読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

強制移住と謝罪――インディアナ州とカンザス州の話題(w/ a new P.S.)

 一つ前の投稿に追記してタイトルを変え、2つに分けた。

 遺骨返還との関連でも謝罪(の欠如)が課題として上がっているみたいであるが、今日は主として強制移住に関してである。このブログ内でも検索して戴ければ過去の記事が挙がってくるが、アイヌの強制移住については、ここここ、そしてここなどで言及されている。

 昨年の4月1日に「高橋はるみ知事、アイヌ民族への謝罪を検討中」というエイプリルフールの記事を投稿したが、民族共生象徴空間PR合唱動画で歌っている姿からは、アイヌ民族への謝罪の考えなどまったくなさそうに見える。(この謝罪文草案のもととなる実際の謝罪の説明をしないままになっていることは自覚している。その後、某所に出す予定で書いていた原稿に入れているのだが、それをまだ書き上げていないためにここに出さないでいる。個人的には、お二方に種明かしは済ませている。)

 さて、本題に入る。Kokomo Heraldというアメリカのインディアナ州のローカル紙の電子版の意見欄に現地時間の4月15日付で掲載されている"Indiana Indian Day to apologize to Native American Indians"(先住アメリカン インディアンに謝罪するためのインディアナ州のインディアンの日)と題された投稿から少し辿ってみたことを紹介しておきたい。

 投稿によれば、投稿のタイトルでもある「インディアンの日」の集会が来週末の22日の午後に同州ロチェスター市で予定されている。謝罪は特に、銃で脅されながらインディアナから強制的に移動させられた2つのトライブに向けられる。1つは1838年9月に「死の踏み分け道(Trail of Death)」を辿らされたポタワトミ人、もう1つは1846年10月のマイアミ人である。2つのトライブの成員がこの集会に出席して、その物語を語ることになっている。

 ポタワトミ人の場合は、ロチェスター市のメインストリートを銃で脅されながら行進させられた。途中の水路で飲んだ水が原因で腸チフスに罹り、42人が死亡した。

 この投稿主でフルトン郡の歴史研究員であるシャーリー ウィラード(Shirley Willard)さんは、州が命じた強制退去(移住)に対する公式謝罪を行うようにホルコゥム州知事に要請したとのことである。カンザス州と連邦議会はそれぞれ、2013年*1と2010年に先住アメリカ人に対する謝罪を行っている。

 連邦議会による謝罪は、以前このブログに載せておいたが、上述の原稿に取り入れているので暫定的に下書きに戻している。読んで記憶または印刷している人もいるであろう。そこで、カンザス州の謝罪を取り上げて少し書いておこうと思う。

P.S.(04.17, 1:20):
 「カンザス」と言えば、別のカンザス(CANZUS)を思い浮かべる人も少しはいるかもしれない。国連人権委員会先住民族の権利に関する国連宣言草案作業部会で宣言を阻止しようとしていた主要国(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ)の頭文字を取って揶揄した呼称である。ここで取り上げるのは、それではなく米国中西部のカンザス州の知事による同州の先住諸民族への謝罪である。その様子は、プレイリー バンド ポタワトミ ネイション(PBPN)の公式サイトの"Governor Brownback Issues Apology to Native Peoples at 150 Kansas Commemoration"(ブラウンバック知事、カンザス150年記念式典で先住民族に謝罪)という2011年11月16日の記事に紹介されている。(この記事の日付けから、上記の2013年は2011年の誤りであろうと脚注に記しておいた。)

 現在のカンザス州は、南北戦争中の1861年1月29日にアメリカ合衆国(Union)に加入した。州名は、先住民族のコー(Kaw)ネイション(またはカンザ(Kanza or Kansa)に由来する。州都のトピカ(Topeka)は、「ジャガイモを栽培するのに良い場所」というコー語から来ているそうである*2。また、3年ほど前の記事で、このように書いたことがある。

 アメリカ インディアンでアメリカ大統領になった人物はまだいないが、副大統領になった人がいることはあまり知られていない。カンザス州のコー トライブの成員だったチャールズ カーティス第31代副大統領である。その時の大統領は、ハーバート フーバーである。

 さて、そのカンザス州の知事に2011年に就任したサム(=サミュエル)ブラウンバック氏が、トピカのカンザス歴史協会(Kansas Historical Society)で行われた記念式典で行なった演説の中で、同州の5つの先住民族の代表を前に、同州の先住諸民族への公式謝罪となる「宣言」を読み上げた。さらに同知事は、5つのトライブに1頭ずつバイソンを贈呈した*3
 以下に、PBPNのサイトの記事の中に引用されている「宣言」の最後の段落を引用しておく(強調は追加)。

NOW, THEREFORE, I, Sam Brownback, GOVERNOR OF THE STATE OF KANSAS, do hereby proclaim and recognize the special legal and political relationship Indian tribes have with the State of Kansas and the solemn covenant with the land we share, and commends and honors Native Peoples for the thousands of years that they have stewarded and protected the land of Kansas, and expresses regret for former wrongs and apologizes on behalf of the people of Kansas to all Native Peoples for the many instances of violence, maltreatment, deception and neglect inflicted on Native Peoples, and resolves to move forward with the recognized tribes in a positive and constructive relationship that will help us fairly and effectively resolve differences to achieve our mutual goals and harmoniously steward and protect this land we call Kansas.

 面白いのは、ブラウンバック知事は共和党員であり、2016年の世論調査で全米で最も不人気な知事にランクされたり、トランプ大統領によってローマに本部のある国連の食糧農業機関に米国大使として任命される候補にも挙がっている*4

 ブラウンバック氏は、州知事になる前は連邦議会上院の議員であった。彼は、2004年以来、上院議会で全米の先住民族に対するアメリカ政府の謝罪を実現させようとして、コロラド州選出のベン ナイトホース キャンベル(元)上院議員とともに謝罪法案(決議案)を提出していた*5

 上の「宣言」訳と「死の踏み分け道」の150周年行事について書くことが残っているが、また時間の取れる時に続けるかもしれない。

P.S.(04.18, 23:59):上の「宣言」――なんと、1文である!――の訳である。「死の踏み分け道」の150周年行事については省く。

さて、従いまして、私、サム ブラウンバック、カンザス州知事は、ここに確かに宣言し、インディアン トライブがカンザス州と有している特別な法的および政治的な関係と私たちが共有する土地との厳粛な誓約を承認し、先住諸民族がカンザスの土地の執事役を務めてそれを守ってきた何千年もに対して、先住諸民族を称賛し敬意を表し、かつての悪事に対して悔恨の意を表明し、カンザス州民を代表して先住諸民族に与えられた暴力、虐待、欺瞞、そして怠慢の多くの事実に対してすべての先住諸民族に謝罪し、私たちが公平にかつ効果的に違いを解決して私たちのお互いの目標を達成し、私たちがカンザスと呼ぶこの地を調和的に世話をして守ることの助けとなる積極的かつ建設的な関係で、承認されたトライブとともに前進することを決意します。

*1:後述のように、2011年ではないか。

*2:Cf. Kaw people

*3:まだ243回しか視聴されていないが、そのバイソンの映像である:Bison for Kansas 150 Tribal Event

*4:Cf. Sam Brownback

*5:2009年には国防歳出法案の一部としてオバマ大統領によって署名されて立法化された。また、ブラウンバック上院議員が2010年5月に首都のワシントンD.C.でも謝罪したことは、2010年11月24日の「オバマ大統領、謝って下さい」で言及したことがある。