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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

NAGPRA, UNDRIP, そしてアイヌ遺骨・副葬品の返還③:UNDRIPと「報告書(案)」(w/ P.S.)

はじめに
 「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル報告書( 案 )」(「報告書(案)」)は、アイヌが引き込まれて、盗掘された遺骨・副葬品の研究材料化にお墨付きを与える必要のない文書である。今後出土する遺骨や副葬品の調査や研究、教育体制の整備などが論じられているが、それらは、この「報告書(案)」を当該3団体が出さねばならなくなった文脈と問題の焦点をぼかしているだけである。
 「報告書(案)」への細かい点に対する感想は既に書いたが、「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関する ラウンドテーブル報告書( 案 )」を読む③で、意識的にここでとは書かなかったが、「この『報告書(案)』が包含する『先住民族の権利』宣言との矛盾については、別途、拡張して論じることにする」と書いた。以下、そのことについて記す。
 「報告書(案)」では4カ所で、先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)への言及が見られる。文頭の(番号)は、後で言及するために便宜上付するものである。

(1)上記のようなこれまでのアイヌの遺骨と副葬品について行われてきた調査研究や保管管理の抱える課題について、学術界と個々の研究者は人権の考え方や先住民族の権利に関する議論や国際的な動向に関心を払い、その趣旨を十分に理解する努力が足りなかったことを反省し、批判を真摯に受けとめ、誠実に行動していくべきである。今後、研究者には、研究の目的と手法をアイヌに対して事前に適正に伝えた上で、記録を披瀝するとともに、自ら検証していくことが求められる。学術界と個々の研究者は、このような検証なくして、自らの研究の意義や正当性を主張する根拠が希薄となることを自覚しなければならない。(「報告書(案)」4ページ)

 2つ目は、「研究にあたって留意されるべき基本原則」の第一においてである。

(2)①「先住民族の権利に関する国連宣言」(UNDRIP)で示された権利の尊重
研究者は、「先住民族の権利に関する国連宣言」に示された先住民族の権利を尊重するべきであり、特に第11条、第12条及び第31条などの趣旨に鑑み、アイヌが自らの祖先の遺骨と副葬品に有する権利を尊重するとともに、アイヌの遺骨と副葬品に対するアイヌの人々の考え方を尊重する必要がある。例えば、アイヌにとっては遺骨と副葬品は一体となっていることこそが精神文化を表すものであり、仮に研究の対象とする際にはその考え方を尊重することが不可欠である。(同上、5ページ)*1

 3つ目は、「報告書(案)」6ページからの「研究の対象となる遺骨と副葬品」の見出しの下で、遺骨と副葬品を「研究倫理の観点から見て研究対象とすることに問題がある」と判断するための「条件」の列挙においてである。ここには、「これまで大学が保管していたアイヌの遺骨と副葬品」だけでなく、「今後の発掘調査により出土するアイヌの遺骨や副葬品」も対象として挙げられていることに注目する必要がある。

(3)(先住民族との関係で問題があるもの)
先住民族の権利に関する国連宣言の趣旨に鑑みてアイヌの同意を得られないもの(同上、7ページ)

 そして4つ目は、「参考資料」の中の「研究倫理に関する中立的委員会組織の骨子案」においてである。

(4)研究機関等に所蔵されているアイヌの遺骨や副葬品に関わる、あるいは、今後生じる開発行為や学術研究に伴い出土が想定されるアイヌの遺骨や副葬品に関わる調査研究については、「先住民族の権利に関する国連宣言」に明記された権利を有するアイヌの意向が反映される協議の場が無く、アイヌ独自の世界観や死生観等を調査や研究に反映させる機会が確保されていない。(同上、15ページ)

