AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

悩まない国交省と悩める文化庁のお役人たち

 モニュメント建造によって伐採される樹木について、「異例施設」のモニュメントの高さが政策推進作業部会で最初に話題として出た後で書いたか、下書きに保存したままか、覚えていないが、探すのも面倒である。
 第30回作業部会「議事概要」によれば、モニュメントは「30mを基本とする」ということで話が進んでいるようであるが、「景観」だとか「自然との共生」だとかの話題との関連で考えても面白いものである。

 まずは、国土交通省(出席者欄には「傍聴」となっているのに説明もするのだな)による説明から。

スケジュールについては、今後は、本年5月以降、土地造成ということで、その後、本年夏ごろからモニュメント、さらに慰霊行事を行うための施設を本年夏ごろから、墓所となる建物については、本年度末から、順次、整備を進めていく。なお、敷地全体の樹木の伐採等は、検討中。(p. 9)

この「樹木」というのは自然林なのだろうか。

 慰霊施設の構成施設として、モニュメントを検討しているが、これについては、アイヌの関係の皆さんやデザイン・造形の専門家から構成されるモニュメントの検討会を設置して、昨年12月から検討を進めているところ。来週、最終取りまとめを予定していて、現在、議論されている整備の方向性としては、イクパスイをモチーフとして、アイウシ・モレウ等のアイヌ文様を表現するということ、また形状は楕円柱とし、構造体は鉄骨にするということ、外装材はステンレスとして、文様をセラミック塗装で着色するということ、高さは30メートルを基本とする、こういった内容で、検討が行われている。また、コンセプトとしては「過去を忘れず、未来にわたり尊厳ある慰霊を実現するための礎とする」ということ。モニュメントのデザインに込める思いとしては、魔よけの意味があるアイヌ文様と神への願いを意味するイクパスイ。それとフクロウの文様で自然との共生の理念を示すということ。それとモニュメントが空に向かって伸びる様子で、未来に向けての平和を希求する思いと民族共生の理念をあらわすということで、検討が行われている。最終的なデザインや外観・スケールについては、引き続き検討を行う。(p. 10)

 次は、文化庁からの説明に関する質疑応答からである。(以下の抜粋以外にも非常に面白いやり取りがあるので、直接「議事概要」を読まれたし。)

アイヌ文化というのは、自然との共生が非常に大きなテーマだと思うのだが、自然の部分がどのようにあらわされているか、全然ここからは読めない。文化庁さんがつくられるから、しようがないのかもしれないが、基本的には北海道のどのような自然の中で、どのような生物と一緒にアイヌの人たちが共生しているのかということが表現されないと、恐らく自然との共生という話もわからないと思うが、いかがか。
○ 幾つか類似の御質問が出たので、アイヌらしさがデザインや構成の中でどう生かされているか、そこら辺についてお考えがあれば、お示ししていただきたい。
 ○ 幾つか御質問をいただいて、こちらも必死になって考えて、考えたあげく、うーんと悩んで[!!!]、この状態で出したという面もあることはある。建物の形状に関する部分だが、ポロト湖畔周辺の景観なるべく損なわない[でも、損なわざるを得ない]ということを第一の条件にして、それとアイヌらしさをどう両立させるかということで、相当頭を悩ませたのだが、面積であるとか、地形であるとか、こちらが表現したい展示場のあり方とか、総合的に考えたあげく、やはり自然景観との調和を第一に設計しないと、この設計は難しいということになって、アイヌらしさということは、建物の随所に部分的に表現する。例えば出入り口のところにアイヌ文様を施す、あるいはガラスの衝突防止用のマークにアイヌデザインを生かしたようなものをつけることによって、アイヌらしさを出すという形で、外面はそういう形で、さりげなくアイヌらしさを随所に出しながら、世界観をあらわそうという方針で、デザインをつくっていただいた。(p. 13)

○ 先ほどの御説明は、外観としては、自然の中で自己主張をするよりは、自然の中に溶け込むということをもって、いわば自然との共生というアイヌの考え方を尊重する。そしてその中で、アイヌ民族の特徴を示すような展示を試みるという、そういうお考えなのだろうと思う。もちろんそれについては、それとは異なるお考えも示されたかと思うので、さらに検討して、進めていただきたい。
ただいま大西さんがお話したように、私は溶け込んでいいなと思って見ているのだが、せめて真正面だけでも、何らかの形をつくる必要があるのかなと。ここに文様をちょろちょろと入れたからいいという問題ではなくて、全体でどういうように見えるのかなということを、考えたほうがいいと感じた。それと、先ほど篠田先生がおっしゃった、自然との共生の関係、これはなかなかこの中でやれといっても、なかなか難しいと思っていたので、ですから、前回の会議のときに話させてもらったが、ポント・ポロトを利用して、大自然の中で、アイヌが四季を通じて何をしたか、四季を通じてどういう狩猟民族だったか、漁猟民族だったか、そのことを表現したいなということを話したのを聞いていると思う。そのことは進んでいるのか進んでいないのか、私にはわからないが、そういう自然の中で、今、篠田先生がおっしゃったことをすると、納得したものが出る。この中だと、表現するのに、どうなのかよくわからないけれども。と思って聞いていた。だから、アペフチカムイだとか、ペツカムイがどうであるかとか、そういうことを、そういう自然の中で、そういう環境のなかでやることが、誰しもが納得できる部分が出てくるのかなと思っていた。(p. 14)

