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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

「先住民族」ということば(2)(w/ P.S. #7~P.S. #11)

「訳語としての『先住民族』(w/ P.S. X 6)」を改題(04.29)。

 "trained incapacity"に進みたいのだが、この際だから、訳語としての先住民族」についてもう少し書いておこう。

 上で取り上げた「『先住民』ということば」における談話だけに限って言えば、4人とも"indigenous peoples"の"indigenous"の部分の話に終始しているように思える。上村氏も最後に、「原住民族」か「先住民族」かという対比で話を終えている*1

 上述の論稿を1985年に執筆した際には、紙幅がなくて「先住民族」の使用の説明はしていなかったのではないかと思う。しかし、その後の翻訳や論稿の中では、紙幅が許す限りの長さではあるが、説明を入れておいた。すべて今この場所には置いていないので、正確な確認はできないことをお断りした上で、その頃私の「周辺」ではなく、私の頭の中で「選択した思い出」を記しておくことにする。

 1980年代後半、文化人類学者だけでなく学者に向けて書いているなどという意識は0であったにもかかわらず、先住民族の運動に関わっているということもあって親しくしていたローカルな――「ロー カルチャー」ではないよ――市民運動家が私のことを文化人類学者と思い込んでいたというのは皮肉なことであった。課題は、当事者にどう伝えられるかであった。
 その頃、国連先住民族運動の最大の焦点/争点は、"peoples"の同権を国際社会に認めさせることであった。2つの国際人権規約の共通第1条に謳われている自決権を有する"All peoples"に先住民族も等しく含まれることを認めさせることであった。当時の国連の中ではまだ、先住民族を"Indigenous Peoples"とは認めず、作業部会の名称や各種の文書において"indigenous populations"が使用されていた。
 まず、この2つの違いを日本語でどう分けて表記し、伝えるかという課題があった。私は、その辺のことを日本語で「訓練」されてはおらず、ましてや日本の文化人類学界に「先住民」とか「先住民族」という言葉があるかないかとかどうでもよかった――こういうことすら、当時は考えてなかった。
 上村氏が挙げている「原住」については比較的早く、また容易に候補からはずれた。それがもたらす不毛な議論が容易に想定できたし、アメリカでは既に持ち上がっていることを知っていたからである。私の中で一つのヒントになったのは清水知久氏の『米国先住民の歴史』という本のタイトルである。べつの清水氏(清水昭俊「先住民,植民地支配,脱植民地化――国際連合先住民権利宣言と国際法――」『国立民族学博物館研究報告』32(3): 307–503 (2008))が後に主張しているような意味で、清水知久氏が「先住」の「民」を意味していたのか、それとも「先」の「住民」を意味していたのかは知らないが、いずれにしても、「民」にも「住民」にも――当時はまだ「住民運動」や「住民の権利」も今以上によく見聞きしていた――国際法上の"a people"は当てはまらない。
 "populations"は、国連も含めて国際社会が先住民族に自決権を否定するために用いていた言葉であり、不可算名詞としては「人口」とか「住民数」という意味であり、ここでの用法では「住民」とか「人口集団」であり、また生物を数える際に「個体数(群)」として用いられる言葉である。それゆえに、先住民族は、その言葉が自分たちに適用されることを強く拒絶した。(因みに、1980年代後半には意識していなかったが、今日、アイヌ「人骨」や人体組織を研究している自然/分子/遺伝人類学者は、この「集団」(populations)を使用している。)

