AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アイヌ遺骨の「一体化」(w/ P.S. X 4)

 先月26日の平取でのシシムカ文化大学講座では、アイヌ遺骨の「一体化」という言葉が繰り返し強調されたようである。どうしても気になることがあって、このことについて、このブログの記事でざっと過去の流れを振り返ってみた。(読者には行ったり来たりが面倒だろうから、それぞれの記事から必要最小限の転載を行なっておく。)

 その前にまず、直前記事のP.S. #3にリンクを張ったが、2014年6月13日の「アイヌ文化の復興等を促進するための『民族共生の象徴となる空間』の整備及び管理運営に関する基本方針について」という閣議決定においては、実は、自然人類学者によるアイヌ遺骨の分子人類学的研究については一言も触れられていなかったのである。

 これより前の2014年1月31日の「第13回「政策推進作業部会」議事概要」には、このようなやり取りが載っていた*1。以下、下線や太字による強調は、今回新たに付すものである。

(略)
 また、遺骨の慰霊と保管については、研究者たちがアイヌの研究を進めることも大切で研究したいという気持ちも分かるが、保管と慰霊を別としたら、知らない間に遺骨がぐちゃぐちゃになったなどというのもすごく腹立たしいこと。私としては、できれば土にかえしたいと思っており、たとえ土にかえせなくて保管せざるを得ないのであれば、必要最低限の方法で守ってあげたい。余計な手には触れさせたくないし、汚されたくないという思いも含めて、絶対保管はアイヌが主導権を持って関わるべきであるし、それを監視し続ける必要があると思っている。
○ 遺骨に関する施設は保管すると同時に慰霊の場でもある。これはポロト湖畔の各ゾーンの中に置くのは異質である。また、全体の管理体制の中で遺骨に関する施設は、博物館等に置くのではなく、別の組織と言うか、別の管理部署というのを設けるべきである。博物館・公園と遺骨の保管・慰霊の場とは、ゾーンを分けて考えるべきである。
○ 別に分けるという話の具体像が見えていない段階ではあるが、アイヌの人たちの管理がきちんと見える組織でなければいけないという意見があり、その形が保障されるのであれば、どこに保管するかということはそれほど問題にならないのではないかと思う。
 特に実際は、象徴空間に集約後は研究以外の場面においても遺骨にアクセスしなければならない部分も出てくるかと思うので、完全に切り離した形はむしろ不適当であると思う。<この時点でのこの人の発言は、まるで研究が集約の主たる目的であると認識しているかのようである。>
アイヌの遺骨については、今後に渡って何をしなければいけないというかなり難しい問題があり組織として対応しなければならないと思うが、実務としては、アイヌの遺骨以外の遺骨を管理している博物館はたくさんあるので、博物館の中に一体化することに問題があるとは思わない。
○ 象徴空間において中心的な研究機能を果たすであろう博物館の組織との関係については、副葬品まで含めた話になると思うので、別にすることはかなり難しいのではないか、管理そのものがむしろ難しくなるのではないかと思う。
遺骨に関しては慰霊の場でもある。これは研究目的にも使用する。ただし、アイヌの許諾を得てという前提であり、これはアイヌの管理のもとに置かれた上で、遺骨の個体の特定などの返還のための基本的な調査をする場ということにおいて必要であり、そのための研究員は当然必要である。このような機能を置く施設は、例えば象徴空間の全体の組織の中の遺骨管理部などといった部門をつくるなど博物館の活動とは別な方向で考えていかなければいけないと思う。博物館はアイヌの人々の歴史や文化そして現在の状況を突き詰めるもので、人の歴史というものは博物館にはそぐわないのではないかと考える。
○ その人のルーツ、その人の食生活など副葬品も含めて私は骨から学ぶものであり、過去においてもずっとそうだったと思うし、将来にわたってこのことは絶対にアイヌ民族の理解のためにも必要であると思う。5年くらい前に北海道アイヌ協会の理事会できちんとそういうことをやるべきだと、やってルーツをきちんとすべきだということが決議されている経緯もある。象徴空間における博物館でこういった調査研究を行うことは義務だと思う。

第13回「政策推進作業部会」議事概要.