1.UNDRIPの「趣旨」とアイヌ遺骨・副葬品
a)前文第4段落

 上の引用に見られる通り、「報告書(案)」には、UNDRIPの「趣旨」やそれに謳われている「権利」を「尊重する」という文言が繰り返し出てきているが、これも既に書いた通り、UNDRIPの「趣旨」や「権利」が正しく理解されずに、それらを「尊重する」と上辺だけで書いていさえすれば、盗掘されたアイヌ遺骨・副葬品の研究材料化が正当化されるとでも考えられているかのような印象を受ける。
 このブログでも何度か書いたが、「先住民族の権利」宣言の条項は「つまみ食い」されるべき性質のものではない。UNDRIPの諸権利は課題別に分けられてはいるが、宣言の前文および本文の全体は、それぞれ有機的に関連し合っており、全体がセットとして読まれ、実行されなければならない。宣言に明記されている諸権利は、連関し合って機能し、お互いに補強することが意図されている。それゆえに、一組の個別の条項に言及する際には、宣言全体の統一性あるいは一貫性、すなわち「趣旨」を損なわないようにしなければならない*2。宣言の中で最も重要な成果は、広く認められている通り、先住民族の自決権が盛り込まれたことである。他のすべての権利は、その自決権から派生する。「報告書(案)」が、遺骨・副葬品の「調査研究のあり方」に関連する条項として第11条、第12条、そして第31条に言及するとき、この基本事項が忘れられて脇に置かれるべきではない。
 「報告書(案)」に限らず、筆者がこれまでに出合ってきた日本語の文書では、遺骨・副葬品の返還に関して主として第11条と第12条への言及がなされているものの、宣言前文の第4段落に言及しているものを見たことがない*3。宣言の前文は、本文の条項の根拠となる理論的背景や最終的文言に至る理由を説明している重要な部分であるが、第11条と第12条を理解するためには、第4段落を理解しておく必要がある。
 前文第4段落は、次のように述べている*4

Affirming further that all doctrines, policies and practices based on or advocating superiority of peoples or individuals on the basis of national origin or racial, religious, ethnic or cultural differences are racist, scientifically false, legally invalid, morally condemnable and socially unjust,

国民的出自または人種的、宗教的、民族的ならびに文化的な差異を根拠として民族または個人の優越を基盤としたり、主唱するすべての教義、政策、慣行は、人種差別主義であり、科学的に誤りであり、法的に無効であり、道義的に非難すべきであり、社会的に不正であることをさらに確認し、

 前文第4段落は、1993-94年の作業部会(UNWGIP)と人権小委員会による草案の前文第3段落とほぼ同じである*5。この段落が言及している「教義、政策、慣行」には、例えば、先住民族と土地・資源との「特別な関係」を断ち切ってその土地の略奪を正当化するために国際的にも「国内」的にも利用されてきた「発見の教義(Doctrine of Discovery)」や、優生学や社会進化論に基づいて先住民族が滅び行く「劣等人種・民族」であるがゆえに支配的国家・社会に統合し、同化していくことが正しいとした植民地政策の一環としての同化政策、そしてそれらの「教義」や「政策」の下での、先住民族の慣習的な葬送儀礼の禁止から遺骨や副葬品の略奪まで含む、さまざまな「慣行」が含まれる。
 「慣行」と訳されている言葉は”practices”であるが、この言葉は、「理論と実際」という場合のように、理論や思想に対しての「実行」、「実践」、「実際」を意味する。また、「それに関する理論に対して、ある考え、信念、または方法の実際の適用または利用("The actual application or use of an idea, belief, or method, as opposed to theories relating to it")」や「何かを行なう慣習的、習慣的、または予期された手続きあるいは方法("The customary, habitual, or expected procedure or way of doing of something")」という意味があり、この後者には「法手続きの確立された方法("An established method of legal procedure")」という意味も含まれる*6。前文第4段落は、こうした「発見の教義」や「無主地の教義」、人種的・民族的優越主義に基づく同化政策とその下で「科学」の名において行われた調査・研究などの行ないとその結果が、「人種差別主義(レイシスト)であり、科学的に誤りであり、法的に無効であり、道義的に非難すべきであり、社会的に不正である」として放棄されるべきものであると宣告している*7

