AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

"Amazing Grace"

 16~17日にかけての夜、これを聴いた。(彼女たちの歌を聴くときにいつも思うのである。なぜ、Celtic Womenではないのかと。ここでも"misleading"だとまでは書いているのだが、なぜなのかは書いていない。)
Celtic Woman - Amazing Grace posted by CelticWomanVEVO.

作詞者はジョン・ニュートン (John Newton,1725–1807)。作曲者は不詳。アイルランドスコットランドの民謡を掛け合わせて作られたとしたり、19世紀に南部アメリカで作られたとするなど、諸説がある。
ジョン・ニュートンは1725年、イギリスに生まれた。母親は幼いニュートンに聖書を読んで聞かせるなど敬虔なクリスチャンだったが、ニュートンが7歳の時に亡くなった。成長したニュートンは、商船の指揮官であった父に付いて船乗りとなったが、さまざまな船を渡り歩くうちに黒人奴隷を輸送するいわゆる「奴隷貿易」に携わり富を得るようになった。
当時奴隷として拉致された黒人への扱いは家畜以下であり、輸送に用いられる船内の衛生環境は劣悪であった。このため多くの者が輸送先に到着する前に感染症や脱水症状、栄養失調などの原因で死亡したといわれる。
ニュートンもまたこのような扱いを拉致してきた黒人に対して当然のように行っていたが、1748年5月10日、彼が22歳の時に転機は訪れた。イングランドへ蜜蠟を輸送中、船が嵐に遭い浸水、転覆の危険に陥ったのである。今にも海に呑まれそうな船の中で、彼は必死に神に祈った。敬虔なクリスチャンの母を持ちながら、彼が心の底から神に祈ったのはこの時が初めてだったという。すると流出していた貨物が船倉の穴を塞いで浸水が弱まり、船は運よく難を逃れたのである。ニュートンはこの日を精神的転機とし、それ以降、酒や賭け事、不謹慎な行いを控え、聖書や宗教的書物を読むようになった。また、彼は奴隷に対しそれまでになかった同情を感じるようにもなったが、その後の6年間も依然として奴隷貿易に従事し続けた。のちに、真の改悛を迎えるにはさらに多くの時間と出来事が必要だったと彼は語っている。
1755年、ニュートンは病気を理由に船を降り、勉学と多額の献金を重ねて牧師となった。そして1772年、「アメイジング・グレイス」が作詞された。歌詞中では、黒人奴隷貿易に関わったことに対する悔恨と、それにも拘らず赦しを与えた神の愛に対する感謝が歌われている。


出典:Wikipedia, 「アメイジング・グレイス」.

 過去の投稿から:
Amazing Grace (Sung in Lumbee):http://youtu.be/ymOT4ou9HZY

 Jana Mashoneeさんが10の先住アメリカ人言語で歌う他のクリスマス ソングは、こちら。一番下のも彼女による歌唱である。

 2010年8月15日にここでお盆に聴く「アメージング グレイス」として投稿していたものも再掲しよう。

チェロキー語バージョン
Native American - Amazing Grace (in Cherokee)
Posted by Gregory Baker at http://youtu.be/UvYIjFtPQEk

イヌイット語バージョン
Amazing Grace (Inuit) posted by Gregory Baker at http://youtu.be/NtNuELl5he0

ランビー語バージョン
Amazing Grace Jana Mashonee (Sung in Lumbee)
Posted by Gregory Baker at http://youtu.be/Vz1ghWLgP9E

P.S.(12.19, 23:50):既にお分かりの通り、私はこのブログをほとんどの場合、深夜の疲れて眠い身体および精神の状態で書いているのだが、時差のある海外の読者でない限り、とても早い朝にアクセスしてくれている人がいる。ありがたいことではあるが、朝一で読むような内容でもないと思う。(例えば、私は、早朝から"Amazing Grace"を聴こうという気にはなれないのである。)

 今日、東京で何か会議があったと耳にしたのだが、アイヌ政策推進会議のサイトには通常の「議事次第」さえ掲示されていない。何の会議があったのやら。

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