AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

死者が平穏に休息する権利 vs. 「考古学者」の物質主義的価値観

 何度も言及してきたことではある。ここにおける「考古学者」には、墓掘りをしたり、埋蔵文化財として収蔵されている「近代」の遺骨に飛びついてDNA分析をしている自然人類学者も含まれよう。

 人骨の科学的分析に関して、私は個人的にこれに反対です。それは死者が休息する権利に対して無礼だと、私は信じています。しかしながら、考古学者として、私たちの目標は人類の過去のより良き理解を促進することです。抽出技術は、掛け替えのない骨、歯、そして埋蔵物の一部を抽出します。これらは、その人が誰であったかについて私たちにより良い理解を与えることになるでしょうけれども、一部の人々は、骨の一部を取り除くことは無礼だと論じることでしょう。それゆえに、死者の願いとその平穏な再埋葬が死者に与えられるべきです。考古学者として、私たちは、私たちの研究対象を分析する際に、私たちの物質主義的な価値観をその対象に押し付けているのです。この点で、上述の討論に基づき、私は、死者が休息のためにそっとしておかれる権利を持った人ではなく研究者の単なる物質であるという考えには同意しません。(略)

スコットランドの大学の考古学者の、博物館における死者の取り扱いの道義的課題を論じた2015年12月刊の論文の結論より。

P.S.:これも「研究者の正直な気持ちなのでしょう」って。
 この方は、昨年秋、京都に来ていたのかな?
 全文をお読みになりたい方には出典をお知らせします。

 昨夜は、前に書いたことがある、先住民族から採取された血液の今日的対処問題に関する有益な論文も見つけて「わくわく」し、むしろそちらについて書きたかったのであるが、他にやっていることが片付いていないし、遺骨問題ほどに読者の関心はなさそうだから、時間をかけてコツコツとやっていくしかない(コレ、意図せざるpun)。ここでも日本は大遅れだ。またそのうち(10年くらい経ってからだろうか)、「世界の潮流」が「大きく変わった」から「政府や関係する研究機関には、徹底した調査」をせよと、道新あたりが論じるだろうか。

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