b)第1条と第2条
 既述のように、「先住民族の権利」宣言に明記されている諸権利は、相互に連関し、補完し合っているが、遺骨・副葬品に直接関係している第11条と第12条に行く前に、もう1点、最低限度の言及をしておくべき重要条項がある。本文第1条と第2条には、第3条の先住民族の自決権と並ぶUNDRIPの基本原則が述べられている。第1条には、先住民族が集団として、また個人として、国連宣言や世界人権宣言をはじめとする国際人権法に認められているすべての権利と基本的自由の享受に対する権利を有することが明記され*8、第2条には不差別・平等の原則、すなわち、他のすべての民族集団および個人と平等であって、自己の権利の行使において「いかなる種類の差別からも自由」であると明記されている。
 「報告書(案)」が正当化しようとしているアイヌ遺骨・副葬品の研究材料化との関係で1点だけ簡潔に指摘すると、もし現在課題となっている「人骨」が同じような歴史的経緯で盗掘されたアイヌ以外の、とりわけ皇室関係者や富裕層の日本人の遺骨と副葬品であった場合、「報告書(案)」を取りまとめた日本人類学会と日本考古学協会の代表者たちをはじめ一般社会の日本人は、「報告書(案)」の遺骨と副葬品の扱いに同意するであろうか。当該の遺骨と副葬品がアイヌ以外の日本人のものであればこれまでのような杜撰な扱いはしないし、今後も研究「資料」という扱いはしないという一方で、アイヌの遺骨と副葬品は今後も研究「資料」とされ、返還が拒まれるというのであれば、どのような美しい口実が並べられようとも、それは、今日のアイヌがなおも「いかなる種類の差別からも自由」な立場に相応しい扱いを受けていないことの証である。UNDRIP成立までの運動――そしてその実行を求める今日の運動――の推進力の背後には、先住民族の人権の執拗な否認が存在してきたのである。

c)第11条と第12条
 アイヌ遺骨・副葬品の取り扱いの背後にあるアイヌ民族の人権の否定と、それを正当化してきた人種差別主義に基づく「教義、政策、慣行」という背景あるいは文脈とそれへの対抗が、本文第11条と第12条の起草へと繋がった。先住民族に対する同化政策は、先住民族支配の主目的の一部であった。同化政策は、一部には、先住民族の葬送の活動やそのための神聖な物品へのアクセスを奪ったり制限することによって展開されてきた*9先住民族の文化がUNDRIPで保護されているのは、今日なおも多くの国々で、そして日本でも存在している同化主義の目標と政策に対抗するためである。先住民族が文化的伝統・慣習を実践しながら再活性化する権利を第11条が承認しているのも、背後に人種主義的な「教義、政策、慣行」が存在しているのである。言い換えると、「報告書(案)」がUNDRIPの条項をアイヌ民族の遺骨や副葬品に適用しようとするのであれば、こうした文脈の中でUNDRIPを持ち出す必要がある。
 その背景の文脈において第11条は、保護と再生の対象として、考古学上の、そして歴史的な場所、文化遺品、儀式、精神的および宗教的な伝統、そして慣習や儀式、等々を含んでいるのである。そして第12条がさらに、宗教的および文化的な場所の維持と保護に対する先住民族の権利を含み、儀式に用いられる様々な用具に対するコントロール(決定権)を明記している。こうした先住民族の文化・精神性の保護には、事前の情報に基づく自由な同意なしに奪われた文化的・精神的な「財産」に対する補償を含めて、国家が救済を行わなければならないことも明記されている。そして、本稿の終盤の議論にとって最も重要な関連を持つ内容として、第12条は、儀式用具や遺骨へのアクセスおよび/あるいは返還を可能とする義務を国家に課している。これらの返還と返還に関する決定を行うための交渉過程は、当該先住民族を含めて創出されなければならないことも明記され、この先住民族の関与の仕方は、第18条および第19条に明記されているように、国家の政府による上からの選抜や指名であってはならないのである*10。第11条や第12条は決して、過去に人種差別的な研究に晒されてきた遺骨や副葬品を、さらにまた別の技術的方法によって研究材料として晒し続けるための条項ではない。現在その存在と数が判明していて、「慰霊と研究」施設に集約されようとしているアイヌ遺骨と副葬品で、人種的・民族的優越主義に基づかない研究の材料としてアイヌ墳墓から掘り起こされて持ち帰られたものがあると、「報告書(案)」の作成者(団体)は主張するのだろうか。
 冒頭の「報告書(案)」からの引用の(1)では、「先住民族の権利」の「趣旨」の「理解」や、そのための努力不足への反省、過去の検証などを私的領域の「学術界と個々の研究者」だけに課している。「報告書(案)」を作成した3団体の背後には、祭祀承継者に個人が特定された遺骨のみを返還するという「返還ガイドライン」を作った文部科学省が存在している。第12条の「趣旨」を理解して従うべきは、文部科学省(政府)なのである。

