AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

先住忍法(w/ P.S. X 8)

 4月から北大で標記の科目が受講できるということで、札幌市民の間で話題になっているとか聞こえてくるのですが、検索にも挙がってきません。どなたか、ご教示下さい。忍法雲隠れとかして、子どもの頃よく遊んでいました。
 答えが分かったら、この投稿は削除します。

P.S.(02.13, 14:30):3件の反応を重複を避けて部分的に抜粋します。

「先住忍法」ほほほ(*_*)オモシロイ😅 尾も白いは「白い犬」謎かけ古いか❗ 先住忍法解ったら教えて👂?

 ???・・・・

http://www.juris.hokudai.ac.jp/ug/current/list/
下の方の「特殊講義」

堅物に見えるらしい私には、うまいジョークで応えられないのが残念です!(^^)! 今日一日考えます(*^_^*)

 なるほど、「特殊講義」に分類されているわけですね。「一日考え」て時間を無駄にしないで下さい。
 「先・住民法」、「先住・民法」、「先住民・法」・・・。3つ目でしょうね。人類学(Anthropology)で既に開講されていても良さそうな名前の科目ですね。いつから開講されているのでしょう。

落合先生の「先住民法」ではないですか。これ、ご存知ですか? http://www.osc.hokudai.ac.jp/kankyo2015/special-2_2.html

 はあ、「ジャパニーズ ファースト、アイヌ レイター(or ラスト)」ですか。
 その「先住民法」の「特殊」な「講義」の内容って、どんなものなのでしょう。どこかに「議事概要」、いや「講義概要」とか、リーディングリストも含めたもっと詳しいシラバスとかが公開されていたら、ご教示いただけますか。
 もう時間がなくなってきましたので、夜にもう少し書き足したいと思います。この投稿はこのままにしておきます。

P.S. #2(02,13, 23:19):「先住民法」の話を続ける前に、「尾も白いは『白い犬』」さん、例外です。
f:id:Don_Xuixote:20170213231935p:plain
Source: here.

P.S. #3(23:50):P.S. #4に書こうと思っている内容が長くなりそうなので、先に結論めいた部分を書いておく。
 「先住忍法」、いや「先住民法」が「先住民[族/国の]法」(Indigenous Law)を教える科目であるとすれば、それは非常に興味深いことをいくつか含んでいる。まず、天下の北海道大学法学部のカリキュラムにおいて、ようやく「先住民[族/国の]法」が「特殊[な]講義」として入った。それは大事なことである。日本の他の大学の法学部で「先住民[族/国の]法」をカリキュラムに有しているところがどれだけあるか、探してみるとよい。

 しかし、その中で何が教授されているのか、現時点で私はその内容についての情報・資料は持ち合わせていないのだが、それゆえに非常に興味を惹かれるところである。内容のみならず、それを担当する教員がその分野における学問的訓練を受けているのかということだけでなく、むしろ学問的訓練云々以上に、真に先住民族/国の立場からそのような科目が大学で講義されなければならなくなった歴史的背景を踏まえた上でその科目に取り組むに相応しい資格があるのかということも気になるところである。それは、半年の講義という制約から、もし仮に「アイヌ法」なるものがその科目の中で教えられているとしてもである。

 ずらりと並んだ法学部の講義科目の中で「盲腸(appendix=付録)」のように入れられている科目。それはまさに、歴史の中で先住諸民族が経験してきた取り扱いと地位そのものである。また「タラレバ」の話であるが、アイヌ民族に植民地支配が及ばずに、あるいは及んだ後でも、近年に出ては消えしている構想として、アイヌ民族が独自に大学を持ち、独自にカリキュラムを作ることができるとしたら、この「特殊講義」が現在の科目一覧くらいに広範な内容のカリキュラムとなり、現在の他の科目全部が1つか2つの「特殊講義」の中に押し込められていても不思議ではないのである。

先住民族の権利に関する国連宣言(第14条)
1. 先住民族は、自らの文化的な教育法および学習法に適した方法で、独自の言語で教育を提供する教育制度および施設を設立し、管理する権利を有する。
2. 先住民族である個人、特に子どもは、国家によるあらゆる段階と形態の教育を、差別されずに受ける権利を有する。
3. 国家は、先住民族と連携して、その共同体の外に居住する者を含め先住民族である個人、特に子どもが、可能な場合に、独自の文化および言語による教育に対してアクセス(到達もしくは入手し、利用)できるよう、効果的措置をとる。

(市民外交センター仮訳)

 一息ついて、もう少し続ける。

P.S. #4(0:54):メール対応で疲れてしまった。続きは、またにします。(⇒P.S. #5:続きは、もう無し。やめた。)
 真面目な話、アイヌ政策過程の中にも周囲にも「忍者」がゴロゴロいるみたいだ。

P.S. #6(02.15, 0:30):Pさん、「業績」リスト並びに現物をありがとうございました。でも、vs. D.X.ではないのです。現地で進行中です。私は、上述の通り、「やめた」!

歴史学の専門家でもないのに歴史の話をして大丈夫なのか、と不安に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私がここでお話しした内容というのは、あるものに基づいています。それは何かといいますと、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書」というもので、そこでは、全42ページのうち17ページにもわたってアイヌ民族に関する歴史的経緯が説明されています。


落合研一「アイヌ民族の過去と現在」、pp. 19-20.

 「大丈夫」じゃなかったみたいですね。いや、歴史を予言していたのかな? この方、研究者というより、行政官僚みたいですね。

P.S. #7(02.15):上の「これ、ご存知ですか?」のリンク先(http://www.osc.hokudai.ac.jp/kankyo2015/special-2_2.html)から。

たとえばの話。Aさんは3億円の豪邸に住み、愛車はフェラーリです。Bさんは3畳一間に暮らし、食料も満足に買えません。国から「おふたりとも、人としての価値は等しいですから」と言われて何もしてもらえなかったとしたら、Bさんは「平等だから仕方がない」と割り切れるでしょうか。

「幸せ」は物質的・金銭的価値で計れないという人もいることは言うまでもないだろうけど、その格差はどのようにして生まれ、場合によっては引き継がれてきたのだろうか。「有識者懇談会報告書」は、何と言っているのかな。「犠牲者の責任」論を展開しているという解説の通りなのだろうか。

・・・対話が重要。説明をして、質問をいただいて、それに答えて議論を深めていけば、理解してもらえることも少なくないはず。理解してくれる人が増えれば、民主主義の決定においても政策の必要性が認められるようになる

是非、18日の集会に参加されて、「対話」をして来られるとスッキリして良いでしょう。

P.S. #8(02.16, 0:48):今日は(も)疲れた。圧倒的に不利な状況と立場で対話をしても通じない。「話せばわかる」なんて、優位にある者が言う言葉ではないかな。甘いよな。

 「やめた」というのは、「先住民法」という科目の内容がいかにあるべきかということについて書くことである。