 当時の私の手元には、国際人権規約に関する小冊子があった。しかし、これには2種類の"peoples"の翻訳があって、片方は「民族」と訳し、もう片方は「人民」と訳していた。また、書籍やメディアでは「民族自決権」という言葉を目にしていた。この状況は今でもあまり変わりがなさそうで、日本政府の公式訳では"peoples"は「人民」と訳されているが、社会的には「民族」と訳しているものも存在している(例えば、このWikipedia記事。)
 その後、アフリカの民族問題をマルクス主義の立場から研究していた地元の大学の国際政治学の先生に、「民族」とするか「人民」とするかで意見を聴いてみた。その先生は、「人民」という言葉は階級性の重荷を負っているというような話をされた。思い出されたのは、中華人民共和国朝鮮民主主義人民共和国、人民戦線などの言葉である。"Indigenous Peoples"とその運動は、階級闘争と同一ではない。しかし一方、「民族」には、階級性を重視する立場だけでなく、過去の民族主義の負の歴史的経験から、日本国内では支持が広がり難いかもしれない。しかし、どちらかを選ばなければならない。私の中で最後に決め手となったのは、当時それを読んでもらいたいと考えていた人たちが自らを「アイヌ人民」ではなく――一部にはそういう人もいたかもしれないが――「アイヌ民族」と称していたことである。そうして、"peoples"には「民族」を充てることにした。

 では、"indigenous"はどうするか。「原住」が早めに消えたことは、上に書いた。日本語で最も近く、より正確に"indigenous"を表すには「土着の」であろう。今日そうであるように、「先住の」とすれば、ただ単に時間的な前後関係にされてしまいそうだとも思った。しかしここで考えたのは、「土着民族」がアイヌ民族に受け入れられるだろうかということでもあった。そして既に、4者の談話でも言及されていた通り、そして清水知久氏が用いていた通り、「先住民」という言葉が存在していた。こうした経緯から、"indigenous populations"に既存の「先住民」――後にもう少し解説を付して、「先住住民」と表記したこともある――、そして"indigenous peoples"に「先住民族」――その後、時には「先住民族/人民(a people)」――と表記するようになった。

 私は、私の「先住民族」と「先住(住)民」の使い分けを強要するつもりはない。少なくとも"indigenous peoples"の"peoples"の承認のための闘い、そしてそれに付随する自決権が明確に理解し得る訳語であれば、書き手が使いたい言葉を説明を付して、かつ一貫性を持ち得るように使ってもよいと個人的には考えている。
 しかしその一方で、「民族/人民」としての先住民族の否定に、彼・彼女らの民族の同権を否定する政治的意図が込められていることも事実である。法律、特に国際法を専門とする/していそうな研究者が、先住民族の権利に関する国連宣言を「先住民の権利に関する国連宣言」と呼ぶのは、もうその時点で、その人物の立ち位置がどこにあるのかが知れるというものである。2年くらい前だったかと思うが、そういう論文に出合った。まだ若い研究者のようであるから、敢えて名指しで批判することは控えておく。ゆえに出典は記さないが、フェアネスのために記せと本人が主張するのであれば、記してもよい。
 その論文の「はじめに」の冒頭に、こう書いている。

 近年、先住民をめぐる法的環境は変わりつつある。代表的なものとして、まず挙げられるべきは「先住民の権利に関する国際連合宣言(United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples)」(以下、「国連宣言」とする)が2007年に採択されたことであろう。

短縮して繰り返しを避けてくれて読む方にとってもありがたいが、こう来れば、上述したように、この宣言のために約30年間の苦闘を強いられてきた人々の真意をまったく理解できていないか無視していると冒頭から思わざるを得ないのである。そして「はじめに」と「おわりに」では、延々と「先住民」が繰り返される。(その一方で、本文では出てこないのも面白い)。そして、「おわりに」の締めくくりでスチュアート ヘンリ氏が引用されているところで、「なるほど」と私は思ったのである。

 なぜ"Native"ではなく"Indigenous"だったかは、またいつかの時のために保留しておこう。また、「Looking Back(回顧)」で書いたように、こういうこともあった。