d)第13条と第14条
 「報告書(案)」の作成と提示に関連して第18条と第19条に進む前に、同じく「報告書(案)」では言及されていない第13条と第14条がアイヌ民族への遺骨・副葬品の返還とどのように関連するかについても少し述べておきたい。
 歴史的に多くの国で、そしてこの日本でも、教育(教化)が先住民族の文化の剥奪と支配的な文化・社会への統合・同化に利用されてきた。支配的社会の教育は先住民族の子どもたちがその社会の知識と技術を身に着けて、より広い社会や世界の中で生きていくことを可能にしてきた一方で、正規の教育は、特にその課程、カリキュラム、教育法が先住民族の文化とは異なる他の社会から行われる時、先住民族文化を強制力をもって変え、時には壊してしまう手段としても機能してきた、諸刃の剣でもある。UNDRIPの第13条や第14条は、エンパワーメントの機能を持つ教育に対する権利を認めながら、先住民族が自らの文化、言語、伝統、知識を享受して尊重できるために支配社会の教育の負の影響を矯正する試みである*11。それゆえに、第13条と第14条には、自分たちの文化に適合する教育制度を確立して運営する権利や、母語や「文化的に適切な様式で」教育を受け、学習する権利、「未来の世代に」自らの伝統や知識、信条や価値観、世界観などを伝達するための幅広い権利が明記されている。先住民族にとって、教育とは「精神的、身体的、霊的、文化的、および環境的な側面を包含するホリスティックな概念」である。国家の政府は、先住民族がそのような教育、伝統や知識の伝達を行うための自らの教育方法にアクセスし、実践できる権利が保障されるように、「効果的な措置」を講じなければならない(第13条2項)。そして、この教育に関する諸権利もまた、実現されるためには土地・資源に対する権利をはじめとする他の権利とともに考えられなければならない。
 筆者が昨年7月の杵臼でのアイヌ遺骨の再埋葬の報告に接して嬉しく感じ、かつ敬意を表したかったのは、再埋葬の準備と実行の場が実際のアイヌ文化の「学校」となり、アイヌ文化の世代間の「教育(伝達)」の実践の場となったことである*12
 杵臼の事例だけでなく、祖先の遺骨の返還は文化復興への刺激となる。世界の先住民族コミュニティにおいても、遺骨の返還が文化復興の過程に寄与してきた例がある。その過程は、伝統的な価値観、儀式、芸術形態に基づく新しい形態の現代的な文化実践の創造を刺激し、それによって現代世界における先住民族の文化的アイデンティティを補強してきた。一つの好例は、カナダのブリティッシュ コロンビア州のハイダ ファースト ネーションであろう。1990年代に同ネーションの人々が、19世紀に人口の90%を失った天然痘の流行後に放棄された旧ハイダの村々から祖先の遺骨が取り去られていたことを知った。2つのハイダ コミュニティが遺骨の返還委員会を設立し、カナダと米国のいくつもの博物館からの祖先の遺骨の返還を求めた。6年間にわたって、466人以上の祖先の遺骨の存在場所が突き止められ、そして返還された。遺骨の返還と再埋葬の実現までの過程は、ハイダのコミュニティの人々にとって感傷的な旅となったが、文化的な知識と活動の復興を刺激すると同時に、コミュニティの人々の心の癒しの過程にも役立ってきた。祖先の尊厳ある埋葬を行なうために、ハイダの遺骨返還委員会の人々は、コミュニティの長老たちと語り、伝統的な埋葬の実践の仕方を調査し、その情報を用いて伝統的な価値観と方法に基づく再埋葬の儀式を工夫した。それには、遺骨を包むためのヒマラヤスギの皮のむしろの編み方、一人ひとりの遺骨を運ぶための蒸して曲げた木の箱の作成、返還と再埋葬の儀式の間それぞれの箱を覆うための、貝ボタンに描かれたクランの家紋で飾られた毛布の縫い方が含まれた。ハイダの芸術家たちが、蒸し曲げ木箱を作る工程を再学習し、その遺産についてハイダの10代の若者たちに伝えた。この過程はまた、現代ハイダ文化の活力の証である新しい歌と踊りを生み出す刺激となり、コミュニティの一体感をもたらした。祖先の遺骨の返還過程を通して、ハイダの人々はまた、訪れた博物館のコレクションの中にいくつもの大切な文化遺品を見つけ、いくつかの儀式用具の返還のための博物館との取り決めも実現した*13
 遺骨・副葬品の返還にとどまらず、儀式用具のような他の文化財を元あった場所に戻し、それらが元来意図されていた文化活動を実行することは、それらの文化財に関係する知識や権利を強化し、コミュニティの人々の精神的統一の保全にとっても重要である。そのような文化の保存活動は、それらの文化遺品に関係する信仰や価値観、活動の持続と永続化につながる。そこでは、その文化遺品そのものというより、それが存在する文脈とそれと関連する活動の保存が強調される。そのためには、文化遺品の「再社会化」、すなわち、遺品の無形の側面が意味を与える元の場所、遺品そのものが文化の無形の側面の新たな活動を刺激する可能性のある元の場所への返還が必要になる。こうした視点は、先住民族コミュニティの中での世代間の知識の伝達や遺産の無形の側面の保存と再生にとって儀式用具などの文化遺品がもつ重要性を強調する。先住民族のコミュニティの中には、博物館や研究機関からの文化財の返還は、植民地主義がもたらした精神的な苦痛と後遺症からの回復ともつながっており、その点で、文化遺品の返還は、先住民族の健康と幸福にも寄与する力をもっている*14。そういう観点から見れば、本稿ではそこには入らないが、遺骨や副葬品、そして他の文化遺品の返還は、例えば第24条の先住民族の精神的な健康の問題とも関係してくる。こうしたことすべては、「先住民族の知識と言語に基礎を置き」、「先住民族の知識が先住民たちを癒す必要」を説く「癒しとしての正義」あるいは「修復的正義」という先住民族の一つの「正義概念」にもつながる*15。遺骨・副葬品、その他の文化遺品の価値は、研究者たちが「過去を知る」という価値や利益よりもはるかに大きな価値をもっているのである*16

