AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

オバマ政権の土地復元政策

 「有識者」や「シンクタンク」について書いておかねばならない事があるが、なんとなく年末年始には書き難い。この記事も、「もういいか」と思って20日の深夜に引っ込めておいたのだが、今年最後の皮肉も込めて紹介しておこう。ノースダコタ州のフォート バートールド保留地の提携3トライブ(Three Affiliated Tribes of the Fort Berthold Reservation)の土地復元に関して、米国内務省と陸軍土木局(Civil Works)が現地時間の20日に出した合同発表である。(べつに私は、クリスマスと政権交代で帰国ムード(?)のアメリカ大使館や領事館の職員に代わって、この文書を紹介しているのではない。本来、札幌のUSISにやってもらえばよいことなのだが。)

 合同発表の概要は、二風谷ダム、あ、いや、ガリソン ダム(Garrison Dam)建設計画のために陸軍工兵隊によって上記のトライブから取得され、現在「余剰」となっている24,959エーカーの土地を内務省所管に移転し、内務省が当該トライブの信託地として保有するというものである。当該の土地はほとんどが、サカガウィーア湖(Lake Sakakawea*1)の洪水調整池の上に位置する未開発の草原である。

 形式上は米国政府内での土地の移管ということではあるが、内務省の担当者は、この移管によってトライブによる現存の土地利用のより強固な保護を提供し、またトライブの土地管理権限の承認を確実にすることになると述べている。当該トライブが、今後何世代にもわたって、信託地から生じる経済的、環境的、文化的な恩恵のすべてを享受することになるだろうとも。
 当該トライブの議長、マーク フォックス氏の次のような言葉が引用されている。「これらの土地の返還は、歴史上の不正義の修復へ向けての重要な一歩です。」「私たちの成人男性の半分が第二次世界大戦で彼らの国と彼らの郷里のために戦っていましたが、その時に連邦政府は、ガリソン ダムのために私たちの土地を奪う計画を立て始めました。ダムが原因の洪水で私たちの90パーセントが自分たちの郷里の土地から引き離されました。そのことで私たちの中核地域は、文字通り破壊されました。私たちは、余剰地を私たちの国に返還させるために何年間も戦ってきました。この目標が達成されたことに感謝します。私たちのとても多くのリーダーたちの苦労がついに報われたのです。」

 この移管はフォート バートールド鉱物復元法(Fort Berthold Mineral Restoration Act)によって可能となったのであるが、連邦議会は、同法を1984年に成立させ、陸軍工兵隊にガリソン ダム計画に必要でなくなった余剰地をトライブに返還する権限を与えていた。内務省長官は、連邦政府に承認されたトライブのために信託地を取得する権限を1934年のインディアン再組織法(IRA)によって付与されている。

 さて、この記事を投稿する理由は、ここからである。
 オバマ政権は、トライブの土地回復を公約してきた。このブログで何回か言及したサリー ジューウェル内務省長官は就任時に、50万エーカーの土地をトライブの信託地として復元するという野心的な目標を設定した。今年の10月に彼女は、BIAが2009年以来、2,265件の信託申請を処理し、50万エーカー以上の土地を信託地として回復したと発表した。

 これに対して、2009年のアイヌ政策有識者懇談会報告の後のほぼ同期間に、政府はアイヌ政策でどんな具体的な成果を出してきたというのだろうか。確かに予算は増えてきた。しかし、「民族共生象徴空間」の予算だけが突出している。菅官房長官は、計画されている博物館の入館者数を100万人と設定した――多分にただ切りの良い思い付きの数字だったのではないか。2020年とその先に菅氏はどこで何をしているのか分からない。目標の数字が達成されなくても、個人的に何の責任も取らずに済むのだろう。「象徴空間」の他に、何をいつまでに行うと明言して実行してきたものはあるのだろうか。そして、土地や資源に関しては、今や「米国や豪州などで語られる『土地の返還』『政治的な自決権』といった先住民族の権利実現を直ちに目指すのは今のアイヌと日本の現実になじむでしょうか」(常本氏の発言)と言われる状況に陥っているのである。

 今年も何事もなく終わって行こうとしている。

*1:Sacagaweaとも綴られ、サカジャウィーアとも発音される。