 "Against"の初期の投稿では、「先住民族」を論じる時に必ずと言っていいほど定義がどうのこうのという入口の議論で時間や労力を取られてきたため、そういうことを避けて課題や争点(issues)に入りたかったこと、そして素性を隠す意味もあって、「先住民族」という言葉は使わずに、"Indigenous Peoples"を「土着人民」という訳語にして書き始め、文体も私が普段こだわっている書き方を一部変更して書くことにしていた。ここでも面白いことに、「土着人民」という言葉は、「ネイティブ アメリカン」と同じように、「土着の日本人」を引き付けた感じがあった。

P.S.(04.28, 14:26):2つに分けてみて、昨日のアクセスの急増の意味が分かった。「演歌」に引かれて来たみたいだ。それは冗談として、このブログの監視役がいるみたいでもある。
 この記事は、今夜もう少し続くだろう。

P.S. #2(21:40):ILO 107/169号条約改定時と「国際年」の「先住民族

 1988-89年のILO 107号条約の改定時には、同時通訳が参加していた北海道ウタリ協会の代表団に、ある悲惨な混乱をもたらしてしまったことがある。

 周知のとおり、1957年のILO 107号条約のタイトルにも本文にも"populations"が使用されている。改定に臨む先住民族の目標の中心には、169号条約のタイトルのみならず、条約全体に"populations"を"peoples"に置き換えて、自決権を承認させることであった。
 1988年の改定委員会の審議には日本政府代表団と総評の代表団が出ていたため、(たしか日本政府の資金によって)同時通訳者がブースに配置されていた。
 しかし、このエピソードをここで披露するのは勿体なさすぎる。後生大事に墓場まで持って行く方が良かろう。

 訳語の話を続けると、もう一つ厄介な展開が待っていた――1993年を前にしてのことである。1992年12月に国連総会は、1993年の国際年を定めた。 そのタイトルは、"International Year of the World's Indigenous People"である。さて、読者諸氏よ、あなたはこれをどう訳しますか。

 一旦中断。(と言っても、コメント機能は停止しているから返事は入らないな。不思議なことに、ブックマークのアイコンを非表示にしていた時も今もコメント書き込み不可にしているのに、保存された先には可能となっている。)

P.S. #3(23:20):ブックマークに「どういう訳語を用いるかは国際条約(権利義務関係)に関わる場合特に重要で訳語・定義自体で全てが決まることがある。どの様な内容を権利に盛り込むかとも関わる。決定的に重要で疎か[に]できない。」というコメントが入っている。

 確かに、30数年前に「先住人民」としていたら、上村氏も「『人民』としての先住民族」(下線追加)という窮屈な言い方をしなくて済んだのかもしれない。(もっとも、1985年以前に誰かが「先住民族」と使っていて、それが定着したのかもしれないということもある。)「土着人民」としていれば、「先住権」という言葉もさほど聞かれなくなっていたかもしれない。「人民」としていれば、頑なに「先住民」に固執する研究者は別の問題を扱っているのだということが分かりやすくなっていたかもしれない。
 しかし、「人民」としていても、問題が解決していたわけではなかろう。現在「民族」と称されていて国家の内に置かれている人々の存在を「人民」の下位に置くことにもなる。それによって、現存の「西欧国民国家体系」の現状維持につながるし、「民族」の自決権を認めない論理にもつながりそうである。そういう意味も含めて、政府の「人民」という訳が合っているのかという問題も出て来る。そもそも、「(先住/アイヌ)民族」とは何かなどと煩く問う人々は、「人民」とは何かとも同時に問うべきである。
 2つの国際規約だけでなく、日本政府の国連憲章訳は「われら連合国の人民は」で始まる。ここの「人民」は当然、"peoples"の訳であり、「諸人民」である("We the Peoples of the United Nations")。アメリカ合衆国憲法は、"We, the People of the United States"で始まり、国連憲章の土台であるが、その正文は日本語ではないとはいえ、合衆国政府の広報機関の訳は「われら合衆国の国民は」となっている*2。さらに、前にも取り上げたことがあるが、合衆国憲法が影響している日本国憲法では、「日本国民は」で始まり、「諸国民との協和による成果と・・・」と続き、首相官邸によるその英訳は"We, the Japanese people... the fruits of peaceful cooperation with all nations"となっていて、「諸国民」を"all nations"としている部分には違和感があるが、ここでの問題に絞ると、米国は"people"を「国民」、日本は「国民」を"people"と訳しているのである。
 ややこしくなってきているかもしれないし、延々と続きそうなので、また、ここから先は「アイヌ民族」との関連で既に書いてある原稿へとつながってもいるので、それはいつかどこかで出すということにして、この辺で切って、まだ残っている課題へと移ることにする。ということで、さて、日本政府の国際人権章典の訳に合わせて、今後「先住人民」か「土着人民」に変えてみますか?――もっとも、日本政府も「先住民族」と訳すようになっていますが。

