AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

北海道大学から平取アイヌ協会への遺骨問題の説明(w/ 10 postscripts)

先日、北大から平取アイヌ協会・三役に対して遺骨問題の説明があると、平取を訪れた。最初から、白老への[集]骨ありきの、面倒な手続きの説明に終始した。盗掘した側が条件を付けるとは!これでは逆さまではないのかと、耳を疑った。

 これを聞き、頭に血が上った俺は、10月の言いたい放題でも述べたように大学側に「盗んだ物は元へ、自らの手で再埋葬する事が、先人達へのせめてもの供養、償いではないのか、盗掘に対する一言の謝罪もないのか」と散々悪態をついたが、北大側はなにも反論も言い訳も無しに帰ってしまった。

 あの者達は、説明したことのアリバイ作りに来ただけの様だ

 そもそも、どこから持ち出されたか判明している遺骨を元の場所に[還]さず、国にとって都合の良い白老に集約するというのは、明治政府が川沿いに点々と住んでいたアイヌを国にとって都合の良い場所に移住させた「強制移住」と同じではないのか?

 アイヌは死んでからも強制移住させられるのか?「ふざけるな!」と俺は言いたい。

 静内からも大量の遺骨が持ち去られた様だが、それも警察官の護衛の下、教育委員会の者達が手先となり、集骨の手伝いをしたり、読むに耐えないことも植木さんの著書の中に。

 こんな歴史の事実があるのに、国、大学側は「いったい」。アイヌはモルモットではないのだ。


 「もう一つの日本文化(「アイヌ人骨の取扱いー第2弾ほか」)」(2016/11/9)より。下線および太字は、追加した。

 後ほど、コメントを書く。

P.S.:アメリカでドンが次期大統領になるからというわけでもないが、そろそろ「ドン キホーテ」の旅も終わりにしたいと前々から考えながら、私を「ドンさん」と呼ぶ読者に、最後に相応しく、冒頭にずっと置いておける記事と判断したら、☆を1つお願いしますと先月にお願いした。常々、続けて欲しいと言って下さる氏に対しては、意地悪なお願いであった。

 2つ前の記事に部分的に転載した北海道新聞の記事のことで、過日ある方に連絡を入れた。ところが、北海道に住んでいるからといって道新を購読しているとは限らないという当たり前のことを改めて認識させられた。他の読者のためにも貼り込んでいて良かったと思ったが、その方は、11月5日の朝日新聞道内版の「アイヌ政策への期待と課題」という記事に怒っておられた。北大の某――と書かなくても分かるが――研究センターのドンのインタビュー記事である。珍しく、道内版であるにもかかわらず、web上で日本で、そして世界中で読めるように「配慮」されている。6月27日の北海道新聞の「月曜討論」と非常に似た構図であり、「朝日新聞よ、おまえもか」と評したくなるような内容である。(冒頭の「『民族共生象徴空間』が開館」というのも面白い。)
 私はこの種の「啓発キャンペーン」に対する免疫ができてしまった感じがあるが、数名の方が、強い怒りを伝えてこられたということだけ、今は書いておく。(P.S. #3(11.10, 15:00):ここから始まる「強制移住と土地・資源」シリーズ(1~17)を参照して下さい。)

 さて、最近、ある方に疲れてきていた脳にある事実を思い起こさせて戴いた。2013年の北海道大学『北海道大学医学部アイヌ人骨収蔵経緯に関する調査報告書』(p. 183)のリストから、「1個体として特定できた人骨」は計1014体、そのうち1013体は発掘(収集)場所が判明しており、少なくともこれらの遺骨は、すぐにでも約50カ所のそれぞれの地元と調整して返還することが可能だということである。

 先ほど、上に引用させて戴いた文章を、2012年3月22日と2013年9月15日に投稿したさらなる素朴な疑問――血液標本とMTA13件の新たな開示文書を読んでを思い出しながら読んだ。(後者の記事などは、読み返すと、よくもまあこれほど力を入れて書いたものだと思う。)

 「白老への[集]骨ありきの、面倒な手続き」とは何だったのだろうか。説明の対象となった遺骨は、「どこから持ち出されたか判明している遺骨」のようであり、2段落上の考え方からすれば、当然、発掘された地元へ返還可能な遺骨ということになる。

 上の2つの記事のうち、2013年の記事には北大が「アイヌ人体骨は非常に貴重な学術研究資料」であり、「国有財産」であると考えていることを記した。今も、基本的には変わらないのであろう。遺骨が「生物遺伝資源」であり、また「学術研究資料」であれば、それを北大という研究機関から新たな「慰霊と研究」の施設へ移転するには「物質移転(または移動)合意書」(MTA)が必要となるのではないか。(MTAについては、上の2012年の記事で言及した。)「面倒な手続きの説明」には、そのようなことは含まれてなかったのだろうか。