e)第18・19条とFPIC(01.31 投稿)
 先住民族にとっての主要関心事の一つが、国家の政府が先住民族からのインプットがほとんど、あるいはまったくないままに彼・彼女たちに影響を及ぼす決定を行い続けていることである。それは、政府(文部科学省)のアイヌ遺骨・副葬品の返還ガイドラインの作成についても、また着々と進められている盗掘されたアイヌ遺骨・副葬品の新たな研究技術の材料化についても当てはまる。
 UNDRIPの多くの条項(第3-5、10–12, 14, 15, 17-19, 22, 23, 26-28, 30-32, 36, 38, 40-41条)が政府の政策決定過程への先住民族の参加と関係していることが、この原則が人権享受にもつ重要性とそれに対する先住民族の関心の高さを物語っている。特に第18条と第19条にはこれまでも言及したことがあるが、第18条は、先住民族自身の手続きによって選んだ代表を通じて決定作成過程に参加する権利と、独自の決定作成制度を維持・発展させる権利を明記しており、第19条は、先住民族に影響を及ぼしかねない立法上または行政上の措置を採択して実行する際には、その前に国家の政府が先住民族との誠実な協議を行って自由で事前の情報に基づく同意を得なければならないことを記している。これらの条項は、国家と先住民族との関係において歴史的に繰り返されてきたいわゆる「上からの選抜(cooptation)」を自主的・主体的な参加と同一視することで国家がその行為(政策)を正当化してきた政治手法に抗する先住民族の意思が込められている*17
 そのような背景で、国家の政策決定過程への先住民族の参加の度合いと質を測るための主要な基準の一つが、自由で事前の情報に基づく同意(free, prior and informed consent)、いわゆるFPICの原則である。これは、UNDRIPの6つの条項(第10、11、19、28、32条)で明瞭に要求されているが、第3条の先住民族の自決権の行使の「必須要件、前提条件、そして表明」としてより幅広いつながりをもっている*18先住民族の課題に関する国連常設機関(PFII)が2005年に主催したFPICの「方法論」についてのワークショップの報告書は、「多くの参加者」がFPICを「実質的な枠組みとして」「先住民族による自決権の行使にとって不可欠であり、土地、領域、および資源に対する先住民族の諸権利の不可欠の部分である」と考えていると結論に記している*19。また、FPICは、先住民族のコミュニティが政策決定に関与する権利を有するという集団の権利であるが、先住民族の遺伝子研究への関与に関しては、コミュニティの中の個人や影響を受ける家族・親族のFPICの権利も重要になってくる*20
 PFIIのワークショップの「報告書」には、先住民族が事前に十分な情報を得た上で自由な決定を行うために必要な「情報」の諸条件に関する勧告も含まれている。事前に提示されるべき「情報」には、a)提案されるいかなる事業または活動についても、その性質、規模、速度、可逆性、範囲;b)その事業および/あるいは活動のための(諸)理由または(諸)目的;c)それらの期間;d)影響を受ける地域の位置関係;e)予期されそうな経済的、社会的、文化的および経済的影響の暫定的評価;f)提案されている事業計画の実施に関係しそうな人々(先住民族、民間セクターの職員、研究機関、政府職員、その他が含まれる);g)事業計画が必要とする手続きが含まれていなければならない。
