AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

It takes two.(w/ P.S. X 13)

 すっかり勘違いしていた! 19日の夜、恐らく投稿された直後にこの記事を読み、その延長線上で最後に紹介されている26日の平取町シシムカ文化大学行事を見たものだから、てっきり平取のアイヌ遺骨を考える会(☜正式名はこれで良かったかな?)が篠田氏を招いたのかと思った。そこにこれまでお独りで(?)人類学者や考古学者と「対話」してきたらしい阿部氏が加わるようなので、その点についてはお二人に敬意を表さねばなるまいと思っていたのであるが、主催そのものは平取町のようで、ある意味では、アイヌ遺骨のDNA分析による「歴史研究」の推進派のPR活動の一環と言えそうである。平取町アイヌ施策推進課は、インターネット中継できないのかな。あるいは、少なくとも、何日か後にYouTubeに録画を投稿するとか。

P.S. #8(06.26):あれー、よく見ると、阿部氏の話は20分だ! 運営協力団体には、北大のシンクタンク沙流川ダム建設事業所も!
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P.S. #2(06.24):(某情報筋によると)奥村チヨの「恋泥棒」が、替え歌ではなく、そっくりそのまま合うのは、このお二人の関係なんだとか!

 阿部副理事長は、「対話」の結果、アイヌ遺骨を研究資料として差し出すことに賛成するようになったのだろうか。
 過日画像で紹介していた某地方のアイヌ協会の、阿部氏もよくご存知の若者は、その論稿でこのように主張しているのであるが、「本末転倒」の事態に繋がらないという確信はおありなのだろうか。
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 ところで、先日お知らせした第30回政策推進作業部会の「議事概要」の内容であるが、提示されているアイヌ遺骨の「地域返還の考え方」(p. 5以降)は重要である。重要さから言えば、それを転載しておきたいところであるが、今日はむしろ、この2人の発言を対比しておきたい(pp. 6-7)。

○ 今①~⑤の説明があったが、この中で、まず①の一番最初の尊厳ある慰霊の確保という観点は、非常に大事な問題だと思うが、⑤の一番最後の継続的な慰霊に努めること、これが本当に返還の基本的な考え方だと思う。実は今年になって、返還を去年受けた日高地区連合会の会合があった。そこに出席して、いろんな話を聞いたところ、今回、返還を受けるために、去年新しい組織としてコタンの会というものをつくった。それは今までの50年の北海道アイヌ協会の組織とは全く違う組織。そうしたら、そこの人たちが会合で、自分たちは、慰霊をしたくても慰霊の仕方がわからない。イナウという私たちが神様に上げる、供える、そのイナウの削り方もわからない。イチャルパの仕方もわからない、慰霊の仕方もわからない、教えてほしいと言っている。非常に驚いた。こういうことで、①~⑤の言っていることが達成できるのか。慰霊をするといっても、慰霊の仕方もわからない、お金もない、アイヌのそういういろんな儀式をするためのこともできないと言っているのだから、これをどういう具合に考えているのか。

 誰の発言とは書かないけれど、Tさん、これが先日お話しした「内面化されたレイシズム」というものの一つの表出形態でしょう。
 この発言から延べ10人後に、この発言がある。

○ 先ほどのイチャルパの方法がわからない、何もわからない、でも返してほしいといっている人たちがいるという話だが、実際に今、生きているアイヌ全員が全てアイヌプリを身に着けて、イチャルパができるわけではない。私はイチャルパをこだわってやるタイプだけど、イチャルパをやらないアイヌもいっぱいいる。やり方がわからないから教えてほしいというのならば、指導してやれるように育てていくというのも1つの方法だろうし、引き取った側が埋葬して、普通にお墓に埋めて、土に返して、それで自分たちの慰霊は成就するのだという考え方で引き取る人も絶対に出てくると思う。だからその辺を、イチャルパの仕方も知らない云々というだけではなくて、知らないのだったら教えてやろうという発想も必要なんじゃないか。(下線は追加。)

 自分(たち)が推進している「慰霊(と研究)施設」に是が非でも遺骨を集約せねば気が済まない、それが唯一絶対的なものであって異なるやり方を許せない――この考え方の根底にあるのは、アイヌ民族が晒されてきた「同化思想」と同じじゃないのかな?