 2014年5月14日の投稿、「第16回政策推進作業部会議事概要」の中で取り上げている第14回作業部会(2014年2月28日)の議事概要には、次のようなやり取りがあった。

○ まず、大学において、頭骨や四肢骨がバラバラになっているかを調査し、象徴空間に遺骨を集約後は、爪の先1つまで遺骨を一体とすることこそまずやるべき研究であり、これが終わった段階で初めて人類学的な研究を行うことにするべきである。
遺骨を一体にすることとアイヌ民族の起源などを知るために行う作業は、性別や年齢の特定や仮に行う場合におけるDNA鑑定なども同じ作業とになるので分けて考える必要はないのではないか。

 こういう発言もあった。

遺骨を一体とするためにDNA鑑定が必要であれば行うべきである。この結果をきちんと残しておけば返還に役に立てることもできる。当然のことながら遺骨を一体化する場合、DNA鑑定に対する同意は難しい問題だが、アイヌの代表者の方々に同意していただき進めるべきである。

 この年の8月9日に行われた北海道アイヌ協会の「2014年 国際先住民の日記念事業」で表明された同協会の見解について、「盗まれたアイヌ遺骨の分子人類学的歴史研究と北海道アイヌ協会―― 補遺――」『ウレシパ・チャランケ』No. 47の中にこのような解説がある(pp. 11-12)。

(略)「集約」に関しては、「遺骨承継者に返還できる遺骨を除き、速やかに当該施設に集約し」、「一刻も早く恒久的な慰霊の体制を確立」し、「返還、保管、研究等のあり方を希求すること」としている(第3項目)。さらに、研究については、上述のとおり、「アイヌ人骨の調査・研究は、我が国におけるアイヌ民族先住民族たる時間軸と地理的偏在性の実証等から、とりわけ人類学、考古学等の研究が必須のものであると考える」とまで明言している(第4項目)。同項目は、次のように続く。

これら学術的取組みは、先住民族アイヌの歴史が、人類史の一隅を担う重要かつ欠くべからざる必要性を増すものであり、その調査研究は、アイヌ民族アイデンティティの基盤を確保すると同時に日本の多様性を実証し、根幹を形作るものでもある。(強調は追加。)

 第5項目では、「人類学研究をはじめとする学際的研究などの取組みは、アイヌ民族個々人の内心に関わることでもある」として、そうした研究の「取組みは、自らの民族や先祖について、知る権利を希求すること、アイデンティティの源、『縁(よすが)』を求めることであり、新しい共生の姿勢を自ら打出し、多文化社会のあり方に挑戦することでもある」としている。率直に言って、多くの説明を要する分かり難い内容であるが、明白なことは、協会は、植民地主義や人種主義による支配の下で当該遺骨が現在の状態に至った歴史的経緯の解明を「希求」して「知る権利」を行使するのではなく、遺骨の「人類学研究をはじめとする学際的研究」の結論に「アイデンティティの源」が存在するとの前提を置きながら、「北海道大学札幌医科大学、日本人類学会など」の、また「記念事業」で講演や報告を行った自然人類学や考古学の、研究者に「縁を求め」ているのである。昨年初期の政策推進作業部会の取材でしきりに「人権問題」と訴えて「集約」を正当化しようとしたアプローチが後方へ下がり、死者の尊厳を代償に、遺骨の研究によって「アイデンティティの源」を「知る権利」が強調されている。(*)


*諸外国における人権問題としての先住民族の遺骨の返還要求運動では、少なくとも3層の人権侵害が認識されている。1つは、過去において先住民族の(慣習)法制度や伝統が無視されて、自由で事前の情報に基づく同意(FPIC)が得られないままに墓地などから遺骨や副葬品、その他の文化遺品が奪取されたという人権侵害である。こうした過去の人権侵害と連結して、今日の2層の人権侵害がある。1つは、先住民族の(慣習)法や伝統に反して、かつ/または、FPICのないまま、奪った人物や機関(またはそれぞれの「承継者」)が遺骨や副葬品などを継続的に保有し続けていることであり、もう1つは、同じくそのような法や伝統に反していたり、FPICを得ずに、大学や博物館が遺骨や副葬品などを展示や研究、利益追求に利用していることによる先住民族の人権の侵害である。(略)

 この頃まではまだ、「一体化」という言葉は、現在のように「集約前」の「一体化」としては表立って使用されてはおらず、北海道アイヌ協会推していたアイヌ遺骨の研究は、現在篠田氏がしきりに強調していることでもあるが、「アイデンティティの源」としていわゆる「ルーツ」を知るということであった。(ひとまずここまで、昨夜下書きした半分くらいを公開にしておくが、この2つの要点を押さえた上で、続きに関心がおありの方は、またお出で下さい。⇒P.S. #2(23:45):いつになるか分かりません。