 先住民族の権利との関係での近年のFPICに関する研究はおびただしい数に上っているが*21、そのような研究の幅広さからも分かるように、FPICは、先住民族に大きな影響を及ぼす計画や施策に関する先住民族と政府との協議や交渉の枠組みとしても幅広く適用される。PFIIのワークショップがFPICが適用されると確認したいくつかの主な課題領域の一つは、先住民族の土地・領域・資源およびその生活様式への影響に関係しており、それには開発によるものの他、「考古学上の発掘」などの「探査」をはじめとする先住民族の「聖域」も含まれている。ラウンドテーブルの「報告書(案)」は、開発や調査のための考古学上の発掘に関してアイヌ先住民族としての権利を何も考慮しておらず、発掘によって出て来る遺骨や文化遺品の「研究のあり方」から論を始めている。また、もう一つの課題の領域は、先住民族に関係する、または影響を及ぼす「政策および立法」に関するものである。
 ワークショップの「報告書」には、FPICの質に関する解説も含まれている。「自由な」とは「強圧、脅し、操作」のどれも含まれないこと、「事前の」には「同意が活動のいかなる認可と開始にも十分に先立って求められるべきである」ことと、先住民族の側の協議や意見一致の形成過程の時間的要求に対する敬意が示されることが意味されること、そして「情報に基づく」に意味されることは、「少なくとも」前掲の「情報」の諸条件として挙げたa)-g)をカバーする情報が提供されることである。「同意」の過程には、先住民族自身の「自由に選ばれた代表および慣習的その他の制度を通じて」の協議と参加が極めて大事であることも確認されている。
 その他、結論には、既に述べたことでもあるが、FPICがいつ、誰に、どのようにして、どのような手続きや仕組みの中で求められるべきかも述べられている。その中で特に重要と思われることとして、「先住民族はどの代表機関が影響を受ける民族またはコミュニティを代表して同意を表明する権利を有しているのかを明示するべきである」という指摘がある。アイヌ政策過程、そして本稿の具体的な課題のアイヌ遺骨・副葬品の今後の取り扱いに関して、これまで北海道アイヌ協会、それも特に数名の「幹部」だけが「上からの選抜」によってアイヌを代表している形になっているが、これをアイヌの他の団体や同協会の非会員のアイヌがどう見なすのかが重要な課題となるであろう。
 さらに、これまでのアイヌ政策過程を検討する上で、ワークショップの結論の次の指摘は有益である。すなわち、FPICの「中核の原則として、FPIC過程におけるすべての側[の当事者]は、いかなる提案された合意/開発/事業計画をも討論する平等な機会を持たなければならない。『平等な機会』とは、コミュニティが・・・十分にかつ有意義に討論するための財政的、人的、および物質的な資源への平等なアクセスを意味していると理解されるべきである」。また、これまでの過程に挑戦したり、独立して検討・評価する手続きを確立することで、FPICのあり方を強化することができ、FPICの要素が尊重されてこなかったと結論されれば、既に与えられた同意の取り消しにもつながるであろう*22

