AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

非公開メッセージ(6/1~6/2)

 北海道アイヌ協会は、5月28日の定例総会で篠田謙一氏に講演させて、質疑応答のための時間はまったく用意しなかったらしい。
 北海道アイヌ協会は、政府のガイドラインに従って、自らの会員、しかも当該遺骨の祭祀承継者である会員の先祖の遺骨だけを選別して、その一体一体にペンリウクさんの遺骨に行なっているのと同じような同定作業を行ない、祭祀承継者の遺族からインフォームド コンセントを取り、「物質移転合意書」を作成してから「象徴空間」に移すことであろう。それ以外の方法を取れば、政府のガイドラインをはじめ、種々の手続き規定に反することになる。
 篠田氏は、『学術の動向』論文でも28日の講演でも、縄文時代の人骨と江戸時代末期から明治時代以降に盗掘された遺骨を、あたかもこれまで使用後に放り出されてきた遺骨と同じように、ごちゃまぜにして話をすることで、争点をずらしている。
 レジュメのタイトルは、「先住民族の人権と自然人類学研究――研究の今日的な意義について――」。レジュメを見る限り、どこで「先住民族の人権」について語ったのだろうか。一言もない!
 「アイヌの哲学」などどうでもよいと言っていた幹部にとって、系統樹やグラフは「科学」を十分に神秘化してくれるもののようである。
 ただ「DNA研究はだめだ」とだけ声を張り上げていたってだめだ。

 勝手に転載している人がいるから、もう少しだけ書く。

 「遺骨返還に関する考え方」を整理するということで、「遺骨に係わる問題点の解決」についてもレジュメに並べている。その最初には「発掘の経緯に関する問題点」は「事実関係の将来への継承」を「博物館での展示・啓発、情報の発信」だけで済ますような話をしたようである。学協会としての謝罪を否定し続けている人骨学者らしく、謝罪も賠償も出ていない。札医大に「たまたま」居合わせたという百々氏が明快に言っていたらしいではないか。謝罪などと言おうものなら、賠償とか補償とかにつながるから怖いのだと。政府の役人と同じ考えを代弁していたに過ぎまい。
 彼ら人骨学者には一人ひとりの死者の尊厳を冒涜したという発想などあるまい。彼らにあるのは、死者の功利に関する計量的・統計的な発想だけのようである。
 NAGPRAが政治家が干渉してできた政策だと批判していた人間が、ラウンドテーブルの「議論を踏まえて[奪取されたアイヌ遺骨の]研究への道すじが開かれると信じている」と言いながら、それが「国の関与無しには先に進むものではない」と、政治権力の介入を求めている。ならば、「国の関与」によってそれを阻止せねばなるまい。
 「人骨学者」よ、目的は手段を正当化するのか!? 少なくとも彼らは、そう考えているようだが、その目的すら怪しいものではないか。