AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

日本政府、日本人類学会、日本考古学協会は、琉球人遺骨を奪取したままにするのか?

 8月5日付の琉球新報「琉球人遺骨返還へ 63体、台湾大が意向 今帰仁から持ち出し」という記事によれば、中華琉球研究学会の質問への回答の中で、国立台湾大学が「同大学医学院体質人類学研究室で琉球人の遺骨63体を保管していることを明らかにし、沖縄側に返還する意向を示した」とのことである。また、中華琉球研究学会と琉球民族遺骨返還研究会は、「連携して旧帝国大学琉球人、台湾先住民の遺骨返還を求め」、「8月中に京都大学に対し、台湾先住民の遺骨保管状況を質問し、返還を求める」とのことである。

 ところで、北海道アイヌ協会、日本人類学会、日本考古学協会の3団体は、さる5月23日の第9回アイヌ政策推進会議に参考資料として「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル報告書」(2017年4月7日)を提出した。(この会議での「配布資料」一覧には、なぜかこの報告書名だけ略記されていて、非常に見つけにくくなっている➡「研究RT最終報告書(概要・本文)」。)

 アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会の第5回会合で、篠田氏は「自然人類学から見たアイヌ民族について」という報告を行い、次のように述べていた。(ここでも引用している。)

 資料1に主なアイヌ人骨がどのように集められたかということを表にしました。古くは明治時代から集められた人骨もあります。大正時代あるいは昭和の初期、あるいは戦後に随分沢山の人骨が集められています。このような先達が集めた人骨の研究によって、私たちはアイヌの成立あるいはアイヌの集団の地域差といったものを見ることができたわけですが、決定的に本土と集め方が違っていたのは、本土の日本ではそこの人々自体に収集の目的、ないしはその意義を説明して人骨を集めましたが、残念ながらアイヌ人骨の中にはそのような手順を経ずに集めた人骨がかなり混ざっています。これは人類学者としても率直に反省しなければいけない点だというふうに思っていますが、このような人骨の研究、特にDNAの研究などは、今後更に研究が進めば、より多くのデータを得る可能性があります。ですから、このような人骨も合わせて、慰霊とそれから研究というものの両方ができるような設備が整って、今後アイヌ研究あるいは日本人全体の成り立ちの研究といったものが更に進むといったことを私どもは願っております。

 下線部は、アイヌ遺骨のみならず、琉球人遺骨にも当てはまるのではないだろうか。

 上の略称「研究RT最終報告書」では本文の冒頭で、このように述べられている。

 世界各地の先住⺠族の遺⾻やそれに伴う副葬品、埋葬儀式に⽤いる⽤具は、19世紀から20世紀初頭にかけて⾏われた⼈種主義に基づく⾃然⼈類学や考古学、⺠族学の研究の研究関⼼から、また植⺠地主義的な政策の影響の下で収集されてきた。研究を⽬的とした収集作業の結果、現在も数多くの先住⺠族の遺⾻や副葬品を含む歴史⽂化遺産が世界各地の主要な博物館や研究機関に保管されている。これらの所蔵資料については、その収集経緯において関係者の同意を得ない収奪や、盗掘のように適正な⼿続きを踏まずに不正に収集された資料も少なくない。1980年代からは、先住⺠族側から本来あるべき場所への返還が求められ、国内や国際的な返還の動きが始まっている。
 我が国の⼤学・研究機関においても過去の学術研究を⽬的として調査収集されたアイヌの遺骨や副葬品が数多く保管されていることは、関係者の間で知られてきた。⽂部科学省による調査では、国内の12⼤学や博物館などの施設にアイヌの遺⾻が収蔵保管されていることが明らかとなっている。それらが研究資料として収集された過程や、その後の研究機関における⻑期間にわたる保管・管理状態の中には、アイヌから⾒て適切とは⾔えない取り扱いが少なからず⾒られた。そもそも、アイヌの遺⾻を収集する調査⾃体が、アイヌ独⾃の世界観や宗教観を⼗分に配慮したものではなかったことを正しく理解すべきである。
 現在の研究倫理の観点から⾒て、研究者は⼈の死や⽂化的所産に関わる資料の取り扱いについて⼗分な配慮を払うべきである。とりわけ遺⾻や副葬品について、直接の当事者であるアイヌと研究を担う研究者の双⽅が研究の内容について直接意⾒交換を⾏い、その取り扱いについて議論する場と機会がこれまでなかったことによって、アイヌに研究に対する強い不信感を抱かせる原因となったことを研究者側は深く反省する必要がある。 (p. 2)