f)土地、領域、資源に対する権利
 この項は省略するので、第25条~第30条および第32条の土地、領域、資源に関する先住民族の権利と本稿の課題との関連は、当面、ここから始まる「強制移住と土地・資源」シリーズの(1)~(17)を参考にされたい。また「報告書(案)」が言及している第31条に関しても、当面、ここの「先住民族の『現代史』―バイ植民地主義と遺骨・遺伝資源条項の起源を問う」他を参照されたい。

<続く。>

P.S.(02.07):昨夜見たのだが、北海道アイヌ協会日本考古学協会、日本人類学会の3団体が「報告書(案)」についてパブリックに求めていたプライベートなコメントが43件出されたと、北海道アイヌ協会のサイトに報告されている。

*1:この段落は、読むたびに怒りが湧いてくる。

*2:

*3:もしかしたら、学術研究論文では存在するかもしれないが。

*4:日本語訳は、市民外交センター仮訳である。

*5:引用した英文に引いた下線部、すなわち、“origin,”が“origin or”に変わっただけであり、これは、語法的につながりを明瞭にしただけのものと理解できる。

*6:Weblio辞書』 http://ejje.weblio.jp/content/practiceOxford Living Dictionaries https://en.oxforddictionaries.com/definition/practice.

*7:また、「科学的に」以下は、「人種差別撤廃条約」の前文第6段落(「人種差別撤廃宣言」の前文第5段落)の「科学的に誤りであり、道義的に非難すべきであり、社会的に不正かつ危険であり・・・」(筆者訳)という文言を利用しながら、「法的に無効であ[る]」と付け加えることで強めている。

*8:UNDRIPは、先住民族だけに「新たな権利」や「特別な権利」を創り出しているのではなく、むしろ先住民族の現存する生得の人権の継続的な否定と侵害を正すために必要な文書なのである。従って、第1条や第2条が示しているように、UNDRIPは、先住民族の権利と現存する国際人権法とを明瞭に結び付けている。その意味で、UNDRIPは、「先住民族とその文脈に現存の人権がどのように当てはまるのかを説明する解釈的な文書」であり得る(Ibid., pp. 8-9.)。過去の投稿で取り上げたことがある落合研一氏が「国連宣言に記された権利は、①それが民族的属性に基づいて認められるものならば、憲法の保障する権利の固有性と、②先住民族あるいは先住民だけに保障されるものならば、同権利の普遍性と、③先住民族という集団をも権利主体とするものならば、同権利の享有主体が個人のみであることと矛盾することになる」(落合研一「『民族共生の象徴となる空間』構想の憲法的意義」『国際人権ひろば』No.108 (2013年3月発行号))と現在も考えているとすれば、少なくともこの第1条と第2条が意味することを十分に理解されていないと思われるが、このことはこの投稿以外のところで別途取り上げて、もう少し詳しく論じる必要があるだろう。あるいは、ここのP.S. #3でお願いしておいたから、「国際人権」を生業としているどなたかが既に論じてくれているのであれば、そちらを参照して戴ければよいだろう。

*9:「国有財産」としての先住民族の遺骨や「遺伝資源」は、国家統合のための戦略的資源としても利用されている。このことについては、後述するか、別途に取り上げたい。

*10: 

*11:

*12:Cf.平田剛士「祖父から父、そして息子へ 『アイヌ』を引き継ぐ・受け継ぐ」『週刊金曜日』(特集 アイヌ民族)2016年8月26日(1101号)、26-27ページ;北大開示文書研究会のウェブサイトに公開されている「アイヌの遺骨はコタンの土へ、歴史的な再埋葬を語る集い」の高月勉氏の報告「遺骨を迎えたコタンの末裔の思い」葛野次男・大喜父子による報告「コタンによる葬送の復活」。

*13:

*14:

*15:Cf. ラッスル L. バーシュ「正義の質を評価する」の「訳者あとがき」『ウレシパ・チャランケ』 No. 50(2015年11月)、pp. 35-36.

*16:「大きな価値」として比較することは、必ずしも的を射てはいないかもしれない。遺骨・副葬品、その他の遺品がもつ価値について、そしてそれらが関係する「過去」がもつ意味についての先住アメリカ人と考古学者(人類学者も含まれる)の認識の根本的な違いと考古学者の側のその認識の転換の必要については、本連載の②で言及したZimmermannの「過去のコントロールを共有する("Sharing Control of the Past")」が一つの参考となるだろう。それをここに挿入することも考えたが、そうすると脇道に大きく逸れそうなので、今は控えておくことにする。

*17:Cf. 「『参加』の中身」

*18:

*19:Permanent Forum on Indigenous Issues, “Report of the International Workshop on Methodologies regarding Free, Prior and Informed Consent and Indigenous Peoples,” UN Doc. E/C.19/2005/3 (17 February 2005).

*20:これについては、先住民族への差別との関連で後述の予定。

*21:例えば、Toni Bauman et al. (comp.), “Free prior and informed consent, engagement and consultation: An emerging bibliography” (AIATSIS, June 2015).を参照されたい。

*22:PFII, op. cit.