 いずれにせよ、このような「面倒な手続き」のことを考えなくとも、北大が平取アイヌ協会を訪れたということは、同協会が遺骨に対して何らかの権利を有していることを認めているからということになろう。いつどこでだったか、政策関連会議の「議事概要」に関してだったと思うが、すぐに思い出してリンクを張れないが、政府の返還ガイドラインに従えば、「慰霊施設」に遺骨を「集約」するにも遺骨に対する権利を有する「祭祀承継者」(個人)から同意を得ないといけないはずである。しかし、政府も北大も、当該遺骨の「祭祀承継者」は特定不可能とみているから、平取アイヌ協会から「集約」の同意を得ようとしたのではないか? もしそうであれば、平取アイヌ協会が当該遺骨に対する権利を有すると認めていることになるのではないか? そういう矛盾をはらんでいるからこそ、冒頭の引用を語る木村氏には「白老に[集]約ありき」の「アリバイ作り」と受け取られたのであろうし、同氏がそう受け取るのも当然のことであろう。

P.S. #2(11.10, 14:45):昨夜から今日にかけて戴いたいくつかのメッセージを、それぞれの記事にP.S.として入れようと考えましたが、時間がないので、ここにまとめて入れておきます。

①「酋長」に関して:仕事上『記者ハンドブック』(共同通信社)を持っているという方から、「酋長」は「首長」・「集落の長」への書き換えとなっていますとのこと。
②「理事長の動向」について:アイヌ協会ホームページの「新着情報」に、10月31日付で「"理事長の動向"をアップしました」とあり、「こういうタイミングで出てくると、新着情報の更新情報というのを作らなければならないかも」とのこと。
 こちらのP.S. #2(10.30, 22:30)の翌日のようなので、うっかりミスだったのかもしれませんね――と、しておきます。
「この記事は、ずっと冒頭に置いて[お]くのに相応しい記事かもしれない。」Is that right?(冒頭引用元へのリンクを修正しました。)

 最後に、今日のメッセージ:「私たちが悲しみの中に引きこもり、トランプの勝利によって最も脅かされている人々を放棄すれば、歴史は決して私たちを許さないだろう。」――D. D. Guttenplan, The Nationからのメッセージ.

P.S. #4(11.11, 2:09):アメリカ大統領選挙は、今のところ(現地で水曜日現在)トランプ氏が290人、クリントン氏が228人232人(CNN politics accessed 2016/11/11, 23:20)の選挙人を獲得している。得票数では約20万票、クリントン氏が上回った。これは、制度的な仕組みがいかに大事かということを示してくれる良い例である。

 しかしまた、制度的に厳密に言えば、まだ大統領選挙は終わっていない。アメリカ憲法では、国民は大統領を直接選挙できない。国民による直接選挙を恐れていた「建国の父たち」が、そのように憲法を定めたからである。大統領を選ぶのは、"Electoral College"と呼ばれる「選挙人団」である。選挙人たちは、来月19日にそれぞれの州都で投票をすることになっている。各選挙人はここで、自分が投票することになっている候補と違う候補に投票したり、投票を棄権することも法的には可能なのである。歴史的には1%以下の非常に稀なことではあるが、過去に例がないわけではない。
 昔、"Electoral College"を「選挙大学」と訳した大学の英語教員がいたという笑い話と合わせて、選挙人団のことをどこかで書いた記憶があるのだが、ブログ内で見つけることはできなかった。
 
P.S. #5(11.11, 14:55):私としては、まだこの記事がトップに置いたままにして止めるに相応しいと納得しているわけではない。なぜなら、他所からの借り物が主体であるし――実際のところ、北大の「あの者達」がどのような書類をもって、何の目的で訪問したのか、私は確認できていない(ここには書けない推測はあるが)――、また、お願いした☆も付いていないから。まあ、何年か前のクリスマスの頃のように、P.S.を延々と続けることはできる。

 昨夜、「10月の二つの新聞記事」を読んだ。ここで言及した2つの新聞記事を取り上げてくれているのかと思ったが、道新と朝日の記事は11月のものだった。来月になるのかどうか知らないが、11月5日の朝日記事と7日の道新記事を「11月の二つの新聞記事」として論評してくれることを期待しておく。(但し、5日の朝日記事については、下書きも済ませたから、ここに書くかもしれない。)

P.S. #6(23:30):夕方出かける時、曇り空ではっきりしない天気だった。晴れるかなーと思いながら車に乗り、カーラジオの局を変えた途端、レナード コーエンの「ハレルヤ」がちょうど最初から流れ始めた。嘘じゃないよ。嘘だと思うなら、この地の民放FM局の16:55頃のログを調べてもらえばわかる。この曲に最も最近言及したのは、ここ(P.S. #3)。