 続けて、「これまでのアイヌの遺⾻と副葬品の収集・研究をめぐる問題」の項では、このように述べている。

 過去に研究⽬的で収集・研究されてきたアイヌの遺⾻とそれに伴う副葬品については、現在アイヌが返還・安置慰霊・再埋葬等を強く求めている。その背景にはアイヌ⾃⾝の祖先の遺⾻や副葬品に対する思いと、過去に実施されてきた不適切な研究のあり⽅があり、特に後者については学術界がこれまでの研究を批判的に振り返り、なぜこのような問題が⽣じたのかについて、その収集経緯やその背後にある当時の研究動向について学史的に説明する義務がある。 (p. 3)

 そして、「学術界としてのこれまでの研究者の態度や⾒解への評価」においては、こう述べている。

 従来の研究者の取り組みには、開拓史観や適者⽣存・優勝劣敗的な古い社会進化論的発想が含まれ、植⺠地主義や同化政策の負の歴史につながるものが⾒られた。他者の⽂化を議論しているという意識が⽋落し、アイヌの声を聞いてこなかった側⾯が多くあった。またアイヌへの研究成果の還元も⼗分なされてきたとは⾔い難く、⼀部の研究は、アイヌへの社会的偏⾒を助⻑した。
 考古学では、アイヌの歴史を⽇本列島の⼀地⽅の問題として捉え、全国的な課題として、また隣接地域との関係から位置づける視点が⽋け、⼈類学においては先住⺠族としてのアイヌの歴史、例えば縄⽂時代⼈、オホーツク⽂化⼈との関係などの研究が進んだが、両学会とも⽇本国における先住⺠族問題、⺠族差別問題との関わりを意識する視点が⽋けていた。
 とりわけ深刻な問題は、過去の研究⽬的の遺⾻と副葬品の収集である。遺⾻と副葬品の収集に際して、経緯について不明確のものや、アイヌへの趣旨の⼗分な事前説明と発掘⾏為への同意取得がなされず、今⽇の研究倫理の観点からのみならず発掘当時でも盗掘との判断を免れ得ないような記録が残されている。また、戦前のアイヌの遺⾻収集を⽬的とした墓の発掘調査では、詳細な記録保存がなされておらず、時代性や⽂化的特性についての情報が⽋落している。そのため現在の研究⽔準から⾒て、学術資料としての価値が⼤きく損なわれた。学術界や研究者は、収集経緯について可能な限り明らかにするべきでありアイヌを含む社会に対して説明する義務がある。(pp. 3-4)

 下線部を施した部分だけでなく、「アイヌ」を「琉球・沖縄人」に置き換えれば、ここで述べられていることは、篠田氏の発言で指摘したことと同じく、琉球人遺骨の奪取とその後の扱いにも当てはまるのではないのだろうか。日本人類学会と日本考古学協会は、文部科学省に指示されてアイヌ遺骨のRTに関わったのではなく、自主的にアイヌ遺骨の扱いの問題を反省する意図で関わってきたのであれば、琉球人遺骨や埋葬品の収集および研究についてはどういう見解を示すのであろうか。率先して取り組まなくて良いのか? それとも、日本政府が琉球・沖縄人を「先住民族」と承認していないから、何かが恐くて自主的には動けないというのだろうか。日本政府も、両学協会も、琉球人遺骨の返還に向けて、現状をまず調査しなければなるまい。