロン総督は、入植者たちに対して、ベイオスック人への「非人間的な野蛮」行為を止め、残虐行為を行う者たちに正当な処罰を与え、「ニューファンドランド島の原住の野蛮人(native savages)と友好にかつ同胞の優しさで暮らす」ことを求める国王の意思を伝えた。
 ベイスック民族は、入植者と通商協定を結んで関係を築いた他の民族とは違って、そのような関係を望まない孤立した民族であったと見られている。

 1819年3月、ベイオスックの知られている最後のトライブと入植者の一部との間に衝突が起こった。首長のノノスボースット(Nonosbawsut)が殺され、その妻のデマスディット(Demasduit)が捕虜となった。入植者側は、密使となってベイオスック人との関係構築に役立つベイオスック人1人を捕らえたかったようであるが、彼女が結核にかかり、囚われの身となってから9カ月後に死んだために、うまく行かなかった。
"Demasduit Dream (Great Big Sea)" posted by gdgest at https://youtu.be/_D7D8O7j4F0

 入植者たちは、彼女の遺体を彼女が捕らわれた場所に戻した。そこには彼女の夫の遺骸を納めた埋葬小屋があった。彼が殺された後にベイオスック人たちはそこに戻って、彼の遺体をその埋葬小屋に安置したと思われた。その埋葬小屋には他の遺骸もあった。母親が連れ去られてから数週間の間に死んだとみられる夫婦の息子と思われる幼児の遺骸であった。その埋葬小屋には、3人の遺骸が英国式の棺の中に安置されていた。

 7年後、ベイオスック研究所(Beothuk Institution)の創設者である探検家のウィリアム コーマックが、同地方に生存しているベイオスック人がいないかどうかを知るため、そしてベイオスック人との積極的関係を構築するために活動を始めた。同研究所は、「『ニューファンドランドの赤いインディアンたち』とのコミュニケーションを開き、自分たちの文明を推進し、そしてこの原住集団の真正な歴史を手に入れる」ために1827年に設立された。他の生存者を見つけることはできなかったが、彼は埋葬小屋に戻り、そこからノノスボースットとデマスディットの頭蓋骨を持ち去って、イギリスのエジンバラ大学の彼の恩師の下へ船で送った。ニューファンドランド史においてかなり良く知られている2人の頭蓋骨は今日まで、エジンバラの王立スコットランド博物館に留まっている。

"Stealing Mary (The Last of the Red Indians)" posted by fircrownvids at https://youtu.be/Ft6pT-xK5FA

P.S.:すぐ上の動画の冒頭、200年前の歴史の謎を解くということで法医学研究(実験)室の様子が映っていて、この動画はそのプロモーションもののようである。
 続きを読む前に、読者は、どう考えるのだろうか。歴史の「科学的」な解明のためにベイオスック首長と妻の2つの頭蓋骨はDNA分析されるべきなのか――もうされたけれど。それとも、ベイオスックに返還されるべきなのか――しかし、「絶滅した」とされている民族の誰に。他に代替案はあるのか、等々。
 これが大学の授業なら、ここまででディスカッションをして、各自の考えを次回の授業前までに書いて提出するように、となるのかもしれない。

P.S. #2(08.29, 1:00):
 ニューファンドランド地方の学校で育つ子どもたちは、ベイオスック人について学ぶそうである。およそ200年前に自分たちの祖先がこの先住民族を消し去ってしまったことに自責と罪悪の感情が存在するそうでもある。誰もが、ノノスボースットとデマスディットの物語を知っていて、ふたりの頭蓋骨が自分たちの地方に存在していないということも知っている。理由は何であれ、非先住住民にとってさえ、ふたりの頭蓋骨についてある種の所有と喪失の感覚が存在している。2002年には、地元の作家、Michael Crummeyが、この2人の歴史的人物を中心にしてRiver Thievesという有名な小説を著してもいる。

 このように、ふたりの物語は、ニューファンドランドの文化と歴史の一部として定着しており、ふたりの頭蓋骨の返還を求める努力も存在している。スコットランドにある頭蓋骨の他にも、ニューファンドランドにあるメモリアル大学が12人の遺骨を、そして、2012年までカナダ文明博物館と呼ばれていたカナダ歴史博物館が10人のベイオスック人の遺骨を保有している。

 しかし、同博物館の考古学部長によれば、博物館は返還に積極的に動く資源を有しておらず、要請がある時に対応するしかない。その要請は、当該遺骨とのつながりを実証することができるコミュニティの代表者から出されなければならない。しかし、ベイオスック民族の場合、もし本当に絶滅しているとすれば、誰が彼・彼女たちを代弁するのかということになる。