何にしても、「展示」の話にならざるを得ないようだ。
 ここまでに示したように、この回の「議事概要」から、発言の中に名前を入れることで誰の発言かが分かるように「工夫」されている。それぞれの発言者が明示しろと提案したのか、あるいは部会長や官僚側の隠された意図があるのかは、私の知るところではない。そんな小細工をするより、各発言の冒頭に名前を表示すればよいではないか。もう隠しておく必要はないのではないか。

 第30回作業部会の議事概要を取り上げたついでに、阿部副理事長以外の誰の発言でもないと思われるこの発言を取り上げておこう。

○ 今、有形の展示の関係のお話があったが、無形のほうについて、アイヌ語のほうはある程度御努力いただいて、いろんな柱で今鋭意進められていると認識しているのだが、先ほど大谷課長がおっしゃっていた、アイヌ文様の関係はいろんな文化人類学の中で、新しく報告がある。先住民族文化財、文様とか、衣装というのは、いろんな形で見直されていて、アイヌ文様というのは非常に言語と文様ということで、非常にアイヌを象徴する、アイヌの意識を高める、あるいはほかから評価される材料でして、これに関して、遺骨と同じように、権利宣言の31条を改めてご覧いただきたいが、衣装なども含めて、先住民はこのような文化財私的財産としていいし、管理し、保護し、及び発展させる権利を有するとある。これは博物館の中心の、ソフトの中核を指すもので、今、国内では、デザインに関して、自分のつくった文様、個人でしかその権利は主張できない。言語とか、要するに集団の権利とは言わないが、そういう形で、知的財産権、著作権に関して、是非とも特許庁やなんかに関して、あるいは経産省文科省、関係の省庁に、是非ともこれを深く検討していただいて、どのような、それをどう保護するか、それと発展させるかということを、御相談する窓口を紹介していただきたい。
 31条の2項には、それに関する先住民と連携して、その権利の行使を認め、及び保護するため、国は効果的な措置をとるとなっている。是非とも総力を尽くして、ソフト面の発展をお願いしたい。(p. 15)

 直後にこのような発言もあるのだが、「議事概要」作成者の単純なミスなのか、意図的な改竄なのか、「私的財産」は「知的財産」であろうし、「先住民」は集団としての「先住民族」であろう。それにしても、何を「ご相談」し、「お願いしたい」のか、もっと直截に要望を述べれば良いだろうに(Cf. 本日の言葉)。平取では、政府の会議であれやこれや言っていると応答していたようなのに。それにしても、「権利宣言」第31条が「博物館の中心の、ソフトの中核を指すもの」という限定で語られるとは!

○ お願いなのだが、博物館の中の説明をしていただいたが、先住民族という言葉は1カ所しかないのです。国民の理解を促進するということは、2007年の国連総会で日本政府が賛成して、先住民族宣誓[これも誤植!?]ができて、2008年6月6日には、衆参でも我が国は、先住民族だと、アイヌを認めたわけだから、これは先住民族だということを、日本の国民の方々にわかってもらわないと、あるいはオリンピックの期間に開館したら、世界中から先住民族の人たちが訪れてくるわけで[??]、日本は先住民族として、アイヌのことを紹介しているんだなということがなければ、博物館のイメージが半分になってしまう。[博物館のイメージを第一に心配しておられる!]
 日本の人たちに、今まで我々が会議をやってきた中でも、先住民族だということをちゃんと紹介していただきたいし、アイヌの生活とか、仕事とか、交流とか、信仰などがあるが、信仰は私たちは申し訳ないが、明治になったら、みんな、仏教キリスト教になってしまっているけれども、私たちがこういうものがあるといって、今、勉強したり、やったりしている人もいる。ぜひそういう視点をこの中に、歴史とか、そういうところも含めて、取り上げていただきたいというのは、アイヌ協会として、会員のためにお願いしていきたいことなので、是非お願いしたい。(p. 15)


 先住民族の権利 vs.自然の権利という観点から批評を書こうと思ったまま、もう約1年半が過ぎてしまった。アイヌのリーダーに民族としての主張を語らせることなく早々に死なせてしまうし、末尾の解説者は一番肝心なポイントに沈黙している。だが、まるで「象徴空間」建設を題材にしたのかと思う感じの設定である。

 (「有識者」たちが好きそうな)司馬遼太郎に同題の本がある。