P.S. #7(11.12, 23:00):①P.S. #5にも書いたように、「あの者達」が実際、何をしに平取まで訪れたのかを、私は把握していない。上に書いたような目的であったかもしれないし、返還を求めて裁判を起こしたりしないで欲しいという「懐柔」のためだったかもしれないし、そもそもそういうことを考えているのだろうかという探りを入れるためだったのかもしれない。

 平取での「説明」には、過去に、まさにそのままのタイトルで書いた記事がある⇒「事後説明のみか?――平取町での『説明』」。これと関連して、「Japanese “Gene Hunters”(日本の『遺伝子ハンターたち』)」もある。これには、先住民族からの血液採取を研究している米と豪の研究者が興味を示している。さらに、今年書いた「アイヌ血液を搾取した医学・人類学研究者たちの二重の裏切り」もある。これにはコンスタントなアクセスが記録されているが、どういう方面の人たちなのかはわからない。とにかく、解明されなければならない課題は多い。「そんなことしていたら、『新法』なんてできないぞ」ってか!?

②ところで、FMピパウシというラジオ局は、こんなふうにできないのだろうか。(もうなっている?)そうすれば、「日本中、世界中の人の耳に届く」だろう。

③確かに、あの写真はひどい。同意します。どうして、このような満面の笑みの写真を撮ってもらわなかったのだろう。あるいは、記者は、どうしてそういう写真を載せてあげなかったのだろう。

④ここの記事に関係しているので、P.S.で書いています。必要となれば、この記事をトップに置いたまま新規投稿を続けることも可能です。例えば、この記事の日付けを2020年に変更すれば、あと4年は書けます。(今の冒頭の投稿は、期間限定です。)

P.S. #8(11.13, 1:00; revised 15:30):ロンドンから週末にここを訪れているお兄さん、こんな隅っこまで読んでいるかどうか知らないけれど、もし読んでいたら、せっかくロンドンにいるのだから、自然史博物館でアイヌ遺骨に関する情報を発掘――場合によっては「盗掘」でも――してはどうだい? あなたなら、研究と称して保管されていると言われているアイヌの遺骨にアクセスすることもできるでしょう(Cf. こちらのP.S. #4)。え? 今やっているところだって? そうか、そうか。(←これは、あなたの「ボス」の口癖を真似たわけではない。)では、朗報を待つとしよう。

P.S. #9(11.13, 2:10):知識人の責任

IT IS THE RESPONSIBILITY of intellectuals to speak the truth and to expose lies. This, at least, may seem enough of a truism to pass over without comment. Not so, however. For the modern intellectual, it is not at all obvious. Thus we have Martin Heidegger writing, in a pro-Hitler declaration of 1933, that “truth is the revelation of that which makes a people certain, clear, and strong in its action and knowledge”; it is only this kind of “truth” that one has a responsibility to speak. Americans tend to be more forthright. When Arthur Schlesinger was asked by The New York Times in November, 1965, to explain the contradiction between his published account of the Bay of Pigs incident and the story he had given the press at the time of the attack, he simply remarked that he had lied; and a few days later, he went on to compliment the Times for also having suppressed information on the planned invasion, in “the national interest,” as this term was defined by the group of arrogant and deluded men of whom Schlesinger gives such a flattering portrait in his recent account of the Kennedy Administration. It is of no particular interest that one man is quite happy to lie in behalf of a cause which he knows to be unjust; but it is significant that such events provoke so little response in the intellectual community—for example, no one has said that there is something strange in the offer of a major chair in the humanities to a historian who feels it to be his duty to persuade the world that an American-sponsored invasion of a nearby country is nothing of the sort. And what of the incredible sequence of lies on the part of our government and its spokesmen concerning such matters as negotiations in Vietnam? The facts are known to all who care to know. The press, foreign and domestic, has presented documentation to refute each falsehood as it appears. But the power of the government’s propaganda apparatus is such that the citizen who does not undertake a research project on the subject can hardly hope to confront government pronouncements with fact.


A Special Supplement: The Responsibility of Intellectuals, Noam Chomsky, FEBRUARY 23, 1967 ISSUE. Emphasis added.

See also Noam Chomsky Unravels the Political Mechanics Behind His Gradual Expulsion From Mainstream Media.

P.S. #10(11.14, 2:00):Yahoo!ニュースに「米南部ロックの大物、レオン・ラッセル氏が死去」という0:45配信のニュースが出ていたから開いた。彼の懐かしの歌を貼り込んでから閉じようと考えていたら、その下の「関連記事」に『ハレルヤ』レナード・コーエン氏死去・・・82歳というニュースが出ている! OMG! それであの日(上のP.S. #6)、彼の歌が流れたのか。気づいてなかった。

 「トランプよ、聴け!」というメッセージと共に彼のこの歌を貼り込んでおこうと思って検索したら、ナント!、トランプが歌っているという動画が1日前に投稿されている。まだ85回の視聴だ。
Trump Singing Leonard Cohen's Democracy is Coming posted by ESL Resource Bank

 これで、次の投稿とつながったな。