AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「時期尚早」(w/ P.S. X 2)

 昨日、ある方が教えてくれていた。

新ひだかアイヌ協「遺骨返還は尚早」 コタンの会へ提訴中止要請北海道新聞、7月14日)


 【新ひだかアイヌ民族の遺骨返還に取り組む「コタンの会」が、日高管内新ひだか町静内地区などから北大が発掘した遺骨計198体の返還を求め札幌地裁への提訴を決めたことに対し、新ひだかアイヌ協会(大川勝会長)は13日、返還は時期尚早として、同会に対し提訴を取り下げるよう申し入れる方針を固めた。
 同日夜、臨時の役員会を開き決定した。協会は近く、コタンの会の清水裕二代表らに文書を送る。
 新ひだか町内には遺骨の集約、慰霊に適した施設はなく、協会内には「再埋葬の場所が決まらない中で返還の議論を進めるのはおかしい」「一度返還されると、研究目的で骨を持ち去った大学や国に責任が問えなくなる」などと、コタンの会の取り組みを疑問視する声があった。
 同協会は、町内から発掘された遺骨について、政府が胆振管内白老町に2020年度に完成させる予定の「民族共生象徴空間」の慰霊施設にいったん集約するのが望ましいとしており、大川会長は「協会は毎年イチャルパ(先祖供養)をしている。地元の受け入れ態勢を整えた後、返還を進めたい」としている。

 「異例施設」の内容や遺骨の研究の是非が決まらない中で「集約」ありきの議論を進めてきたのも「おかしい」。

 今の役員の代で「尚早」でない時期は来るのだろうか。第30回作業部会で出ていた議論がこういう形になってくることは容易に予測できたことであるが、どういう「チャランケ」になるのか、注目である。

Cf. 「「共存」するためには、毒殺されても怒るなとでも?」
「もう一度、シャクシャイン像の建て替えをめぐる現代的文脈」

P.S.(07.15):「一度返還されると、研究目的で骨を持ち去った大学や国に責任が問えなくなる」➡新ひだかアイヌ協会をはじめ、北海道アイヌ協会は、いま具体的にどのように責任を問うているのだろうか。
 6月下旬の平取での講座で阿部一司氏は、『学問の暴力』を読んで驚き、腹立たしくて仕方ないと言っていたらしいけれど――「新版」と言っていたようだから、最近になってようやく読んだのかな――その時に、この新ひだかアイヌ協会と同じような理由を挙げて、(これも今ごろになってという感ありだが)北海道アイヌ協会と地域のアイヌとの対話を訴えていたそうである。さらにここで、国に対してなのだろうと思うが、「賠償金を払えということもある」というようなことも言ったそうである。
 第29回作業部会の議事概要(p. 7)に、国内の大学が保管しているアイヌ遺骨の取得方法に関して、「盗掘」ということを「認めてしまうと法的な意味合いの賠償とか謝罪などが必要になってくるだろう」という発言の中で「賠償」という言葉が出て来るが、これ以外、アイヌ政策会議やその作業部会できちんと、具体的に賠償・補償が論じられてきたという記憶は、私にはないのである。記録に現れない形で、舞台裏で(秘密裏に)話し合いが行われているというのだろうか――それはありそうにないと思うのだが。

P.S. #2(08.05):『週刊金曜日』7月21日号掲載の平田剛士記者の記事によれば、6月26日の平取でのシシムカ文化大学でと思われる講演で、北海道アイヌ協会副理事長の阿部ユポ氏が、政府のアイヌ政策関連会議で「国の謝罪・賠償を求めている最中」と発言したようである。これについて少し書いておきたい。
 まず、上に書いた通り、これまでの政府の会議の記録ではどこで「謝罪・賠償」の話が出て来たのか明らかにされていない。現在のところ、第31回政策推進作業部会の議事概要が未公開であり、公開が長引いている理由にそのことがあるのかもしれない。
 しかし、阿部氏が「謝罪・賠償」について作業部会で発言していたとしても、それが、彼の個人的意見として出されたのか、北海道アイヌ協会を代表する副理事長としての発言なのかが分からない。最近同協会のホームページに公開された北海道アイヌ協会編『アイヌ民族の概説』(改訂版)(2017年3月)の中に「第2回 アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会 加藤理事長発表要旨」(pp. 21-27)および「『世界考古学会議』全体会での加藤理事長発表原稿」(pp. 27-29)も収録されているが、遺骨に関する謝罪や賠償の要求は一言も出ていない。
 平取での阿部氏は、アイヌの同胞たちに向かってウコ チャランケをしようではないかと呼び掛けたようでもあるが、仮にアイヌ協会として「謝罪・賠償」を要求しているのであれば、勝手に訴訟をやられては困るという前に、自らの考えをきちんと説明しておくべきではなかったのだろうか。しかし、これまで遺骨の返還問題を語らねばならない場面では、事あるごとに、返還を求めるアイヌとは反対方向を向いて話をしていたというのは、なぜなのだろうか。
 有識者懇談会の段階で加藤理事長は賠償要求を否定する発言をアルジャジーラ放送とのインタビューで述べていたし、政府と有識者の「広告塔」となっていた某大学教授も国交省のPR誌のような場で、後ろを振り向かず前を向いて行こうと言って、「謝罪・賠償」については類似のことをほのめかしていた。
 北海道アイヌ協会や「有識者」たちは、「謝罪・賠償」を求めても政府は相手にしてくれないだろう、それよりも、そういう言葉は使わずに「民族共生」の名の下に今のような対策――アイヌ政策というより、これからはアイヌ対策と呼ぶことにするか――を推し進めていくことで対策予算を拡充していくことにした方が良いという(アイヌ総合政策室の意向を忖度するかのような)判断をして、これまで来たのではないのだろうか。
 そもそもアイヌ政策関係の会議で謝罪や賠償を個人で要求することが賢明な策なのかどうかも考えてみる必要があるだろうが、仮に阿部氏が「謝罪・賠償」を求めて政府の会議で孤軍奮闘をし、他のメンバーから煙たがられているとしても*1、返還が可能である遺骨に対してその子孫や地元が遺骨を集約して賠償を求めるより原状回復を優先するとした場合に、自分たちの邪魔になるからといってそれを阻止しようとしても、そこには理も利もないだろう。

*1:今は、篠田氏が阿部氏をバックアップしているのかもしれない。第30回作業部会議事概要にはそれをうかがわせるやり取りがあるが、もう少し確かな資料や第31回作業部会の議事概要が出るのを待とうと思う。

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