P.S.:26日の講演者は篠田氏vs.常本氏でも違った実りが得られたのではないかと思うが、平取のシシムカ文化大学講座の企画担当者には、ぜひこの問題も取り上げて欲しい。早いなー、もう5年か!
「尿からもアイヌの系統分析!」
「『アイヌ尿』と未成年者の同意」
この2本の記事については、続きで言及する。

P.S. #3(07.09, 0:01):先ほどこのブログで知ったのだが、新たに2件のアイヌ遺骨返還に関する訴訟が始まるようである。私の予測では、少なくともあと2件は訴訟が考えられる。
 第30回政策推進作業部会の議事概要を読んだ時に思った。そして、平取でのシシリムカ文化大学講座の様子を聞いて、もっと強く思った。今後、場合によっては、北海道アイヌ協会も訴訟の対象になるのではないかと。

P.S. #4(07.09):上に続けて書いておいた部分を出しておく。各論点に関する参考資料をつけるために出し控えていたのだが、まあ、これは「論文」ではないから不要だろう。

 <承前>
 しかし、このシンポジウムで北大の加藤博文教授が遺骨の返還を唱えた。ここにリンクした記録には収録されていないが、私が聴衆として参加していた一人から個人的に聞いたところでは、どこかの筋に気を遣う司会者が、「加藤先生、そんな[返還するべきという]ことを言っていいんですか」という反応を漏らしたとのことであった。
 この辺りから、アイヌ政策に関わっている学者たちの間で、考古学の長期的「利益」を第一に考える考古学者と人類学の目先の「利益」を考える人骨研究者の見解の相違が(遠く)外にいる者の目にも明らかになってくる。
 その後、3学協会の「ラウンドテーブル」で奪われたアイヌ遺骨の研究を制限しようとする動きが「中間まとめ」で出されたのが、2016年5月である。そして、2016年の9月の世界考古学会議での演説内容に関する報道で、私が「ふと思った」と書いたこと、すなわち、バラバラにされている遺骨の「一体化」が、この加藤理事長の演説がきっかけであるかのように、頻繁に出て来るようになった。しかし、昨年末に北海道アイヌ協会のサイトで公開された加藤理事長の演説原稿の当該段落には、「祖先の遺骨や副葬品が国の責任の下、関係機関が誠意を尽くし発掘時の姿にすることで、在るべき慰霊の姿となり、返還を含めた禍根の無い解決が、現実味を増すと考えます」ということで、「一体化」という言葉そのものは出ていない。
 同じ頃、誰によるリークなのかを想像すると非常に興味深いのだが、「ばらばらに保管されている可能性のある遺骨をできるだけ一体として特定」するために2017年度から遺骨のDNA鑑定を始めると、文科省の「有識者会議」が方針を固めたという、後に訂正される「誤報」を北海道新聞が流した。このことを取り上げた「笑止千万(アイヌ遺骨のDNA鑑定と今後の調査研究の在り方)」では、P.S. #12の「良く出来た筋書き」で、「一体化」が出て来た背景を推測しておいた。
 <ここで少しジャンプする。>
 今年に入ってから(外野席の者の目には特に3月~5月頃)遺骨の地域返還の方針が出されたり、「ラウンドテーブル」の最終報告が出され、奪取されたアイヌ遺骨の分子人類学的研究を「慰霊施設」への集約後に、少なくともその場で行うことはほぼできない状況になりつつあるように見える。それゆえに、一番焦り、危機的に感じていそうな人骨研究者たちと、もしかしたら彼・彼女たちと利害を共有していそうな北海道アイヌ協会の「幹部」(の一部?)が、当初は集約後と言っていた「一体化」を、最近は集約前に行なうものだというような発言をしているのではないかと思われる。
 「一体化」という言葉を繰り返している関係者には、少なくともそれをいつ、どのような方法で行おうと主張しているのかを明らかにして欲しいものである。

 上で押さえておいて欲しいと書いた「2つの要点」のうちの1つは、ここまでである。もう1つについては、(いつになるかは分からないが)新規で書くことにする。

*1:因みに、平取では阿部氏が、議事概要よりも詳細な議事録が存在していること、そして公開されている議事概要は、その内容が整えられたり削除されていて、会議で述べた通りの発言が必ずしも載っていないということを示唆する発言もしたようである。