P.S.:念のため、私が1年くらい前から注目して、その業績を追っているオーストラリアの文化人類学者兼医学博士は、次のように述べている。

[遺伝子検査は]決して誰かに、その人が先住民ではないということを語ることはできません。それは、ある人がDNA塩基配列の別の集団にどれだけ似ているかを示すことができるだけです。アボリジニであることに対する遺伝子試験は存在しません。遺伝子試験が実際に行なうのは、あなたの遺伝子配列をあるサンプル、別の誰かの遺伝子配列と、あるいはある集団の遺伝子配列と比較することだけです。

P.S. #3(06.25):あーあ、再編ならず崩壊か。

P.S. #4(06.25):今夜の二節。

世界的に、文化的自律の価値の認識が、植民地的態度へのより強い感受性と、地球上の至る所での先住民族の権利を承認する政治運動の拡大ともに増大してきた。植民地主義的慣行は、政治を越えて広がった。それには経済的および社会的システム、そして科学的システムさえ包含された。科学植民地主義とは、「その国についての知識の獲得のための重心が、その国そのものの外に位置しているところのプロセス」(ガルトゥング、p. 13)として定義されてきた。この定義を用いると、過去の[先住民族の]社会への考古学および自然人類学の研究調査は、科学植民地主義の一形態であると考えられ得る。研究は[先住民族の]国々の外で、外の科学者たちによって行われている。遺骨は外で収蔵されていて、これらの遺骨の研究から得られた知識は、一般的に[先住民族の]国々の外に広められている。

科学的研究過程の一貫性は、人道的関心事より重要ではないのか。ガルトゥング(同上)が論じるように、「知識は善きものとして知られているが、人間に関する事柄において、その知識がどのようにして獲得されたかということは取るに足らないことではない。」それが含蓄することは、研究対象が人間である考古学者、自然人類学者、そしてすべての他の研究者は、自分たちの研究方法が人道的かつ科学的条件において正当と認められるものであると確信していなければならない。

Cf. J. Galtung, "Scientific Colonialism: The Lessons of Project Camelot," Transition 5-6 (30): 11-15.

 以上を読んで訳しながら、改めてこの国の考古学者、人類学者、そして北海道アイヌ協会が頻繁に用いている「(社会への)還元」という言葉について思った。「還元」とは

1 物事をもとの形・性質・状態などに戻すこと。「利益の一部を社会に還元する」

 「原状回復」である。そして、遺骨もそれから得られてきた知識も、その元(もと)とはどこか。この社会の「外」である。逆にアイヌ民族の側から見れば、研究の中心地は「外」にあり、「外」の研究者たちによって「外」で研究(知識獲得)は行われてきた。還元する先は、この社会ではないはずである。

P.S. #5(06.25):確認したいことがあって過去の記事を読み直すと、遺骨の返還問題で一晩で大急ぎで書いていた頃の記事で間違いを犯していることに気づいた。こういう時はブログごと閉じてしまいたい気持ちになるのであるが、4本の関連記事のうち3本を訂正した。時間がなくなったので、残りの大元の1本は今夜にでも訂正することにして、下書きに戻した。すべて終えてから、もう少し説明を付け加えることにする。

 こういう時の慰めの言葉:

Freedom is not worth having if it does not include the freedom to make mistakes.
――Mahatma Gandhi
自由は、過ちを犯す自由が含まれていなければ、持っている価値がない。
――マハトマ ガンジー

だが、過ちに気づいたら、すぐに訂正して謝罪せねば。

P.S. #6(06.26):★「1,000年」のこと

 大元の記事というのは、2010年10月27日(もう6年半以上前)の「イギリスの『人体組織法(2004年)』と遺体・遺骨の返還」である。
 3学協会のラウンドテーブル(RT)報告書の「註2」でも言及されている「人体組織法」について、RTは研究利用可能な遺体の死亡後の年数に注目して、「100年」に言及している。私は、2010年当時、博物館の歴史が豊かな英国でどのくらい古い年代の遺体まで返還可能としているのかという情報を探していた。そこで、上の記事中にそのまま引用しているが――それゆえに、英語の読める読者はこの時点で間違いに気づいていたと思うのだが――、私は"de-accession"の条項を取り上げていた。

 "de-accession"――あまり聞き慣れない/見かけない言葉かもしれないが、これは、博物館、美術館、図書館などが資金集めのために収蔵物を売却できるようにその収蔵物リストから公式に取り外す(remove)という意味である。第47条2項では、私はその部分を「その収蔵物から遺体や遺骨をはずすことができる」と訳しており、"de-accession"の意味から"transfer"(移す)を「はずす」と訳したのだと(今振り返って)思う。ここまでは間違いではないだろう。(条文の下のリンクの2つ目から同条の注釈へ行くことができるが、その63にも"transfer"とあり、第47条のタイトルへの注目を疎かにしてしまったのだろうと思う。

 そして、収蔵品からはずすことが出来れば、2010年には既に実際に行なわれていたように、「返還」することも含まれると解釈して、導入部分で「同法の第3部第47条が、博物館などに収蔵されている人間の遺体や遺骨などを「帰還」させる(返還する)権限について規定している」と書いてしまっていたようである。だが、厳密な意味では、"de-accession"と"repatriation/return"は異なり、そこは間違いであったと言わざるを得ない。
 さらに、その延長で第3項に関して、「第2項の権限には、その関連物を一緒に返還する権限が含まれることを規定している」と解釈してしまったようである。(記事タイトルと合わせて、「返還」⇒「移管」と訂正した。)

