AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アイヌの遺骨、独から返還(but 未帰還、北大「納骨堂」へ; and then 「民族強制象徴空間」へ)(w/ P.S. X 9)

アイヌの遺骨、独から返還 外交ルート初「歴史的」
北海道新聞 08/01 01:10 更新


 【ベルリン共同】ドイツの学術団体が31日、アイヌ民族の遺骨を北海道アイヌ協会に引き渡した。アイヌの遺骨は研究目的で日本から海外に持ち出されたことが判明しているが、内閣官房アイヌ総合政策室によると、外交ルートでの返還は初めて。北海道アイヌ協会の加藤忠理事長は「先住民族アイヌの人間にとって歴史的だ」と強調した。


 ベルリンの日本大使公邸で開かれた返還式で、学術団体「ベルリン人類学民族学先史学協会」のアレクサンダー・パショス代表は、遺骨が「墓から盗掘された」と説明し「入手方法が非合法で、道徳的な問題があった」と指摘した。

 約1時間半前に出たばかりの記事である。記事の写真を見ると、ずい分と小さな箱だなと思う。頭骨だけだからだろう。身体の他の部分の骨はどこにあるのだろう。どこかの大学か博物館にあるのだろうか。それとも、盗掘された墓地に眠ったままなのだろうか。加藤理事長、「一体化」のために問い質されましたか?

 「返還式」が相手方の学術団体でではなく、日本大使公邸で行われたことの意味も考えてみる必要があるだろう。
 北海道新聞の写真1枚からどのように「返還式」が行われたのかは分からないが、こちらの「☆バーミンガム大学でのマオリ遺骨返還式(2013年10月18日)」と比べて考えてみたくなる――でも、もう考えないで寝るとしよう。

P.S.(08.01):アイヌ総合政策室および外務省は、ちゃんと先方に、箱の内側に金箔を施すという加藤理事長の要望を伝えましたか。「初」争いの中で返還式の周到な準備の時間がなかったということはないでしょうね。
 「合意文書」はアイヌ総合政策室が関与している文書らしいが、どこかのメディアはスクープしないのかな。国会で質問するなどという、選挙の得になりそうにないことでもするという政治家もいないか。

 共同の配信記事を使っているということは、道新は独自の記者を派遣しなかったということか。加藤理事長の言葉の中の「人間」というのは、彼が常々言っているかのように報じられてきた「人権」の聞き間違いではないのだろうか?

P.S. #2(08.02, 0:20):加藤理事長は式典で「先住民族アイヌの人権にとって、歴史的な1ページを画す記念日となった」と語った(朝日新聞)。朝日が正しいとは限らないが、「ほら、やっぱり」という感じ。道新/共同記事は、現在まだ訂正されていない。
 「北海道アイヌ協会の加藤理事長は、『本当にうれしいのひと言です。尊厳と名誉を回復し、北海道の地に戻して供養したい』と話していました。」(NHK
 またもや謎めいたご発言だ。「北海道の地」とは、白老の「象徴空間」を指すのか、本当の意味の「(大)地」を指すのか・・・。



出所:ここここ

P.S. #3(08.03, 1:00):北海道新聞もベルリンに記者を派遣しているようだ。➡「海外の遺骨返還、道開く 独から1体、アイヌ協会「歴史的」 拡大への鍵、まず実態把握」北海道新聞 8月1日.

 「遺骨は138年間、どんな思いでいたのか。名誉と尊厳を回復し、北海道の空気に触れさせて、イチャルパ(供養儀式)をしてあげたい」。ベルリンでの返還式後、取材に応じた北海道アイヌ協会の加藤忠理事長は、ドイツで1世紀以上眠っていた先祖に思いをはせ、涙が止まらなかった。

 ご子孫は同行されなかったのでしょうか。もっと「涙が止まらなかった」ことでしょう。

 2007年に採択された先住民族の権利に関する国連宣言に「遺骨の返還」が盛り込まれて以降、国際的に返還の機運が高まった。英国やドイツは、オーストラリアに先住民族アボリジニの遺骨を順次返還。

 前にも書いたけれど、どうしても2007年以降に「機運が高まった」ことにしないと都合が悪いのだろうか。「国連宣言」に「盛り込まれ」ることになった過程、すなわち返還の要求が高まった過程をもう少し調べてはいかがかな。