 アメリカの場合、NAGPRAの下で、現生の民族とつながらない「無所属の遺骨」に対する主張の権利がトライブにある。しかし、上述のように、カナダには同様の法律がない。実際には、カナダ歴史博物館は、独自の規則を作成して準法律的な手続きを取る。これらの規則の下では、同博物館は、現存する条約を尊重しようとして、返還の要請が「その物体との実証可能なつながりを確立する個人たちの先住民族政府」から出されることを要求する。これは、絶滅した民族の場合には問題であり、ベイオスックの2人の頭蓋骨のように、遺骨が外国の管轄下にある時には特に困難である。

 現在のニューファンドランド島の唯一の先住民族バンドであるミクマックのミゼル ジョー首長は、返還がまさに正しい行ないだと述べている。「正しい行ない」と言う時、彼は、修復的正義と、おそらく補償的正義も訴えている。

 一方、ベイオスック人に関する主な学者である前出の考古学者/歴史学者のインゲボーグ マーシャルは、返還に完全に反対していて、皆が歴史の記録に対する主張の権利と潜在的な発見に対する関心を有しているという理由で、これらの物体を全人類のために保持することを正義は要求しているという。

 これは、考古学者や人類学者の間では珍しい発言ではない。2003-2005年にアメリカ自然人類学会の会長を、2000-2002年に副会長を務め、2009年に亡くなった著名な人類学者・生物考古学者であったフィリップ ウォーカー(Phillip Walker)が、次のように述べていたとシンポジウムでは紹介されている。*4

P.S. #3(08.30, 0:10):

人間の遺骨は、過去の自然的・社会経済的な環境によって提示された難題に対して私たちの祖先が行なった遺伝的・生理的な対応に関する独特な情報源である。その結果、それらは、私たちの種の歴史に関する極めて貴重な適応的視点を提供する。(強調は原引用者による。)

彼はさらに、次のようにも述べていた。

私たちの種の生物学的歴史に関するこの根本的情報源の管理人として、私たちは、人骨コレクションの長期的保存を推進して、このようにして未来の世代がそれらから学び、そしてこのようにしてその歴史について知りかつ理解する機会を持つことを確かにする必要がある。

これらの遺骨のすべてが再埋葬されれば、あたかも歴史が終わるかのようである。

 ノノスボースットとデマスディットの頭骨は、これまでに古代DNA分析技術を用いて研究されてきた。地元のミクマック人はベイオスック人と親戚であると言うが、両民族の間に何らかの遺伝的つながりがあるかどうかについては、まだはっきりしていない。2010年に公表された遺伝学研究は、アイスランド人と一部の先住アメリカ人コミュニティとの遺伝的つながりの可能性を提示した。翌年、ジャーナリストのアラン パーカーがトロント サン紙の電子版で、「絶滅した」ベイオスック人の子孫がアイスランドに生存していると書いている。

 ヴァイキングは、1,000年以上前に北アメリカに来たとき、ニューファンドランドの北部に上陸した*5ヴァイキングたちは、彼らがスクレリング(“skraelings”)と呼ぶ北米先住民たちを捕まえてアイスランドに連れ帰ったのだろうと示唆されている。遺伝的アイデンティティーがベイオスック人の遺骨に対する請求権を何らかの形で付与するべきだという考え方を十分に突き詰めていくと、私たちはひょっとすると、現在ニューファンドランドに住んでいる人々以上にノノスボースットとデマスディットの遺骨に対する請求権を持つ人々がアイスランドにいるという奇妙な状況に陥ることになるかもしれない。

 妥協点はあるのだろうか。

このP.S. #3から結論まではnoteの有料記事として投稿するつもりだったが、ここまでをここに投稿しておくことにして、主としてシンポジウム報告者の結論部分には、他の報告を紹介する際に、あるいはその後に、戻ってくることにする。

*1:Cf. https://youtu.be/zMj2IG5loms または、ビーオスィック(cf. 2つ目の動画)。日本語では「ベオスック」が一般的な表記のようである。

*2:2つ目の動画には、歴史家となっている。

*3:Cf. https://www.howtopronounce.com/shanawdithit/

*4:彼は、NAGPRAの制定と実施にも関わっていて、比較的、先住民族の考え方に理解を示していたようにも思えるのだが、今のアイヌ政策推進過程のどなたかに似ているのかもしれない。かつて、日本とアメリカの間で労働者は労働者同士、経営者は経営者同士の方が、それぞれ自国の経営者と労働者とよりも似通っていると誰かが言っていたが、遺骨返還をめぐっては、まさに国境を越えて先住民族同士、そして考古学・人類学者同士の方が良く似た考えをしていると言えよう――但し、ここ何年かの日本の状況を見ていると、必ずしもそうは言えないかもしれない。

*5:1992年にコロンブスの「新大陸発見」が騒がれた際、私は、このことに言及して、ヨーロッパ人に限定したとしても、北米大陸を「発見」したのはコロンブスではないと書いたことがある。スペインの国連決議の提案に北欧諸国が反対したことにも触れておいた。Cf. 「1992年以前に逆戻り?」