 関連する記事が他に3本(これこれこれ)あったので――検索機能の便利さを再認識した!――それぞれで同じ訂正を行った。(廃刊となっている印刷媒体についてはどうしようもない。)

 もう1本ここでも「1963年の大英博物館法」と「人体組織法」に言及しているが、要望が来なかったので出典を記さないままになった文書の著者である先住アメリカ人の法学者も、「収蔵物から外してもよいことになっている」とか『博物館の収蔵物から人骨を移転すること』を可能としている」として、返還と結びつけて書いている。

 もし誰かにご迷惑をおかけしたとすれば、お詫び申し上げます。

千年の古都 都はるみ 21 1990' UPL-0020 posted by kazu1spx.

P.S. #7(06.26, 14:14):蒸し暑さがウンザリ感を2倍にする。いや、ウンザリ感が蒸し暑さを2倍にする。――どっちでもいいが、もし暫くこのままになっても、上の訂正や外からの「圧力」とは無関係である。念のため。

P.S. #9(06.26, 23:30):今日は朝7時台に多数のビュー数が記録されていた。冒頭の行事になのか、終盤の「訂正」記事になのか分からない。前から、考古学とか自然人類学とか「人体組織」とか書くと、その時だけ訪問しているような特殊な海外からのような検索サイト/アクセス元が記録されている。

P.S. #10(06.26):「道アイヌ協会が参画した検証・検討作業」って、いつ何を「検証・検討」したのだろう。私は、篠田氏の話よりも、こちらを聞いてみたかったし、あれこれと質問をしてみたかった。

P.S. #11(06.27):昨日の講座に参加した人の話では、篠田氏は道新の「水曜討論」の記事は編集に相当偏りがあると批判していたとのこと。私は、あれはご自身で書くか、校正を入れたものだと思っていた。そのうち取り上げようと思っていたが、これは扱わないことにする。その代わり、彼自身が書いたものを取り上げたいと考えているが、いつそれに取り掛かれるか、今のところわからない。
 昨夜の講座にもし自分が参加していたら聞いてみたいと思う質問を篠田氏に3問、北海道アイヌ協会No. 2としての阿部氏に6問、考えてみた。これらと同じような質問が会場で出たのかどうか分からない。平取の主催団体は、そのうち報告書のようなものを出すのだろうか。そこになければ、特に北海道アイヌ協会に対する質問を出してみたい。

P.S. #12(06.27, 22:03):26日の平取での講座にはアイヌの参加者が少なかったと聞いた。一方で、アイヌにはボイコットするようにとの呼びかけがあったとも聞いた。ツイッターとかフェイスブックでの呼びかけだったのだろうか。どこかに意思表明されているのだろうか。

 ところで、こちらの札幌市のアイヌ施策推進委員会の動きは関心をもって追っているわけではないのだが、政府の会議と同様、昨年10月3日の会議の議事概要を最後に、議事概要が公開されていない。「年間1~3回程度」と書かれていることと、前年度の開催状況から推測すると、今年の1月~3月に1、2回開催されていてもおかしくないと思うのである。
 第2回なのか第3回なのか分からないが、昨年度の会議でT委員長に辞めて戴きたいというような発言があったそうであるが、それと議事概要の非公開とは何か関係があるのだろうか。そして、これは政府の政策推進作業部会の議事概要の公開が大幅に遅れたこと(そして第31回分が未公開であること)とも関係しているのではないだろうか。感熱紙に記録しておいて、暫く時間が経って消えるのを待っているとか!?
 それにしても、T氏やO氏に辞めろと言っている――「いた」が正しいのかも――人は、S氏とは「恋泥棒」の関係になってしまって、そんなことは口にしていない感じだな。(先日、「水曜討論」の記事に関して、ツイッターでS氏を作業部会から外せという声が出ていたけれど。)

P.S. #13(06.28):次の記事を書こうかと思ってブログを開き、少しスクロールすると、講座のチラシの上部で止まり、「これまでの調査研究を問い、なおすために」とテーマが書かれている。「問い」の後に読点が入っているのはなぜだ?「問い直す」ではなく、「問い、なおす」。何か深~い意味がありそうである(笑)。二人は、「これまでの調査研究」の何を「問い」、何を「なおす(直す/治す)」という話をしたのであろうか。

 この動画は目が覚めるし、元気が出るから好きで、この二人に「捧げる」のはもったいない気がするのだが、どちらも片方ではダメ、想い(利益)が一致する「二人が必要」なんだという意味で。
Rod Stewart - It Takes Two (from It Had To Be You) posted by RodStewartVEVO.

 タイトルが決まった! P.S.もこれで終わり。

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Source: here.
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Sources: here and here.

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