P.S. #4(04.29, 0:50):上に、かつて文化人類学者と勘違いされていたと書いたけれど、昨日は某ブログで「国際法学者」と紹介されていたことに今気づいた。違いますよー。そもそも、私は「学者」と呼ばれるような代物ではありません。

P.S. #5:「国際年」のタイトルをどう訳出したのかという問題を忘れるところだった。遅くなったから、手短に結論だけを書く。
 上述のように、先住民族は"peoples"とすることを求めていたのに対し、それに反対する政府は"populations"としたかった。そして、その妥協点として出て来たのが"people"であった。言葉の上では"peoples"に近いように見えるが、これは"a people"(「民族/人民」)の複数形ではなく、"a person"(個人)の複数形であり、先住民族の闘いの目標ではなかった。しかし、「国際年」の名称として決まった。私が選んだ表記は、「先住民(族)」というものであった。先住民族の思いには一歩前進したが、まだそこには至らず、本質は「先住民」であるという意味を込めていた。

P.S. #6これには笑ってしまった。こりゃいかん。これからは心を入れ替えて、もっと真面目に書かなければ! 「国際法に基づいた最新の動き」にゴジラキングギドラでは・・・。

P.S. #7(04.30):ブログの開始時くらいに書くべきことを、最後に近くなって書いた。私には替え歌作りの方が期待されているみたいである。定例総会で合唱してくれるというのなら、考えてみてもよいが・・・。

P.S. #8(04.30, 23:59):この記事で言及した本、特にその後半を読んで、無性に腹立たしいのである。常本先生、「ただ・・・」(p. 128)何だったのでしょう。北海道アイヌ協会の加藤理事長は、当然この本を読まれたことでしょうね。

P.S. #9(05.04, 14:45):この連載で"This is it!"と言えそうだと思い、ブログはこのままにしておくべきか、閉じようかと考えていると、新しい方に紹介されたり、読者になってもらったり、過去記事に言及されているみたいである。閉じてしまうと悪いかなと思ってしまう。
 今日は久しぶりに竹内浩三という人の名を思い出させてもらった。こちらこそ感謝。(そこでも替え詩を作っていたとは!)

P.S. #10(05.07):ふと気になって調べたら、清水知久氏の著書の初版出版年は1986年のようだ。また別の機会に当時の記録――今ここにない――と照らし合わせてみないといけない。

 最近考えていること:このブログに一つの区切りをつけても良さそうだということ。北にも南にも行かず、地に埋もれること。

P.S. #11(05.08):そうそう、「先住民」に関しては「アイヌ新法(案)」を読んでいたかもしれない。

*1:もっとも、この特集における同氏の論文「『植民地問題』解決のための国連の歴史的努力と『先住民族の国際10年』」では、「『人民』としての先住民族」に言及している。(pp. 14-15)

*2:国連邦議会や先日取り上げたカンザス州知事先住民族への謝罪にも見られるように――これは非常に興味深い現象として注目して稿を起こしているのだが――あたかも"people"の下位に"peoples"の存在があるかのようになっている。そもそも、それがアメリカの1970年代からの"Indian self-determination/self-government"政策であるとも言える。