 今回ドイツから返還された遺骨は、盗掘の記録が残っており、保管していた民間学術団体が「収集経緯が不当であれば返還する」という団体のガイドラインに沿って返還を進めた。内閣官房アイヌ総合政策室は「逆に収集経緯の不当性を証明できない場合は返還は難しい」とみており、ドイツに残る14体が返還されるかは現時点で不透明だ。

 ではどうして「国際的に返還の機運が高まった」の? 国際的に返還されてきた先住民族の遺骨は、「収集経緯の不当性を証明」できたから返還が可能となったの? アボリジニマオリ、その他の先住民族が試みてきたように、遺骨が自らの民族にとってもつ文化的・社会的意味を説明して説得する能力が政府官僚にはないからではないか? それをすれば、当然、国内で奪われたままのアイヌ遺骨を「集約」する根拠を自ら崩すことになって都合が悪いという考えがあるのかな?

 政府は加藤教授の協力を得ながら、外交ルートを通じて各国の調査を進める考えだ。ただ、各国が返還に協力的に応じてくれるかは見通せない。専門家によると、遺骨返還への対応は国によって異なるため、政府は各国の情報を収集した上で、今秋にも海外からの遺骨返還に向けたガイドラインの検討に着手する。

 「ガイドラインの検討に着手」ということだが、それと今回交わされたという「合意文書」はどういう関係にあるのだろうか。それがガイドラインの「ひな型」になるようなことが毎日の記事で書かれていたが、早くても秋(+議事概要に3~4カ月かかってからの冬)にしか公開されないという秘密主義を採るということなのか。道新他、新聞各紙が「国連宣言」に沿ってというのなら、FPICの原則に沿うように論じるべきではないのか*1

 札幌にあったコタンから持ち出された遺骨らしいけれど、札幌アイヌ協会はどう考えているのだろう。静かに粛々とアイヌ遺骨の旧標本庫(現納骨堂)に収蔵されるのだろうか。

P.S. #4(08.04):週単位で見た場合、30年前のこの週が私の人生で最も忙しかった1週間の1つであった――もっとも、その年のカレンダーを見ると、こうなっている。

7月
日 月 火 水 木 金 土
26 27 28 29 30 31  

8月
日 月 火 水 木 金 土
            1

P.S. #5(08.04):「138年ぶり返還 アイヌ民族遺骨 故郷で慰霊式"イチャルパ"厳かに 北海道」
 お二人のアイヌが象徴的に映っているが、加藤理事長は?(➡P.S. #9:北大納骨堂でのイチャルパを報じた毎日新聞(4日)によれば、加藤理事長は、(長旅が災いしたのだろうか)この後のイチャルパを「体調不良で欠席」されたようである。強行日程だったのではないかと推察するが、わざわざ理事長をドイツまで出向かせなければならなかったのかね、日本政府と北海道アイヌ協会は。)

P.S. #6(08.05):「時期尚早」に追記あり。

P.S. #7(08.07):北大納骨堂前での式典に篠田氏も出席していたそうである➡ここの真ん中辺り。シシリムカ大学での講演で、彼は北大のアイヌ遺骨の管理の杜撰さを強く批判していたらしい。かつての人骨研究者たちはDNA採取なんて考えてなかったから、研究者たちの手垢で汚染していることへの懸念もあったのかな。何年か前に書いたけれど、遺骨の洗浄という話題もあった。そんな杜撰な納骨堂に納められる遺骨に篠田氏は、そしてあの大勢の黒装束の和人の参列者たちは、何を思いながら参列していたのだろうか。

P.S. #8(08.08):篠田氏は、かつてここでこう言っていた。考えを変えてはいないのだろう。

 北海道大学が所蔵されているアイヌ人骨は一桁違う量ですので、この研究が自由にできるようになれば、非常にまた新しいことが分かってくると思います。ぜひ、アイヌの方々との間で研究協力に関する話し合いなどを行いながら、研究を進められていくような体制ができればと思います。

*1:国連の『先住民族の権利に関する宣言』(2007年)は『遺骨の返還を求める権利』を明記している。この原則に沿って解決を図るべきだろう。」(北海道新聞社説(8月2日)「アイヌ民族遺骨 返還の流れを強めたい」)。「求める」などと、ありもしない言葉を引用符付きで入れるべきではない! 明記されているのは「返還に対する権利」であり、その主語は「先住民族」であり、「政府」でもない。そこははっきりさせておこうではないか。Cf. 「明治初期に札幌市内で盗掘されたアイヌ民族の遺骨1体が、138年ぶりにドイツから日本に返還された。」